魔獣の森に間引きに行くとか、マジ?
修道院…というよりは修道女の役目。
それは怪我人の治療だ。
では、怪我人は何時でるのか?
訓練の時?
それもある。でも、最も怪我人がでるのは……森に入って魔獣を間引きする時だ。
というわけで、私。明日、魔獣の森に行くことになりました。
「ッてか! いきなりですね!」
思わずシスター・ライザに突っ込みを入れてしまう。
「理由があります」
「はて? どのような?」
「わたくしが、リリンシャールに伝えるのをすっかりてっきり忘れていたので」
「つまり…シスター・ライザの怠慢ですか?」
「いいえ、決して怠慢などではありません。そもそもシスター見習いが魔獣の間引きに同行するなんてことが、久しぶりなので、忘れても仕方ないのです!」
納得いかないものの『仕方ないのです!』と目上の人に断言されては元日本人のメンタルをもつ者として反論できない。
つーかさ。やっぱり魔獣の間引きなんて普通の見習いは同行しないんだね。私は正真正銘の実家と縁切りされた見習いだから、魔獣の間引きに引っ張り出されたんだろう。何時ものことだ。
「それに、誰かさんが孤児院に余計な仕事を増やしてくれたので、追われて忘れてしまったのです」
「それについてはグリンランデ商会が全面的に協力してくれてるはずなのですが…?」
さすがに私がジト目になると、ツイっとシスターは視線を逸らし
「わたくしがいない間は、サシャとロッカが孤児院でお守りをしてくれることになってますから、健康水のことが他のシスターにばれることはありません」
そう話を変えた。
「ということは、シスター・ライザも一緒なのですか?」
「あなたの担当はわたくしなので…」
「お世話になります」
ほんと、シスター・ライザには迷惑かけてる。
「それで、期間は7日ですよね? 準備とかはどうしたらいいんですか?」
「歯ブラシに歯磨き粉、それにタオルぐらいでいいですよ。食料や水は現地調達で兵士や騎士が頑張ってくれますから」
ピクニックかよ! むしろ修学旅行のほうが荷物かさばるわ!
「いやいや、それも大事なんですけど、行き先は魔獣の森なんですよね? だったら、防具とか武器とか」
「はぁ~ん?」シスター・ライザが鼻にしわを寄せて
「武器なんてリリンシャールは扱ったことがあるんですか?」
「…ないです」
「なら、必要ありません。無駄ですから。防具も同じことです。兵士や騎士の囲いを抜けて魔獣が襲い掛かってきたのなら覚悟を決めなさい。防具なんて魔獣には意味がありませんから」
「意味…ありませんか?」
「意味ありません」
バッサリ言われて、私はカバに似た魔獣のグァバを思い出していた。
あの巨体。あの攻撃性。
RPGにありがちな鉄の盾なんて装備したところで、体当たりの一撃でひしゃげて使い物にならなくなるだろう。まして女の私なら吹き飛ばされちゃうだろう。
そういえば、乙女ゲーでも装備欄は武器だけだったもんなぁ。
「他に聞きたいことはありますか?」
「何人ぐらいで行くんですか?」
「あ~…騎士さまが1人に、兵士さんが10人です」
「微妙に少なくないですか?」
「大勢で行くと、むしろ魔獣を引き寄せて危なくなるのです」
質問はもうないですね? はい、無いですね。では。
と、面倒になったのか一方的にシスター・ライザは言って私の部屋を後にした。
ま、今日も今日とて部屋の中まで入ってはいないんですけどね。
おかしーなぁ。もうカビの臭いなんてしないんだけど。
それはそれとして。
私はドアを閉めると、ちゃっちゃっと修道服から男装へとチェンジした。
今日は奉仕活動の代わりにサシャのスパルタを受けていただけなので、時刻はまだ16時。夕飯は17時だから、1時間は動ける。
窓から抜け出した私は、いそいそと修道院を抜け出して、市場地区へと急いだ。
砦の大門前の広場には、既に騎士さまと兵士さんが待っていてくれた。
ていうか!
「アゼイじゃん!」
と手を振ろうとしたんだけど
「痛っ!」
シスター・ライザにお尻をつねられた。
「あなたは、シスター見習いなのですよ」
と彼女は前を向いたまま小声で注意する。
私はシスター・ライザに従って、しずしずとアゼイの前まで歩いた。
シスターは軽く頭を下げる。
「間引きに同行することになりました、シスター・ライザです。こっちが」
と促されて、私も
「見習いのリリンシャールです」
と自己紹介をした。
「ご丁寧に。自分はアゼイ・ワードと申します。今回はこのように美しいシスター方が同行されるとあって、兵士の連中も意気があがっておりますよ。なぁ、みんな!」
まったくでさ。とオッサン兵士が応えて、兵士さん達が大笑いをする。
私はといえば、アゼイのお愛想にサブイボがでてしまっていた。
どうやら兵士さんの自己紹介はしないみたいで、アゼイは微笑んでシスター・ライザの手を取って馬車に乗るのをエスコートしている。
私はそんなアゼイにジッと注目して、彼が私の手を取ったところで
「変なものでも食べたの?」
と小声で訊いてみた。
「お前と一緒にすんな」
ブスッたれた顔つきで毒づかれる。
ああ、よかった。何時ものアゼイだ。まさか、アゼイも前世の記憶を取り戻したのでは…なんて考えてしまった。
私は安心して馬車へと乗り込んだ。
馬車といってもシンデレラが乗るような代物じゃない。西部劇ででてくるような、無骨な幌馬車だ。しかも荷物が所狭しと置かれているから、座るスペースがあるだけ御の字という感じだ。
いやいや、狭いことは大した問題じゃない。
大変なのは…
「お尻がぁ!」
馬車が進み始めて10分もたたないうちに私はギブアップ宣言だ。
この馬車。車輪は木製だし、スプリングもないから、地面のちょっとした段差や石くれがダイレクトにお尻に突き上げてくるんだよ!
王都から護送されるときも馬車だったけど、あの時は地面が草っ原だったから、振動を吸収してくれて、負担もそれほどじゃなかった。
でも、今回はぁ!
ゴトンと馬車が段差を乗り越えて、私の体が数センチ浮いた。浮いた後に、椅子代わりの樽とお尻が熱いベーゼを交わす。
「シスター・ライザ、そのクッションを貸してください」
ズルいことに、彼女は自分だけ分厚いクッションを持参してお尻の下に敷いているのだ。
そんなのが要るって教えてくれなかったじゃん!
「ちょっとだけでいいですから! 私のプリティなお尻を助けると思って」
「無理です。これを貸したら、わたくしのセクシーなお尻が、ズル剥けてしまいますから」
え? ズル剥けちゃうの?
「そんなのやです! ズル剥けはご勘弁!」
私はシスター・ライザのクッションを奪うべく飛びかかった。
「やめなさい、これはわたくしのです!」
「ずっこい! 昨日、教えてくれなかったじゃありませんか!」
「忘れてたんです!」
「年がら年中、忘れてばっかりですね! 反省して、そのクッションを貸しなさい!」
「リリンシャールは見習いなのですから、我慢なさい!」
ドッタンバッタンやっていると、馬車が止まった。
幌をめくって、アゼイが顔を出す。
「よろしければ、どちらか自分の馬に一緒に乗りますか?」
「あ、それなら私が乗ります!」
私は馬車から降りると、アゼイの手を借りて馬に飛び乗った。
アゼイが手を振り下ろして、再び間引き隊が出発する。
因みに、兵士さん達は徒歩なんだけど、私を見て苦笑していた。
ぜーーーんぶ聞こえてたんだろうな。
せっかくお尻をつねられてまで猫を被ってたのに、意味ないじゃん!
「まったく、恥ずかしい奴だな」
アゼイの苦笑交じりの声が頭の上のほうから聞こえてくる。
なーんか、この態勢。落ち着くわぁ。
「っても、痛いもんは痛いし」
「まぁ、馬車の乗り心地が最悪だってのは同意するわ」
カッポ、カッポ、馬が進む。
森のなかは正しく道なき道だ。それでも間引き隊が定期的に通っているからなのか、地面は踏み固められている。
柔らかな木漏れ日が枝の下でトンネル状になっている道を照らしている。
どこからか聞こえてくる鳥の声が、なんとも長閑だ。
私は気づけば歌っていた。曲はコッチの世界で憶えたヒット曲だ。
兵士さん達は手拍子してくれているし、アゼイも何も言わないから、今のところは歌っていてもいいんだろう。
1曲歌い終えるたびに、ヤンヤの喝さいが起きて、結局、私は昼食まで歌いまくったのだ。
あ~、お腹減った。