復讐鬼:アゼイ・ワード②
お久しぶりでございます。
投稿が遅くなってすみません。
読んでくださっている皆様に、ありがとう!
オウシ。ニニム。フェレール。ガレイド。そしてアンディ。
俺を陥れた5人の名前だ。
アンディとはガキの時分からの幼馴染だった。共に貴族とは名ばかりの貧乏男爵の三男坊だったことから馬が合って、何をするにしても一緒だった。
俺たちはよく夢を語り合った。
幼い頃は、腹いっぱいに食うこと。
ある程度でかくなってからは、成り上がること。
俺とアンディにとっての成り上がりとは、つまり大貴族に仕えることだ。
その為には騎士養成校に入学して騎士となるのは前提として、大貴族の目に留まるほどの成績をとらなければならない。
俺。アゼイ・ワードは、その意味では確実に注目されていた。
オウシ。ニニム。フェレール。ガレイド。
養成校で知り合った1年先輩の彼等は、それまで四天王と呼ばれるほどの花形だった。
それをニュービーの俺とアンディが実戦形式の模擬訓練で倒してしまったのだ。
貴族間で盛名が走ったのは言うまでもない。
それからの養成校での3年間は俺とアンディとの独壇場だった。
四天王の頼れる先輩とも親交を結び、交友の幅は飛躍的に広がった。
しかも俺は公爵であるミューゼ家への士官がほぼ確定し、成績を評価されて1年早く卒業することも決まった。
それこそ我が世の春を満喫していた。
…あの時までは。
魔獣の猖獗する森のほとりにある砦。
大貴族に仕えるのならば、まずはココで1年間を生き延びて『資格』を示さねばならない。
資格。つまりは、魔獣にすら負けない強さ、を。
俺が復讐を誓った5人。オウシ。ニニム。フェレール。ガレイド。彼等も高位貴族からお誘いがかかったのだろう、だからこの砦にいた。
もちろん幼友達で親友だったアンディも。
時刻は21時。
俺は酒場のウェスタン・ドアを開けて中へと入った。
酒とタバコと汗と、女の白粉の臭い。
嗅ぎなれた懐かしい、けれど今では厭わしい臭いだ。
満員御礼で、席は何処も埋まっている。
俺は店内を見回し、目当ての連中を見つけた。
砦にきてからの数日をかけた下調べで、この時間になると4人組みが酒場でたむろするのは分かっていた。
もっともアンディの奴は故郷に一時的に帰っているようだが、それはそれで好都合というものだ。
何食わぬ感じで連中に近づき、声をかける。
「久しぶりですね、先輩方」
連中の目が驚きに見開かれる。
それはそうだろう、再起不能だったはずの男が…罠にはめて陥れた俺が、こうして普通に五体満足でココにいるのだから。
「お、おま…え。アゼイ、なのか?」
「そうですよ、フェレール先輩」
「だが…」
オウシが俺の制服に包まれた体を観る。
「怪我の後遺症がない、ですか? 親切な貴族さまに拾ってもらいましてね、治癒の魔法を受けたんですよ」
言って、俺は袖をまくってみせた。
あらわれた火傷の痕とてない肌に、奴等が今度こそ驚きすぎて目を剥く。
知ってるのだ、あの大怪我をなおす治癒の魔法に金が幾らかかるのかを。
「でも、こんなところで先輩方に会えるなんて。席、いいッスか?」
断られる前に、とっとと座ってしまう。
俺は手を上げて給仕の女を呼ぶと、そこそこ美味くて、何よりもアルコール度数の高い酒を瓶で頼んだ。
「俺の快気祝いということで」
運ばれてきた酒を連中に注いで飲ませる、酔わせる。
初めのうちは警戒していた連中も、酔いが回るにつれて気安くなり、俺が何様に仕えることになったのかと執拗に聞き出そうとした。
「ミューゼの若旦那に、ね」
連中の顔が酔いとは違って赤くなる。
嫉妬だ。
だが、連中は俺に顔色の変化を見せまいと
「よかったなぁ」
などと泣いてみせまでした。
心が憎しみに赤く染まる。
こんな涙に騙されていたのかと思うと、ゾッとした。
「先輩方、明日は久しぶりに模擬訓練しませんか?」
誘うと、だが連中は躊躇った。
そうだよな。俺に勝ったことなんて一度もないんだから、そりゃ嫌がるよな。
それにここで大負けしたのなら、誘いのあった貴族からソッポを向けられ兼ねない。
「いいじゃないですか。俺、1年近くも剣をもってなかったんスよ? 先輩たちに揉まれて、少しでも感覚を思い出したいんですよ」
これが連中には効いた。
365日も酒場で管を巻いていた男に、日々研鑽している自分たちが負けるか?
否! 負けるはずがない。
なれば、ここで今まで虚仮にされた借りを返させてもらおう。
そしてあわよくば、俺に代わってミューゼ家にスカウトされたい。
そう考えたに違いなかった。
「仕方ねぇな。力、貸してやるよ」
オウシがニヤケながら言うと、残りの連中も協力することを口にした。
「おーい!」俺は立ち上がって、店内に声を張り上げた。
「明日! 俺と、ここにいる4人が試合をする! よかったら賭けてくれよ!」
酔いがさめた途端に逃げられてはたまらないから、賭けの対象とすることでちゃぶ台返しが出来ないようにしておく。
「お、おい!」
慌てて連中が声をかけてくるが、既に店内は沸いてしまっている。
「では、先輩。よろしくお願いしますね」
俺は何かを言われる前に、とっとと席を立った。
修練場は歓声と怒号で騒然としていた。
それもそのはず。
この砦では無名の俺が、なかなかの使い手として認知されているオウシを木刀の一撃で倒してしまったのだから。
「相変わらずの力押しだな、オウシ」
もはや敬語を使うことすらない。
オウシは俺を憎々し気に睨んだが、敗者でしかない奴はスゴスゴと武台を後にした。
お次はニニムだ。
こいつは変幻自在で華麗な動きが得意なのだが、そんなもの俺に言わせてもらえば無駄な動きが多いだけだ。
攻撃するときには、どうしたって得物を当てねばならない。
その瞬間を狙い、俺はニニムの木刀を払うと、返す刀で奴の横っ腹を打ってやった。
ギャン! というニニムの悲鳴は歓声に掻き消される。
3番手はフェレール。
卑怯な手段に長けた奴だ。相手の弱みを調べ上げ、無いならば作りだして、そこを責めて弱ったところで仕留める。具体的には、金に困ってる相手に金を貸して言いなりにさせたり、妹がいるのならその娘が1日どのうように過ごしたのかを詳細に記した手紙を読ませたり。
フェレールにはそうしたことを実行できるだけの財力があった。
とはいえ、今の俺には関係ない。
どうこうされる前に試合だからだ。
根拠のない自信家のフェレールは、俺に勝てると思っていたようだが……
「おら!」
俺は奴の腕に木刀を振り下ろした。
こいつ以外なら避けられただろう。けど、フェレールは半ば棒立ちだった。
骨が折れて、絶叫が響き渡る。
直ぐにフェレールは運び出された。
どーせ、折れた骨は修道女が治癒してくれるだろう。
最後。ガレイドだ。
こいつは4人組のリーダー格だけあって、速いし上手い。
が。俺にいわせれば、アンディの劣化でしかない。
ものの数合で圧倒してみせ、ガレイドが逃げ腰になったところで容赦なく突いてやった。
口から血泡をふいて奴は倒れる。
これには野次馬どもも声をなくしていた。
思わずニヤケてしまう。
俺に賭けた大穴狙いは何人いたか知らないが、少なくとも俺はこれで大金持ちだ。
沈黙のなか、俺は背を返して武台を後にした。
これで連中の面目は潰れた。
おそらく、同僚の騎士から4人組を召し抱える予定の貴族に無様が伝わるだろう。
悪くしたら契約が白紙に戻ろうだろうし、良くても登用の再考ということになるはずだ。
「ざまぁ、みろ」
口に出して言ってみる。
なのに、心のなかはザラザラしたままだ。
養成校時代の奴等との思い出が、苦々しい気持ちとともにに思いだされる。
「おはようございまーす!」
ふと耳に入った声に、俺は物思いをといて周囲を見回した。
「おはようございます!」
リリンシャールだった。
何か知らんが、能天気な様子で道行く人に挨拶をしている。
恥ずかしい奴だな…。と思うと同時に、笑ってしまう。
俺はリリンの背後から近づくと、脳天に軽いチョップを落とした。
「ッた~!」
涙目でリリンが振り向く。
「なにすンのよ! って、アゼイじゃん!」
言いながら、仕返しなのかリリンは拳を握って俺の腹にパンチする。
けど、ぜんぜん痛くない。
非力すぎだ。
「お前なぁ…大声で何してんだよ」
「ふふふふ。千里の道も挨拶から。そのうち礼拝に来てもらおう! 作戦を実行中ですが?」
「ああん?」
こいつは本当に何を考えてるのか分からん。
また突拍子もないことをやりだしたか。
「こうして毎日挨拶することで、修道院に好意をもってもらおう。ていう作戦なの」
クハ、と乾いた笑いがもれてしまう。
「なんで笑うのよ?」
「気の長い話だと思ってな」
「そういうのが大切なの。アゼイも、暇だったら夜の礼拝にきてよね」
言い残して、リリンは去って行った。
ほっそりとした後姿が人ごみに消えるまで見送る。
気が付けば、心の不快なものが消えていた。
「暇だったら…礼拝に行ってやるか」
夕方。修練場の裏手に俺は呼び出された。
「逃げずによくきたな」
ガレイドが言う。
奴の背後には、オウシとニニム、フェレール。
個人では敵わなくても、4人総がかりなら勝てると踏んだか。
「あんた等、養成校時代と変わってないんだな」
養成校時代にも、この4人組は俺とアンディを人数をたのんで囲んで私刑しようとしたのだ。
その時は、講師に連絡がいって痛み分けに近い感じだった。
「あの時とは違うぞ、お前のお友達がいないだろ」
嘲るように言われて、カッと頭に血がのぼった。
「御託はいい、かかって来いよ」
俺は無手。
4人はそれぞれ得物を手にしている。
「ぶっ潰してやるよ!」
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俺はずっと実力を隠していた。
気のいい4人の先輩と、アンディと、友達でいたかったから。
でも。隠していてもなお、俺は才能を妬まれた。
それだけの、ケタの違う実力。
そんなもの、1年のブランクでどうこうなるものじゃない。
実際、オウシもニニムもフェレールも…ガレイドも、俺に触れることすらかなわずに地べたに這いつくばっている。
「てめー、許さねーからな」
フェレールが俺を睨み上げる。
「あんたは蛇みたいに執念深いからな」
応えて、フェレールが薄く笑う。
こいつにネチネチと絡まれて潰されたクラスメートは多い。
「俺はさ、あんた等が私刑しないなら、無関係でいようと思ってたんだぜ」
何のことか分からないのだろう、オウシとニニムが口を開こうとするが。
その前に、俺は手を振り上げた。
校舎の窓という窓に明かりが灯り、そこから騎士や兵士が顔を出した。
皆が見ていたのだ。
私怨でもって、4人が1人に襲い掛かるのを。
そして負かされるのを。
オウシ、ニニム。フェレールも分かったのだろう、項垂れた。
こうとなっては、士官どころの騒ぎじゃない。
実家からも勘当される。
それどころか、市民権をはく奪されてこの国にすらいられないかも知れない。
俺が味わったのと同じくらいの絶望だ。
「ぅわああああああ!」
叫び声をあげ、ガレイドがナイフを手に突っ込んできた。
「無様だな」
俺は余裕をもってナイフを避けると、背後に回って、ガレイドの首を絞めた。
10秒もかからない。
ガレイドは小便を漏らして落ちた。
俺みたいに、体が不自由になるほどの怪我は誰にも負わせてない。
それでも4人の先輩は、もう2度と陽の目を浴びることがないだろう。
復讐は…成った。