ひと段落とか、マジ?
「ケンプさーん!」
と勝手口を開けた私は、そこにお客様をみつけて顔を赤くした。
ごめんなさい、と扉を閉めようとしたんだけど
「リリンシャールさん」
鈴を振るような声で名前を呼ばれて、私は改めてお客様を見た。
中にいたのは。ケンプさん、サシャ。それに中年のオジサマと、髪の長い女の子。
あれ?
女の子…どこかで見覚えが。
「わからないかぁ」
言って、女の子はウィッグを外して銀ぶち丸フレームの眼鏡を懐から取り出してかけてみせた。
「ロッカ…さん!」
修道院の見習いは大きく2つに分かれている。貴族と成り金だ。ロッカは、その成り金のまとめ役的なポジションの子だった。
「どーして、ここに?」
んッふふふふ。とロッカに修道院ではみせない悪戯な笑みをむけられて、私は意外な思いにとらわれた。ロッカはとにもかくにも真面目という印象の娘なのだ。こんな風に笑ったのは見たこともない。
「あなたとサシャさんが面白いことをしているみたいなので、わたくしも仲間に入れてもらおうと思いまして」
「この方、今まで猫を被っていましたのよ」
サシャが呆れたように怒ったように言う。
「うふふ、最高の誉め言葉ですわ」
「で? 仲間に加えてもらいたいっていうのは?」
「健康水、でしたか? それに、わたくしも一枚噛ませてもらいたいんですの」
「修道院への口止め料、ってこと?」
私が眉をひそめてロッカをみると、その隣に腰掛けていたオジサマが
「ロッカ、それでは言葉が足りないよ。きちんと説明しなくては」
とたしなめた。
「あなたは?」
「こいつは、この街で最大の商人だ。儂の古くからの友人だからな、信頼していいぞ」
ケンプさんがお墨付きをくれた。
「そして、わたくしの父でもありますわ」
ロッカが付け加える。
「お初に目にかかる、わたしはグリンランデ商会会長のフェクターと申します」
オジサマがわざわざ立ち上がって軽く頭を下げてくれる。
「私はリリンシャールです」
こちらも、会釈を返しておく。
それから私も空いていた席に座って、まずはロッカに訊いた。
「それで…ロッカはどこから健康水のことを?」
「あら、商人の間では結構な噂になってますわよ。美形の少年少女が訳の分からない飲み物を売り歩いていて、それが兵士のあいだで大評判になってると」
「目端の利いた商人は、もうリリンシャールさんのことを探し回っておりますよ」
娘の言葉を引き継いで、父親が言う。
マジか。商人…怖いわ。
孤児院に遠回りしたおかげで、目の色を変えた商人の捜索から逃げられたんだろうな。
「ていうかさ。あの…言いにくいんだけど、ロッカさんってお父さんと仲が良いんだね」
言外に、素行不良で修道院に送り込まれたんじゃないの? と込めてみる。
「わたくしはね、自分から頼んで修道院へはいったんですのよ」
「なんでそんなこと?」
「そんなの、分かり切ってるじゃありませんか。身上持ちに嫁ぐ見習いとつながりを持つためでしょうよ」
サシャが憤懣遣る方ないとでも言いたげにソッポを向く。
「なるほどね。流石はやり手の商人の娘さんってことか」
「あら? リリンシャールさんはお怒りにならないのですか?」
「別に、大したもんだな~としか思わないけど」
私が答えると、ブハ! とケンプさん、フェクターさん、ロッカが笑いだした。サシャも「はぁ」と諦めたような溜め息をついてる。
「ね、パパ。わたくしの言ったとおりでしょ? リリンシャールさんは少し違うって」
「儂も言っただろうに。この子は普通じゃないと」
「ああ、まったくだ」
ロッカにケンプさんが言って、フェクターさんが深々と頷いている。
褒められている…んだろうか? それとも貶されているんだろうか?
「リリンシャールさん、改めてお願いする。是非とも、我々に健康水販売の協力をさせてもらいたい」
「具体的には?」
「塩と砂糖の安定した調達、でどうかな?」
安定した。というのがミソだね。このままでいくと、絶対に足元を見られて塩と砂糖は手に入り難くなっただろうし。
「わかりました。ですが、私に決定権はありません。すべてはサシャ次第です」
いきなり振られて、サシャは驚いたように私をみる。
そんな顔されても。だって、私はサシャを手伝っただけだし。
「わたくしは……ヒックスの店をよしなにして下されば、それでいいですわ」
ロッカが目をパチクリさせてから、私を見る。
サシャの言い方だと『ヒックスさんを好きだから贔屓にしてくれ』て言ってるようなもんだもんね。そこまではロッカでも調べてなかったみたい。
そーいうこと。という言葉をこめて肩をすくめてみせる。
「分かりました、これからは我が商会あげてヒックス殿の店を支援しましょう」
へ? とサシャが困惑顔してるけど。
ああいう言い方をしたら、そりゃー、そういう風に解釈されるでしょ。
あ! そーいえば言っておかないと。
「そういうことならフェクターさん。明日はヤカン100杯分の健康水を用意しないといけないんですけど、塩と砂糖をお願いできますか?」
「いきなりね!」
ロッカが驚いてる。
そんな彼女とフェクターさんに、私は健康水の正しい分量による作り方を教えた。
「それぐらいなら用意できます。しかし、早いうちに協力を申し出ておいて良かった」
「まったくよ。塩はともかく、砂糖なんて品不足で値段が高騰したかもしれないもん」
ああ…。そういうこともあり得るのか。
「しかし、いきなり100杯とはな。運ぶのが大変そうだ」
ケンプさんが腕組みをして言う。
「あ、それなんですけど」
私は、孤児院で人手を確保したことを伝えた。あわせて、健康水を作る場所をケンプさんの鍛冶処から孤児院に移動することを告げる。
「今まで、ありがとうございました」
ケンプさんに、しっかりと頭を下げる。
「寂しくなっちまうな」
「奉仕活動で、また呼んでください。できれば、洗濯物がたまる前にね」
「それは言わんでくれ」
ケンプさんが恥ずかし気に頭をかく。
私が大量の汚れ物を洗濯して以来、ココにはタオルやシャツなんて軽い物しか放り置かれてない。前みたいに下着を脱ぎ捨てておくなんてことは、なくなっていた。
でも、これで私は晴れてお役御免だね!
翌日。ヤカンを提げた子供たちの修練場までの道行きは、何事かと街の人たちの目を惹いた。
しかも子供たちは私が即興でつくった『健康水の歌』を大声で歌っているのだ。
これが良い宣伝になった。
兵士さんや騎士さまばかりか、工業地区からも声がかかり始め、二日酔いにも効果があると分かると需要はさらに増えて、1週間もしないうちに健康水の売り上げは3倍以上になったとロッカから嬉々として教えてもらった。
3倍とか。
1日に900リットル…。1トンじゃん…!
この時ばかり、フェクターさんに任せてよかったと思ったことはない。とてもじゃないけど、手に負えないもん。
3人娘のシュシュ・ミナ・リンも健康水の運搬じゃなくて、製造に回されたようで、時給もだいぶん上がったと言っていた。独立のことをフェクターさんに相談して、働き次第では社員として雇ってもらえるかも知れないらしい。
そしてサシャだけど。
失恋しちゃったみたい。フェクターさんの店の専属になって、ヒックスさんは市場地区の店を畳んじゃったんだって。
だから、今はジャックとばかり遊んでる。
って!
なんでジャック?
訊いたら、喫茶店にいるとジャックが遊びに来るらしい。
それで、そのまま孤児院にいって幼児の相手をしてるんだとか。
気落ちしてるサシャを気遣ったのかな? ジャック。
さすが、男前な6歳児!
おかげでサシャも気が紛れてるみたいだし。
終わってみれば大団円、みんな儲かって、オール満足、って感じだ。
サブタイトルを変更しました。
あと、ロッカの登場がいきなりすぎましたね。