前世での出来事とか、マジ?
狭っ苦しくて年季のはいった、ヤニと汗と化粧の臭いの染み込んだ控え室。
私はそこでガタピシいう椅子に座って携帯ゲーム機で乙女ゲームを遊んでいた。
「ほんと~~に、クソだな。このゲーム」
ゲーム機の音量は最大。それでも舞台にでているバンドの大音量が邪魔をして、無駄に豪華な声優たちの声が聞きづらい。
「イヤホンをしたらいいじゃん」
そう悪友兼親友は言うけれど、死んだ婆ちゃんに『イヤホンは耳を悪くするってテレビでやってたから、しちゃぁ駄目だよ』と常々言われていた私は、いまだにイヤホンがちょっと怖いのだ。私は婆ちゃん子だったので、それこそ婆ちゃんの声は天の声だったからさ。
「ほんと~~に、クソだな。このゲーム」
憤懣遣る方ない気持ちを、本日8度目、ゲームを始めてから都合88回目の同じ文句にのせる。
「へひひひひひ」
なんて私の苛立ちを聞いて笑っていやがる悪友兼親友。
男のくせに乙女ゲーばかり遊びやがって。というのはセクハラかな? まぁ、悪友兼親友が乙女ゲーに熱中するのも無理はない。なんといっても、オネエなのだから。
「こんなクソゲーを私に遊ばせるなんて…。許さんからな」
「面白くないなら、止めればいいじゃん」
「わかってない、わかってないな、君は」私は画面から目を離すことなく持論を口にする。
「ゲームには様々な人が関わってるんだよ。その人たちの努力を思えば、途中で投げ出すなんて無精が出来るはずもないじゃない」
「そんなのユーザーが気にすることじゃないでしょうに」
「気にするのよ、私は。それに、面白くないわけじゃないのよ。絵師さんはドンピシャだし、スチルは綺麗だし、声優も豪華だし、システム回りも充実してる。ただシナリオが…シナリオが絶妙にモヤモヤさせるのよ」
ひと言であらわすなら、ヒロイン優遇されすぎ。
そしてヒロインにかかわった女の子たちが余りにも救われない。特に王子ルートの悪役令嬢リリンシャールなんて悪役らしいことな~~~んにもしてないのに、誤解に次ぐ誤解で死刑とか…。
シナリオライターの胸倉つかみあげてユサユサしちゃいたいぐらいだわ!
わあああああ、と舞台のほうの歓声がココまで届く。
「そろそろじゃね?」
「みたいだね」
私はゲームをスリープモードにすると「よっこい正一」と婆ちゃん譲りの掛け声で椅子を立った。
「ほんと、お前ってば婆くさいのね」
「ッせーよ」
バンドのトレードマークともいえるボーラーを被る。あ、ボーラーっていうのは帽子で、チャップリンが被っていた形の帽子をイメージしてほしい。因みに私たちのバンドの衣装は白シャツに黒いスラックスという簡素なもの。マネーがないのだよ、マネーが。
コンコンと控え室のドアがノックされた。
「アラミスさん、出番です」
アラミスってのは私たちのバンド名。大昔のアニメの登場人物で、男装をした美女という役どころだった。そう、いわゆる男装の麗人。私たちのバンドのコンセプトでもある。
因みに、命名は私たちにバンドをやらないかと持ち掛けてきた悪友兼親友の父ちゃん。
「OK」と悪友兼親友兼、2人しかいないバンドのギター担当が返事する。
「アラミスさん、今日でウチのハコを卒業っすね」
「卒業とか言われると、バンド止めるみたいに聞こえるなぁ」
私が苦笑すると
「なら、飛躍ッすかね。ウチのハコで初めてメジャーデビューなんすから。改めて、おめでとうございます」
「ありがとう」
「サンクス」
私と相棒はニッコリ返事をして控え室をあとにした。
ライブハウスってのは何処も小さい。特に私たちが住んでいる地方のライブハウスなんて民家に毛が生えた程度の大きさしかない。そんなだから客席と舞台はともかく、裏に回れば控え室をでて直ぐに舞台袖なんてザラだ。
演奏を終えたバンドが舞台袖に来る。
「よぉ、アラミス」
「先を越されちまったな」
「寂しくなるわね」
「最後なんだから、ハジケテみせろよ」
1人1人と拳を突き合わせて、サヨナラの挨拶代わりにする。
「じゃあ、行こうか親友兼ボーカル」
「行くとしますか、悪友兼ギター」
「なんで悪友だよ!」
「へへへ、君は最ッ高の悪友だよ」
私たちは舞台へと進み出た。
今夜一番の歓声が沸き起こる。客席には見知ったファンの姿が多い。特に私たちのファンは女性が多い。
マイクを掴んで、私は言った。
「長々と別れの挨拶は不要だろ。聞かせてやるよ、魂の猛りを!」
ギターが鳴り響き、私は息を吸って歌を
パン!
と誰かが爆竹を鳴らした。
これからって時に、興ざめさせるようなことを。
そう思って……私は口から血をこぼした。
あれ? と思ううちにも膝から力が抜けて崩折れてしまう。
客席から悲鳴が聞こえるけど、なんだか音が遠い。
見れば。
私のファン1号を自称する熱烈な女の子が、拳銃を構えた姿勢のままで竦んでいた。
もしかして、私。撃たれた?
そういえばあの娘『メジャーになったら遠くに行っちゃいますね』なんて手紙をくれたっけ。遠くに行ってしまうなら、奪ってしまおう、ってこと?
それって…愛が重すぎ。
「…………」
悪友兼親友兼ギター担当が、私に覆いかぶさって泣きながら何かを叫んでるけど。
もう聞こえない。
そういえば、君の泣き顔なんて10年ぶりくらいに見たわ。
なんだか笑けてしまう。
私は…死ぬのだろう。
でも、その前に君に言っておきたい。
ねぇ。君と一緒でさ。
「たの…し……かった…よ」
こうして私の20年の人生は幕を閉じたのだ。