まずは試飲から!知名度UP大作戦とか、マジ?
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「誰も受け取ってくれないわね」
隣で一緒に売り子をしているサシャがぼやく。
「そもそも場所がねぇ」
ココは市場地区の隅の方だった。人の通りが多いとは言えない。むしろ少ない。
「そんなことを言われても、大っぴらにできないんですから仕方ないじゃないですか。シスターに露見した時のことを考えてごらんなさいな」
「お茶をしてるのはお目こぼししてもらえても、さすがに商売をしていたら見逃してもらえないだろうね」
「そういうことですわよ。この場所だって、ようやくのことで借りたんですからね」
どうやって? とは今更問わない。おそらく、実家からの仕送りと取り巻きのコネを使って、どうにかしたんだろう。私が今着ている質素な服だって、どこからか調達してきたんだし。スリーサイズを訊かれたときに『おかしいな』とは思ったんだよね。
つーかさ! スリーザイズを訊いておいて、もってきたのが男物の服とか!
いやいや、この怒りは抑えよう。考えるべきことは他にあるのだ。
私は机の上に置かれた大ぶりのヤカンを指で弾いた。
「とはいえ、このままじゃ…」
このヤカンのなかには、あの手作り経口補水液がなみなみと詰まっている。
私たちがこの場所に陣取ってから、ただの一杯すら売れていないのだから。
売り子をはじめて既に鐘が3回鳴っているにもかかわらず、だ。
しかも今日だけのことじゃない。
こうして経口補水液を売りに出して4日目なのだ。
え? こんなことしてていいのかって? ケンプさんのところで奉仕活動はしなのかって?
それがさ~、もうケンプさんの鍛冶処での奉仕活動は大好評のうちに終わってるんですよ。この机だって、ヤカンだって、ケンプさんに借りたんだもん。
だから本来なら別の場所へ奉仕にいかないといけないんだけど、気づけばサシャに連行されて「付き合っていただけますわよね」という笑顔の脅迫でもって、こうして売り子をしているわけ。
もっとも、私だってタダでサシャに付き合ってるわけじゃない。
見返りとして、フルートを個人レッスンしてもらってる。ラッキーなことに、サシャの得意な楽器はフルートだったんだよ。他にもサシャが私に気安くなったことで、陰湿な虐め…トイレをわざと汚されるようなこともなくなった。とはいえ、まだ悪辣令嬢の汚名は健在で、だーーれも親しく口をきいてはくれないけどね。
「ちょっと考え直さないとイケナイかもね」
「考えるって、何をですの?」
「はじめから…かなぁ?」
私の頼りない発言に、サシャが何か言いたげにしたけど、黙っていてくれる。
私の考えを邪魔しないためだ。
この娘、マジで良妻になるんじゃない?
んなことは、ともかく…。
「この健康水、自体は悪くないはずなんだよ」
実際、ケンプさんの所では大好評だ。机やヤカンを借りるときに、ついでとばかりに経口補水液を大量に、それこそ大きなヤカン3つにつくっておくんだけど、借りたものを返しに帰ったら残ってないし。
因みに『健康水』というのが私たちの考えた経口補水液の名称だ。最初は『魔法の水』にしようとしたんだけど
「この水に、魔法がかかってますの?」
というサシャの疑問で取りやめになった。
そうなのだ、この世界には本当の魔法があるんです。
「飲んでもらえれば、効果が分かってもらえるはずなんだよ」
いっそ、ただで配ってみるか。
いいや、無理だ。見知らぬ小娘が無料で飲み物を配っていて、それを無料だから、と喜んで飲むほど、この世界の住人は警戒心が薄くない。
前世とは違うのだ。
せめて修道服を着ていれば信用が違うのだけど、そんなことをしたら大目玉だけでは済まないはず。だって、修道服を着て品物を販売するっていうのは、いうなれば修道院のお墨付きがあると宣伝するようなもんだもん。
う~ん、う~ん。側頭部を握り拳でコツコツ叩きながら考える。
大前提として、経口補水液はどんな人に飲んでもらうべきか。
汗をかいている人、だ。
工業地区は……物売りが許されてないからNGだ。
汗、汗、汗をかくような職業。
職業? 汗をかくような運動。
運動をするような職業?
スポーツ選手? でも、この世界にそんな人種は…………!
「いたぁ!」
私の突然の大声に、サシャがビクンとする。
「ど、どうしたんですの? 虫にでも刺されましたの?」
「そーいうボケはいいから。それよりも、サシャ。今から良いとこにいこう」
え? え? とうろたえるサシャを連れて、私はヤカンをえっちらおっちら両手で提げながら、騎士さまや兵士さんの詰めている中央衛舎とよばれている施設にまで足を運んだ。
この中央衛舎。裏手が修道院なんだよね。
なかなかスリルがある。
私はサシャにヤカンの番を任せて、1人で中央衛舎に入った。
受付の女性兵士さんに声をかける。
「すみません。アゼイという名前の騎士さまを探しているのですが」
「失礼ですが、どのようなご関係でしょうか?」
「私」と言おうとして、今の自分の恰好を思い出した。
男物を着てるんだった。
「僕、アゼイの弟なんです」
そう言うと、女性兵士さんは信じてくれたみたいだった。
騎士は貴族だけど、今のご時世の貴族なんてのは、ほとんどが蒸気機関の開発の波に乗り遅れて貧乏になっている。つまり、私が質素な衣服を身に着けていても違和感はないのです。
そう! 女の私が! 男物の服を着ていても! 違和感がない!
……泣ける。
「アゼイなら、練兵場にいるようですよ」
調べてくれた女性兵士さんは、そう教えてくれた。
お礼を言って、外で待ていたサシャと合流する。
「リリン、何をしようっていうの?」
「この健康水を、練兵場の騎士さまや兵士さんに配ろうかと思ってね」
「配る? でも、あそこは商売できないわよ」
「商売するつもりなんてないし」
「?」
私の言葉に、サシャが首をかしげる。
「ただで、無料で、あげちゃうのよ」
「なんで!」
「どーせ、このままでも捨てることになるでしょ。それなら無料で配ったほうが良いのよ」
「勿体ないというのは理解できますけど」
「あー、そうじゃなくてさ。無料で配ったほうが良い、っていうのは知名度を上げるためなの」
「知名度?」
飲み込めてないサシャに私は今回の作戦、名付けて『まずは試飲から!知名度UP大作戦』を説明した。
「健康水なんていう不思議飲料にお金を払ってまで飲もうとしないのは、疲れた体に効果的なのを知らないからでしょ?」
「そうですわね。ケンプさんのお弟子さん達はガブガブ飲んでますものね」
「だからさ、知ってもらえばいいの。無料でドカドカ配って」
「そういうことでしたら、市場地区でもよかったんじゃありませんの?」
「あそこは駄目だよ。お金を払って買うことが当たり前のところで、いきなり無料で品物を配っても、警戒されて誰も手を伸ばさないだろうし。下手したら、商売をしている他の人たちに『ごっこ遊びをするな』ってつまみ出されかねないもん」
「それで練兵場ですの?」
「そ! あそこなら、みーーーんな汗をかいてるでしょ。それに知り合いもいるしさ」
違いはあるけど、前世で私は同じようなことをしてる。バンドの知名度を上げるためにCDをつくって無料で配布したんだ。
あれで随分とお客さんが増えたし。今回も上手くいくはず! いや、フラグとかじゃなくてさ。
そのまま練兵場まで「疲れた」とごねるサシャを連れて、励ましなだめながら足をのばした。
つーか。誰のために私がココまで手伝ってると思ってるんだ?
練兵場は、前世でいうと学校のグラウンドめいている。
コッチとアッチは丈の高い金網で仕切られていて、練兵場で訓練をしている騎士さまや兵士さんを見ることができるのだ。
私は、練兵場出入り口の門衛さんに声をかけた。
「申し訳ありませんが、アゼイという騎士を呼んでもらえないでしょうか?」
前回と同じ。私は『弟』ということになって、直ぐにアゼイを呼んでもらえる運びになった。
ただ…
「ねぇ、サシャ? どーして笑ってるのかしら?」
「ご、ごめんなさい。でも…弟って…!」
顔を両手でおおって笑っている。
私が憮然としていると、練兵場のほうから大柄な騎士が遣って来た。
忘れもしない、あの仏頂面。
「久しぶり、アゼイ!」
「おま!」
と実に12日ぶりに再会した彼は、私の姿に目を丸くしている。
「なんだ、その恰好? というか修道院に行ったんじゃなかったのか? それに、隣の子は?」
「あ~、すみませんが質問はひとつずつでお願いします」
それから、アゼイとサシャに自己紹介をさせつつ、私は今までのことをダイジェストで話して聞かせた。
そして、本題にはいる。
「というわけで、この健康水を飲んでみて?」
とアゼイにコップを渡して経口補水液を注ぐ。
胡散臭そうにコップの水をみていたアゼイは
「ビビってるの?」
という私の煽りを受けて、グッとひと息に飲み干した。
「結構…美味いじゃないか」
練兵場ということで、アゼイも運動をしたあとだったのだろう。ほのかに汗臭いし。
「でしょ? だから、はい」
まだまだ経口補水液のたっぷり入っているヤカンをアゼイに差し出す。
「はん?」
「はん? じゃなくて。これ、練兵場のみんなに配ってきて」
「なんで俺がそんなことを」
「そりゃー、アゼイが頼りになるからに決まってんじゃん」
普通に答えたんだけど、何故かアゼイは顔を照れたように赤くした。
なんだ? 今の何処に照れる要素があった?
よく分からないけど、アゼイはヤカンを受け取ってくれた。
重いヤカンから解放されて、肩をぐるぐる回してしまう。
「んで、これを飲ませればいいんだな?」
「そ。疲れて汗をかいてるような人に優先的に飲ませたげて。ヤカンは明日、取りに来るからさ」
「明日? また来るつもりなのか?」
「もっち、のろん。とりあえず3日ぐらいは通うかな? 明日はアゼイ、ココにいる?」
「ああいる。というか、大抵はコッチにいる」
「好都合じゃない! じゃあ、また明日ね」
バイバイと手を振って、私はアゼイと別れた。
「わたしは、今ほどリリンのことを尊敬したことがないわ」
しばらく歩くと、それまで黙っていたサシャが変なことを言い出した。
「なにそれ?」
「だって、あんな怖そうな人と平気で話せるだなんて」
あはははっは。私は大笑いしてしまった。
やっぱりアゼイ。あんた、女の子にもてない定めなんだわ!
サシャの言葉遣いをお嬢様風に変えてみました。