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礼拝は音楽でとか、マジ?

シスター・ライザが礼拝堂の重厚な扉を引き開く。


「わぁ」


目の前の光景に、私はトキメイた。


だって、だってさ。

まるっきりコンサートホールなんだよ。

備え付けのベンチが整然と並べてあって、奥には広々とした演台ステージがある。建物に高さがあるから2階席もあるし。ただ残念なのは、音響効果は考慮されてないみたい。それが証拠に、ステンドグラスや窓が至る所にある。たぶんだけど、電気のない時代に建てられたんだろうね、採光に工夫が凝らされているのが分かるもん。


「リリンシャールは初めての礼拝ですから、参加しないで今回は聴いていなさい」


シスター・ライザに言われて、私は適当なベンチに座った。


演台ステージの奥の高いところに、イジリス教のシンボルが掲げられている。人の輪をあらわす円と大地を象徴する四角形が組み合わさった図形。それが薄暗い礼拝堂のなかでぼんやりと光って堂内を包み込むように照らしている。


なんとも幻想的だ。


ゲームの設定だと、光っているのは材質のせいで、大昔にいたとされるドワーフ族が残した特殊な金属をシンボルに使用しているんだったけ。もっともこれは一般には口外されてないことだけど。


妄想してしまう。

ここで思いっきり歌ったら最高だろうな、と。

満員のオーディエンスの前でシャウトする。

ゾクゾクするほどの快感と、シュワシュワと湧き上がる高揚。

雄たけびにも似た歓声。


ニヤニヤと妄想をはばからせていると、あっという間に時間は過ぎてしまった。


ゴーン、ゴーン、と鐘が5回鳴る。


すると、ベールを被った修道女シスターたちが礼拝堂に入ってきた。


シスター・ライザは5時起きだと言っていたけど、それは見習いに限った話で、シスターともなれば5時に礼拝堂に来るのが当然なのかもしれない。


入ってきたシスターたちのみんながみんな、私に目を向ける。


好意的な視線じゃない。白眼って言うのかな、ドライな眼差しだ。


これはでも当然の態度だと思う。何故なら、イジリス教は国に保護されている国教だからだ。

殿下の想い人に酷いことをしたことになっている私は、彼女たちにしてみれば殿下…ひいては国に背いて悪事を働いた大悪人のような存在なのだろう。


そう考えると、つくづくシスター・ライザは変わり者だなぁと思う。

だって、私に剣突くらわせるでもないしさ。


シスターの人数は、シスター・ライザと院長を込みで20人。


20人は演台ステージにのぼると、持参した楽器を取り出してそれそれが準備を始めた。


ん? どうしてシスターが楽器を手にしているのかって?

それは神様に音色をささげるためだ。

この世界に、祈りの言葉なんてものはない。人間の言葉が、はるかな高みにおられる神様に理解していただけると考えていないからだ。犬の吠え声の意味が、人間に理解できないのと一緒。

だから、シスターは楽器を奏でる。

音楽ならば。美しい調ならば。

神様も耳を傾けてくれると信じて。


因みにだけど、この砦に神父はいない。理由は、神父では対魔獣との戦いで戦力にならないから。

戦力…それはつまり、治癒の魔法だ。

イジリス教に仕えて楽器に長けたシスターは、能力の多寡はあるものの治癒の魔法が使えるようになるのだ。

一方で神父はというと、どんなに楽器の扱いに長けても、どんなに信心しようとも、魔法が使えるようになることがない。だから神父はイジリスの教義を広めることに邁進するのだ。


ま、要するに。

イジリス教の神様は男神で女好きなんじゃないかな? 乙女ゲームなわけだし。で、シスターに依怙贔屓えこひいきして治癒の魔法を使えるようにしてくれる、と。私は、そう考えてるわけですよ。


信者に心の内を覗かれたら、不信心の罰当たりと言われそうだけど。

それも致し方ないでしょ、私はこの世界の人間じゃないわけだし。


さすがはシスター。楽器のあつかいが上手いし、お喋りすることなく黙々とこなしている様子には感心させられる。

シスター・ライザもヴァイオリンを優雅に奏でてるし。


ほぇ~、と見惚れてしまう。


そうこうしていると、三々五々、見習いたちが遣って来た。

幼い子では12歳ぐらいかな。年上だと18歳ぐらいの娘までいる。確か見習いは19歳までで、20歳になると聖地にある修行場に送られるはず。


やっぱり私を見る。見てから連れ立ってきたグループでひそひそと話に興じている。

悪辣令嬢なんて言葉も聞こえてくるし。噂は千里を走るっていうけど、ココまで私のことが伝わってるんだろう。たぶん…シスターから漏れたんだろうなぁ。聖職者といっても女性なわけで、ゴシップは大好物なはずだから。


それにしても、非常に居心地が悪い。

ハブられてる、って感じさせてくれる。


ここで賢い選択は、申し訳な気に体を縮こませるべきだろう。更にいえば小動物めいた仕草で怯えるように震えてみせたら同情すら買えるかもしれない。


けど、私が卑屈になることはない。

だって、な~~~~んにも悪いことしてないんだもん。


背筋をピンと伸ばして令嬢モードを維持する。

そのうえで、好奇心旺盛にチロリと横目を寄越すにはニッコリと、軽蔑の表情も露わに嘲笑を寄越すにはニヤリと笑ってみせる。


するとどうでしょう。

チラ見してきた紅髪の女の子以外は、みんな顔を強張らせて目を逸らしてくれました。


友好的な笑顔と攻撃的な笑顔を使い分けたはずなのに…。

リリンシャールさん。あなたの…というか私の顔は完璧に悪役令嬢なんですね。


見習いも演台ステージにのぼって、それぞれのパートごとに別れて準備を始めた。

でも、ピーチクパーチクお喋りをしながらだ。

遂には院長の雷が落ちて私語をやめたけど、それでもしばらくするとお話を始めてしまっている。


元が不良令嬢だからなのかな? ずいぶんと聞き訳がない。

授業崩壊の現場を目撃してる父兄の気分だ。


パンパン! と院長が手を叩いた。


めいめいが鳴らしていた音がピタリと止む。


院長が指揮者席にあがって、指揮棒を振り上げた。


ピンと空気が張り詰める。


ドキドキする。これから、どんな素敵な音楽が聴けるんだろう。


もちろん、リリンシャールだって礼拝に参加して神様に捧げる曲を聞いたことはあるよ。

でもさ、私としては初めて聴くわけで。

ちょっと説明が難しいけど。おうちのテレビで見るのと、現場でLIVEに参加するのと、それぐらいの違いが自分のなかであるんだよね。


院長が指揮棒を振り下ろして、曲が始まった。


……んだけど。


あれ?

吉本新喜劇なら盛大にズッコケてしまう。それぐらいに…言っちゃなんだけど下手っピだぞ。


なんていうのかな。調和がない。

シスターは当然ながら綺麗な音をだしているんだけど、見習いがつたなくて、技術の差があり過ぎるのだ。

しかも見習いは指揮棒を見てないように感じられる。

シスターも何だか自分の技量に酔っているんじゃない?

自分よりも下手な見習いに寄り添って引っ張ってあげようっていう優しさがないもん。


総じて、練習不足だ。


これは、神様も苦笑いかな?

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