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ちょっぴりおかしなシスターとか、マジ?

修道院の門をくぐった私は、人の姿を求めてブラブラと敷地内を歩いた。


というか。誰もいないんですけど。


キョロキョロと辺りを見回していると、鈴なりに実をつけた木を発見。

今は昼時。何故、昼時だと分かるのかといえば、太陽の位置と、なによりも正確な私の腹時計が昼餉を訴えているからだ。


木の下に立って、実を見上げる。

あれはブルーベリーだ。この世界のブルーベリーは低木じゃない。高木に実をつける。


とりあえず、ジャンプ。


うん。届かない。


ブルーベリーは白い粉をふいて青というよりも黒色にちかくなって熟れている。


「甘そう…」


グーとお腹が鳴る。


私は周囲を確認した。


誰もいない。

いないなら、食べてもいいじゃない、ホトトギス。


私は木に取りつくと、スルスルとのぼった。

前世でみた小説だと、転生したらチートという特典がもらえるらしいけど。もしかしたら木登りの才能がリリンシャールのチートなのかも知れない。そう思えるほどに、スルスルと木を登れてしまう。


太い枝に腰掛けて、頭の上に実ったブルーベリーをつまむ。


「いっただきまーす」


パクリと食す。


「あま~い!」


前世で悪友兼親友の父ちゃんに見せられた昭和のグルメアニメみたいに口からビームが迸っちゃうほどだ。


パクパクとベリーを口に入れる。

野生種だからか、少しばかり渋みがあるけど、それがまたアクセントになってる。たまに酸っぱい実があるのもいい。

ええい、一粒ずつ食べるなんて面倒だ! 鈴なりのベリーをわっしと掴んで、それをあーんと上向いて開けた口に放り込む。

私の手はブルーベリーの汁で真っ青だ。


食べることに夢中になっていると、下のほうがざわざわし始めた。


見ると、青い服の修道女たちが大勢で木の下を歩いていた。

ちなみに、このゲーム世界での修道服は青い。大地を信仰しているくせして、空色なのだ。

ベールをかぶっていないのは見習いなのだろう。みーんな髪が短い。


私の姿は見つかってない。

けっこう高い場所にいるし、茂った葉っぱが隠れ蓑になっているからね。


このままやり過ごそう。


思ったのに。ポロリと私の手からブルーベリーが落ちてしまった。


ひゅー、と宙を落ちたベリーは1人の見習いの頭に命中した。


見習いが足を止める。地面のベリーを見つけると、顎をあげて上を見て。


目があった。

バッチシと。


紅い髪のすっごい勝気そうな顔をした美形の子だ。美形といえば、手前みそながら私も美人ではある。けど人から好まれる美人じゃないと思っている。何故なら、私の造作は『生意気』そうだからだ。鼻持ちならない感じとも言える。それに比べると、紅髪の子は素直に美人だ。


そんな美形が口を開けて間の抜けた表情で私を見てる。


私はニッコリ笑顔で真っ青に染まった手を振った。


すーーー、と紅い髪の子が息を吸う。


あら? あれ? ちょっと待ってよ。


「きゃあああああああああ!」


悲鳴が上がった。


なんだどうした、と青い服が集まって、紅髪の子が指さす方向…私を見上げる。


私はひきつった顔で手を振り続けた。


悲鳴が次々とあがって、聞きつけた女兵士や女騎士が駆け付ける。


これは大事おおごとになってしまったなぁ。


私は冷や汗をかきながらも、現実逃避でブルーベリーを口に運んだ。


「うーん、酸っぱい」





「リリンシャールなのですよね?」


豪勢な執務机をあいだに、対面に座った院長が確認をする。


「はい」


と、私は少々うんざりしながら肯定する。

それというのも、この遣り取り。3回目だったりするのよ。


場所は院長室。


あれから私は女性兵士と女性騎士に不審人物として問答無用で連行されたのだ。でも神は…いいや、アゼイは私を見捨てなかった。修道院をでたところで『まさか』と様子をみにきたアゼイに呆れられながらも助けられて、私はこうして院長室へとご招待されたのだ。


神経質な国語教師めいた風貌の院長が、聞えよがしの溜め息をつく。


「では、リリンシャール。あなたは、あのような場所で何をしていたのですか?」


「お腹がすいていたので、ベリーをちょっと失敬していました」


ヒクリ、と院長のこめかみが痙攣けいれんする。


「わたくしは30年を修道女として生きていますが、庭先のベリーを木登りしてまで食べていたなんて聞いたことも、まして見たこともありません」


「はぁ」


気の抜けた返事を返す。


正直、どうして木登りしてはいけないのか分からない。そりゃ、令嬢なら世間体とかあるからお転婆はできないけど、今の私は勘当されてるわけだし。木登りぐらいいいじゃん、としか思えない。


院長は眉間を揉んでいたけど、ジロリと私を見た。


「あなたの王都での所業は聞き及んでおります」


ちょっと間があく。


あ! 私の発言を待ってるのかな?


「そうですか」


院長のこめかみがヒクヒクする。


「謝罪するつもりはありませんか?」


謝罪ねぇ。もし、そんなことをしたら罪を認めることになってしまうんじゃない? それって自白同様だよね。

だから私は、院長の心証が最悪になるのを承知でこう答えるしかない。


「ないです」


院長のはらわたが煮えくり返っているのが分かる。


気持ちは分かります。私だって、この世界は全てが私を中心に回っているとでも言いたげな小生意気な顔をした小娘が厚顔無恥にも惚けてみせたのなら、イラっとくるだろうし。


ていうか…。リリンシャール、顔のせいで損し過ぎじゃね?


「よくよく、あなたという人間がわかりました」


院長は言うと、机のうえのベルを鳴らした。


待っていたかのように年若い修道女がおとないいをいれてから入室する。


「シスター・ライザ。あなたに、このリリンシャールの世話を任せます」


うけたまわりました」


私はシスター・ライザに促されて、共に退出した。


年齢は20代の半ばぐらいかな。明るいブラウンヘアーで、丸眼鏡をちょこんと鼻にかけている。


「まずはじめに自己紹介をしましょう。わたくしの名前はライザ。シスター・ライザです。修道女のなかで一番の歳若ということで、不幸にもあなたの世話役を仰せつかってしまいました」


歩きながら前を向いたままシスター・ライザは言う。


どう応えるべきなんだろう。私が鼻白んでいると、シスター・ライザが私を向いた。


「今のは笑うところです」


無表情に言う。


「ア・・・アハハ、ハハァ」


笑ってみせると、シスター・ライザは興味を失ったみたいに再び前を向いてしまった。


どーしろって言うの?


とりあえず自己紹介だろうか。


「え、えーと。私の名前は…」


「あなたの自己紹介はいりません。だいたいのことは知ってますから」


「そ、そうですか」


シスター・ライザと一緒に階段を下りる。

すると、おいしそうな匂いがしてきた。


思わず鼻をピクピクさせてしまっていると


「食事は、朝昼晩の3食になります」いきなりシスターが話し始めた。

「食事は軍の厨房からいただいたものを、食堂で食べることになります」


なるほどなるほど、と頷きながらも、私は既に半ばまで上の空だ。

この匂いからして、メニューはクリームシチューだろう。


クリームシチューといえば、私のなかで自動的に『世界名作アニメ劇場』と連想されてしまう。え? 世界名作劇場を知らない? だよね~。私も悪友兼親友の父ちゃんに見せられるまで知らなかったもん。赤毛のアンとか、アルプスの少女ハイジとか、フランダースの犬なんかが昔は日曜日に『世界名作アニメ劇場』ていうアニメ枠で放送されてたんだって。で、なんでクリームシチューが連想されるのかって言うと、世界名作アニメを見ていると、これも悪友兼親友の父ちゃんが必ずといっていいほどクリームシチューをお盆に用意してもってきたんだよね。なんか意味があるらしいけど、そこまでは知らない。


というわけで、ついフランダースの犬のOP曲を口ずさんでしまうと


「ちなみに、リリンシャールの今日の夕餉はなしです。木登りをしていた罰だそうです」


とシスター・ライザに釘を刺されてしまった。


え! マジマジとシスター・ライザを見返してしまう。


「そんなに物悲しい顔で見られても、無理なものは無理です」


シスター・ライザは前を向きながら言う。


マジか…。夕飯抜きとか…。


私の部屋は1階のいちばん端だった。角部屋といえば聞こえはいいけど。


ドアを開けたとたんに、カビの臭いがする。


「シスター・ライザ。お聞きしますけど、ココって物置だったのでは?」


「正解です。シスター見習いは3人部屋が基本なのですが、リリンシャールと同室になりたい見習いが」


だーーーーれも。とシスター・ライザは無表情のままに強調して言うと


「いなかったので、急遽、物置をリリンシャールの部屋としてあてがうことになったのです」


そうですか、だーーれもいなかったのですか…。


「修道女のお勤めである礼拝は朝晩の2回になります。昼のお勤めは自主参加ですが、練習時間でもあるので参加しないと何時までも楽器がうまくならずに落ちこぼれます」


聞きながら、私は部屋を見回した。

狭い。前世でいうところの4畳間ほどしかない。そこに家具が2つ、ベッドとサイドチェストが置かれているので余計に狭く感じる。


「リリンシャール、得意な楽器はありますか?」


「ピアノが得意です」


しかも暗い。

窓が小さいのだ。明り取りの窓というよりも、空気の入れ替えのための窓といった感じだ。


「この修道院にピアノはありません。持ち運びができませんからね。他に弾ける楽器はありますか?」


「フルートなら少しだけ」


そのうえで暗澹たる気持ちにさせるのは、蒸気機関が発達して電灯だってある世界だというのに、サイドチェストの上にランプが置かれていることからしてね。


「自前のフルートは持ってきていますか?」


「すみません、ないです」


「でしたら、修道院のフルートを使ってもらうことになります」


他の見習いの部屋がどうかは知らないけど。

これってさ、私が素のリリンシャールのままだったら、絶望しかねないぞ。


私は窓を開け放って空気の入れ替えをしながら、ベッドのうえに畳んで置かれていた服を手に取った。


寝間着と、ベールのない修道服が2着。


「着方は分かりますか?」


修道服はワンピースタイプだ。


「わかります」


「それは珍しい。ビックリ」


ビックリと口に出して言われて、私のほうがビックリだ。


「なんでビックリなんですか?」


「この修道院に来たばかりの見習いは、ほとんどが1人で着替えも入浴もできません」


あー。ココは問題ありの令嬢の姥捨て山だからね。見習いはほとんどが元令嬢なんだろう。令嬢であれば、雑用は侍女がやってくれてただろうし。というか、リリンシャールも着替や入浴を1人でしたことがなかったりする。


…これ。本当に私に代わってなかったら、リリンシャール大変だったろうな。

令嬢殺し。伊達じゃないわ…。


「そうそう。入浴で思いだしましたが、お風呂は2日に1回だけ、街の公衆浴場を使うことになります」


あとは、う~んと。とシスター・ライザが唇に人差し指を添えて小首を傾げる。無表情のままで…。


「こんなもんですね。何か質問は?」


「私はこれからどうしたらいいんでしょう?」


「人生についてですか?」


「そんなはずないでしょう。このまま部屋に居たらいいんですか?」


「ええ、明日の朝までゆっくりしていてください。リリンシャールが正式に見習いとなるのは明日からなので、晩の礼拝は参加しないで結構です。明日の朝から礼拝に参加してください」


「でしたら、起きる時間は?」


「5時になりますが、鐘が鳴るので分かるはずです」


起きられるかなぁ。なんか初日から盛大に遅刻しそうな予感。


では。と言い残して、シスター・ライザは帰って行った。

ちなみに彼女は部屋に一歩も入ってきてません。ずっと鼻をつまんでいました。小首を傾げている時もです。


私はこのまま寝間着に着替えて眠ってしまうことにした。

窓は開けたままだけど、修道院だし変態が侵入してくるなんてことはないだろう。


疲れてるし、お腹はすいてるし。

眠ってしまうのが一番だ。

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