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修道院に到着したとか、マジ?

馬に揺られながら考えるのは、クルシュお兄様のことだ。


「子供を産んでくれ」


とかドン引きプロポーズをされたわけだけど、別に嫌悪を感じたわけじゃない。


それというのもリリンシャールは優しくて気遣いのできるクルシュお兄様に幼い頃から憧れていた節がある。だから、ドン引き病み病みプロポーズをされても、怖気が走らなかったんだろう。


むしろ思うのは、病み病みのクルシュお兄様の不憫さだ。

ヒロインに攻略されなかったばかりに暗黒面に落ちてしまっているクルシュお兄様。


そんなお兄様がアゼイを私のために派遣したのは、つまりまだ諦めていないということなのだろう。


正直…愛が重い。


まぁ、おかげで魔獣に食べられずにすんだわけだけど。


「ねぇ、アゼイ?」


私はグルリと背後を振り向いた。


「あんだよ?」


手綱を握っている強面が仏頂面を返す。確信する。こいつは異性にモテないだろう、と。

もちろん、そんなことを口にする私ではない。


「あんた、モテないでしょ?」


「ああん?」


強面の仏頂面が閻魔大王面にクラスチェンジする。


しまった、こんなことを訊きたかったんじゃない。


「今のはノーカンで」


「ああ?」


強面の閻魔大王面が困惑顔にシフトチェンジ。ん、ちょっと可愛いぞ。


「あのさ、クル…じゃなくてミューゼの若様、どんな様子だった?」


「どんなって言われてもなぁ。わからん」


「わからんって何よ?」


「クルシュ様は感情が顔にでない人みたいで、無表情だったからな」


だよね。それでも家族として長いこと一緒にいると、無表情のなかにも微かな感情が観れるようになるんだけど。

他人にそこまで求めるのはこくか。


「家族のことが気になるのか?」


アゼイが憂い顔で訊いてきた。何か勘違いされている気がする。


「そりゃあ気になるわよ。けど…」


「けど、なんだよ?」


「今の私の立場だと、気にしちゃいけないから」


ふと思いだしそうになった、母様と妹のルルイエのことを頭から振り払う。

クルシュお兄様は、私のなかで家族というよりもゲームの攻略対象という色彩が強いので、別枠だ。というか、アゼイを寄越してる時点で、私と縁切りするつもりがないのは明白なんだもん。


「少なくとも、クルシュ様には心配されてるみたいじゃないか。愛されてるんだろ?」


その愛は、でも家族愛ではないのですが。


なんか微妙な雰囲気になってしまった。

私もアゼイも座り心地の悪いだんまりを決め込む。


「あの」

「あのさ」


と声を発したのが同時だった。


「リリンから言えよ」


と譲られたので、私は訊いた。


「アゼイと若様との関係って、どーゆーの?」


「恩人かつ、主人だな」


「恩人?」


「色々あってな」


色々か。言いたくないのか、言えないのか。


「じゃあ、今度はアゼイがどうぞ」


「やっぱ、やめとくわ」


「何よそれ、気になるじゃない。いいから言ってみなさいよ」


つむじの当たりでアゼイの胸をグリグリ押してやる。


「んじゃあ訊くけどよ、お前…ほんとうに噂になるようなことやっちまったの?」


「あ~、それ訊いちゃう?」


「やっぱ、言いたくないか」


「言いたくないというかさ、知っちゃうと面倒くさいことになるわよ?」


なんせ冤罪ですから。公爵令嬢を無実の罪で修道院送りにするとか、王家の…というか殿下の大罪でしょう。ゲームではリリンシャールが死んでいたからこそウヤムヤにできたみたいだけど、こうして私は生きているわけだし。


知っても良いことなんて、ひとつとして無い。というか、悪いことしかないでしょ。


だから言わずにおこうと思ったのだけど。


「図らずも、それが答えだけどな」


とアゼイに察せられてしまった。


「ごめん、聞かなかったことにしといて」


幸いなことに、アゼイが追及してくることはなかった。





遠くのほうに砦がみえてきた。


さすがは魔獣の森のほとりにある砦だけあって、防壁は高い。というか、高過ぎじゃない?


そうアゼイに問うと。


「あれぐらい高くないと、ジャンプして跳び越えられてしまうからな」


こわ! 魔獣、怖いわ!

ゲームだとそんなに凄いのいなかったのに!


「おいおい、そんなんでビビってんなよ」


笑われてしまうけど、私、元令嬢だし! 動物といえば猫と犬しか触れたことのない現代っ子だし!


怯んだのがいけなかった。

調子にのったアゼイに散々ぱら規格外ともいえる魔獣の話しを聞かされて、血の気の引いた私に奴は最後に言ってくれやがったのだ。


「まぁ、そんなとんでもない魔獣は森の奥にいて津波でもないと出てこないけどな」


私が伸びあがってアゼイの顎を頭突きしても悪くないと思う。

ガチン、とか歯と歯のぶつかる音が聞こえたけど、ざまぁ。


そうこうしているうちに、砦に到着した。


間近で見ると、本当に異様だ。前世で高層建築物を見慣れている私だけど、窓もなにもない壁がズデデンと建っているのは圧倒的な迫力がある。


門の前で馬を下りる。


アゼイは門衛に小剣を見せてから、馬を任せると、私を手招きした。


「いくぞ」


砦のなかは広かった。遥か向こうに防壁が見える。


「砦のなかに町があるんだ」


「畑だってあるぞ。長期間籠城できるようにな」


「そんな場合ってあるの?」


「記録には、最長で半年の籠城があるな。前の森津波のときだ」


アゼイは道々、人に尋ねながら、私を修道院へと案内してくれた。


そう。修道院は砦のなかにあったのだ。


あの御者どもめ~! よくも、修道院は魔獣の森のほとりにあるとか脅してくれたもんだ。

……その通りだけど。その通りだけどさ!


私が恨み言を口にすると、アゼイは大笑いした。


「魔獣の森のほとりに修道院だけがポツネンと建っていると考えるほうがどうかしてるだろ」


一理ある。

とはいえ、笑われたのがムカついたので、私はアゼイの腕をポカリと叩いてやった。


馬車が行き交う大通りを進むこと、体感で5分。

修道院は、騎士やら兵士やらが大勢出入りしている建物の裏手にあった。


鉄製の高い柵に囲まれた敷地内には、見たところ木製2階建ての棟が2つと、前世の体育館ほどの大きさの石造りの平屋建てが1棟ある。あの石造りの施設が礼拝堂だろう。どうしてかって言えば、イジリス教は大地を信仰していて、礼拝堂は半地下で平屋建てというのが決まりだからだ。


修道院の門の前で、アゼイは私に別れを告げた。


「ここからは男子禁制だからな」


「送ってくれて、ありがとう」


「クルシュ様からの依頼だからな」


そう聞いて、私は何だか哀しくなってしまった。


「じゃあな」


アゼイは踵を返した。

ジッと見ていても振り返りもしない。そのままアゼイは道を曲がって行ってしまった。


「薄情な奴」


呟いて、自分で思っていたよりも声に力がなくて、それが恥ずかしくて


「バーカ、バーカ!」


小声で毒づいて、私は修道院の門を潜った。


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