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第二章 演奏会(1)


      第二章  演奏会

           

 満里奈の様子がちょっと変だと感じたのはここ数日。授業中でも居眠りしたり、ぼーっとしていて先生の言ってることを聞いてなかったりで普段の満里奈らしくなかった。だがその理由もその日の帰りの会でわかった。

 「この中に学校で禁止されているアルバイトをしている子がいます」

 森先生が帰りの会で言い出した。妙に語尾を伸ばした言い方は誰のことかわかっていっている。先生の言い方はいつもそう、知ってますよ、自分から名乗り出なさい、チャンスを与えてあげましょうと心で叫んでそっとみているのだ。

 だが誰も名乗り出ない、先生の目が動く。たいていその視線の先に犯人がいるので何人かがその視線の先を追う。他の生徒はキョロキョロ当たりを見回したりもぞもぞしたりしていた。先生の視線が止まる前に声が上がった。

 「わたしです先生」

 満里奈が立ち上がって先生に挑むような視線を送っていた。


 満里奈は放課後、下級生の何人かに声をかけて家庭教師のアルバイトをしていた。満里奈の教え子の両親が学校側へ苦情を入れたらしい。.無断アルバイトをしたことを素直に認めて、今後やらないと誓った満里奈に免じて、学校側も今回は母親に厳重注意することで決着をみた。

 「密告したのはきっとあの子の母親ね」

 翌日、事情を聞くと満里奈はがっかりする風でもなく言った。

 「もともとご両親は本気で家庭教師を頼んでるって気持ちでもなかったみたいなの。娘の遊び相手のつもりでいたのに、遅くまで本気で勉強見てくれたりするから気持ち悪く思ったのね。それで学校に相談したのよ、そうに決まってる」

 「ねえ、なんでアルバイトなんてしたの?欲しいものがあったの」

 僕は尋ねた。

 「楽器を買うの。みんなの分を手に入れるの。ピアノは無理だけど中古のキーボードとかヴァイオリンとフルートも」

 「学校のを借りられるよ」

 「ダメなのそれじゃ。毎日練習できないでしょう」

 満里奈の真剣な様子に、冬馬があわてて口を開いた。

 「あれだ、三人ともピアニカで演奏するってのはどうだろ。俺はピアニカならなんとかうまいこと出来ると思うんだ」

 「ダメよそんなんじゃ。どうしてもピアノとヴァイオリンとフルートのトリオでなきゃ」

 決してゆずろうとしない満里奈に僕も冬馬もそれ以上言えなかった。

 アルバイトの結果は毎日遅くまで半月以上頑張って千円にも満たない小遣いをくれた家が一軒あっただけらしい。

 「わかったよ。それなら音楽祭まで毎日でも練習しようじゃないか」

 冬馬が慰めるようにやさしい声で言った。

 「そう簡単にいかないの」

 満里奈は母親呼び出しと説教のあとに、音楽室の楽器使用は週一回、1時間のみと、森先生に言われたと悔しそうに言った。

 「週一回でもなんとかなるよまだ二ヶ月もあるんだ」

 僕も懸命に言った。本気でそう思ってた。

 「あたしはいいけどあんた達は楽器にさわったことも無いでしょう」

 満里奈の言葉にちょっとムカついたが、やってみなきゃわからないだろうと言い返した。

 

 7月に入ると同級生たちはみな、夏休みの計画を話し合ってばかりいた。家族旅行や家での過ごし方など。高学年になると親も子供にかかりっきりでなく、昼間はかなり自由に過ごせる。スケジュール調整に余念がなかった。僕や冬馬は5人組との決闘いらい敬遠されてるようで、遊びの計画に声をかけてくるものは誰もいなかった。

 でも、昼休みや放課後のわずかな時間に満里奈に譜面の読み方から教わるのには都合が良かった。音楽記号ぐらいはわかるものの、その意味すら知らないし理解できない僕に満里奈はイライラしっぱなしだった。習うより慣れろで、とにかく演奏することから始めようという冬馬の提案により、ピアニカで簡単な曲から弾き始めた。一週間ほどでどうやらメロディーらしいものが演奏ができるようになった。

 そして7月の2周め、初めての楽器使用での練習が始まった。

              

 金曜日の放課後の音楽室。音楽担当の宮古先生はパンパン手を叩いて僕達の演奏を止めた。そして大きなお腹に息をいっぱい吸ってから長いため息をついて悲しげな顔をした。初めてさわった楽器とはいえ、その演奏は先生の予想を激しくぶち壊すほどのひどい出来だったようだ。たしかにあんまりきれいな音は出せなかったけど…と僕は思っていたが。

 「あなたたち、満里奈さんはともかく、本当にこのメンバーで音楽祭にでるつもりなの?」

 普段は優しい女先生だが、その時は厳しい顔つきを崩さずに言った。

 「もちろんです。本番までにもっともっと練習しますから」

 「あのね、音楽際には町の人達はもちろん、あなたがたのご両親も見えるのよ。このままじゃご両親にも恥をかかすことになるの。わかる?」

 音楽祭の演奏は日曜日、毎年恒例で小学生としてはレベルも高い。まして高学年の演奏は学校側の目玉だ。街のお偉いさんたちもいっぱい見えるから、とくれぐれも失礼のないようにと、新入生の頃から先生方は口をすっぱくして言っていた。宮古先生としてもいくら練習してもダメな生徒は出場させたくないのだ。それでも食い下がる満里奈に先生は厳しく言った。

 「来週も私を満足させる演奏が出来なかったら楽器も音楽室の使用も許可しません。そのときは他の合唱チームに入りなさい」

 来週まで…宮古先生がどの程度の演奏を希望してるのかわからないが、とうてい無理だろうと思った。先生はそれ以上話すこと無く音楽室の外へ声をかけた。外で待っていた次のグループと入れ替わりに僕たちは黙って出て行くしかなかった。


 「すてきな演奏だったわね」

 音楽教室を出ると桜城が待ち構えていた。後ろにはいつもの取り巻き数人を従えて。

 無視して行こうとする満里奈に「今聞いたところじゃ来週以降使えそうもないわね。よかったら私達の練習時間の割り当てをあげましょうか」

 「結構です」

 「遠慮しなくってもいいのよ。私達はお父さんの紹介で広い練習場が使えるの。毎日好きなだけね。楽器も揃ってるのよ」

 桜城をキッと睨んで駈け出した満里奈を僕はあわてて追いかけた。後ろで桜城らの笑い声がした。


 「もう絶対に無理。まさかあんた達があんなにできないなんて」

 帰り道で満里奈がわめいた。僕も冬馬も言いたいことはあったけど何も言えなかった。満里奈のヴァイオリン演奏はよく出来ていたからだ。

 「だから、ピアニカとかリコーダーとかなら少しできるしそれで行こうよ。それなら毎日でも練習できるだろ」

 僕は遠慮がちに言ってみた。

 「ダメ。絶対にダメ。この楽器で演奏しなきゃいけないのよ。譜面だってそれに合わせてアレンジしたものなの」

 満里奈のこだわりが理解できなかった。たしかに強引なところはあるけどそんなにわがままな子じゃないのに。

 「そういうけどさっきの先生の様子じゃ毎晩練習したって認められそうにないよ」

 「毎晩やればなんとかなるわよ。あたしが教えればだけど」

 満里奈はそう言ったあと、はっと目を見開いて僕の顔を見た。

 「そうよ毎晩やればいいんだわ」


 コンビニの脇を通ってお寺の前に出る。お墓を右に見て左へと三人が縦に並んで歩いていく。

 「見つからないんだよ。前にもらった薬がなくなってからも何度か見に来たんだ」

 「店のおじさんは必要があれば現れるって言ったんでしょ。今がその時なの」

 冬馬の下に僕、その前に屈んだ満里奈と三人の顔が並んで塀の間を覗きむ。その終りには古びた店なのに輝くように明るく見えるドアがあった。


 老店主は黙って僕達の話を聞いてくれた。僕達はみんなそれぞれ言いたいことを話したが店主は手で制しながら1人づつの話を聞いてくれた。あまり静かに聞いているので寝てるのじゃないかと不安になって話をやめると、また手を上げて続きを促す。結局話し終えるのに1時間近くもかかったしまった。

 話を聞き終えた店主は壁の棚を一周りすると、いくつかの瓶を持って奥の部屋へ入った。しばらくして空色の3つの瓶を手にして出てきた。 

 瓶を1人づつ手に渡して、

 「これを3人とも寝るときに飲みなさい。君たちの望みは叶えられるだろう」

 それから毎日ではなく週に一度は飲むのを休むこと。一日一錠だけにすること。病気の時は飲まないこと。いくつか注意することを伝えた後、店の外まで見送ってくれた。僕たちは持っているだけのお金をだしたけどおじさんは小銭だけしか受け取らなかった。そして店を出て数歩歩いてから振り返ると、すでに店の影も老店主の姿も消えて、伸びきった夏草のむせるような香りだけが壁の間を流れてきた。

 

                 

 流れるような冬馬の弾くピアノのリズムが音楽室に響き渡る。それにぴったり合うように僕のフルートの音色が重なる。そして満里奈のヴァイオリンの響きが全体を優しくつつんでいた。

 先週は怖い顔で睨んでいた宮古先生は、あっけにとられた表情で僕達の演奏を聞いていた。本格的な曲は一曲だけだったが、最初の練習曲の演奏だけで先生の気持ちが変わったのがわかった。僕達の演奏は先生ばかりじゃなく、外で順番を待っている生徒の心さえ動揺させた。

 「そうとう頑張ったようですね。でも人前で演奏するにはまだまだですよ。それに本番は緊張しますから実力を完全に発揮できるとは限りません。そのために慢心せず、もっともっと練習しなければいけませんよ」

 言葉は厳しいものの前回と違ってやさしい顔で言ってくれた。

 僕たちは合格したのだ。


 夢の薬の効果は完璧といってよかった。薬を手に入れた日の夜、冬馬と満里奈には夢の中の学校の音楽室で出会うことが出来た。昼間らしいのに誰もいない学校。僕達3人はそれぞれの楽器を手にして弾き始めた。一度手にしているので勝手はわかっている。だがすぐに満里奈にダメ出しされた。「いい?フルートはこうして…」満里奈がぼくの手に自分の手を重ねてフルートを持った。とたんに僕の頭のなかに満里奈の言わんとしていることが飛び込んでくるように理解できた。息の流れや角度、指の動かし方、力加減、言葉で言わなくて満里奈の言いたいことがなんとなく理解でき、さも自分が経験したような感覚となって体中を駆け巡った。

 僕の指は何年も前から楽器を扱っているように自然に動き、なめらかな息の流れで練習曲を奏でた。その音色に自分でも驚いたが、冬馬と満里奈の驚きはそれ以上だった。

 「あたしはこの学校に来る前にはいろんな楽器を演奏したことがあるの」

 満里奈は今度は冬馬の後に立つと指を重ねて弾き始めた。僕はすこし悔しかった。一緒に弾いたあとの冬馬の演奏も前回の演奏とは比べ物にならない出来だった。子供と大人の違いがあると感じた。冬馬は自分自身でも驚いたのだろう、

 「俺って天才かな」

 「違うわ。教えるほうが天才なのね」

 満里奈が満足気に言った。

 それから僕たちは毎日、いや、毎晩気が済むまで練習に励んだ。夢の中は時間の感覚があってないようなものだ。疲れを感じることもなく何度も何度も納得するまで曲を弾き続けた。慣れてくると練習曲だけでなく本番で演奏する曲も練習した。難しくて無理だと諦めていた曲もなんとかミスも無く最後まで演奏することができるようになっていた。

 「指揮者がいないから互いの音を聞きながら合わせることが重要なの」

 満里奈が言った。夢の中では不思議なことに互いの考えやリズムやテンポといったものが頭に流れこんできて、合わせるのは難しくはなかった。夢の中で何度も合わせることができた。僕たちはほんの一週間ほどで多分、何十回と音楽教室に通う以上の上達を見せたのだった。問題は現実の世界で同じ演奏ができるかどうかだった。胸が潰れて息ができないようなくらい緊張していたけど、夢の中の演奏を思い出しながら、現実のなかでも変わることなく満足できる演奏ができた。


 次の練習日も先週よりもさらにうまく演奏できて僕らは満足して音楽室をあとにした。

 「やったな俺たち」

 「うん、すごくうまく出来たね」

 「何言ってるの。まだまだだって先生も言ってたでしょう。それに途中でフルートの音が少しずれてたわよ、ピアノの音をもっとちゃんと聞かないと」

 「ごめん、夢中だったから」

 僕はすなおにあやまった。夢の中のようには互いのリズムが頭に飛び込んでこない。

 「それにピアノのリズムも少し早かったわよ」

 「すまない。俺もやっぱり緊張していて」頭をかく冬馬。「ピアノがメインなら満里奈がピアノをやればいいんじゃないか。この調子なら多分俺もヴァイオリンもそこそこ出来そうな気がする」

 「だめよ。この形でなきゃ」あせったように満里奈が言う。「それにあなたの手すごく大きいの。曲によっては私じゃ届かない鍵盤があるのよ」

 冬馬の手をとって羨ましそうに眺めながら話した。冬馬の顔が少し赤らんだ。

 「あなたは音感が良かったから誘ったのよ。音楽の授業で気付いて目をつけてたの」

 いつだったか音楽の授業で先生がお遊びで音感テストをした時の事だったと話した。絶対音感とまではいかないものの音階の判別テストでは冬馬はかなりよかったらしい。僕はオマケだったのかと悔しくなった。

 

 そして夏休みに入っても僕達の夢の中での練習は続いた。

 日中も朝のジョギングに始まって、日中はプロの演奏をテレビで見たりCDを聞いたり、リズム感を養うためのダンスやなぜか発声練習まで。鍵盤シートや手作りのフルート模型で擬似演奏もした。でもほとんどは三人でプールへいったり、自転車で川沿いを走ってとなり町の公園までいったり。冬馬の提案で図書館も通った。そろそろ大人の本も読みなよ、と選んでくれたのは、漢字や文字が多くて難しそうだったけど、どれもぐいぐい引きこまれて時を忘れ夢中になって読んでしまうような本ばかりだった。

 夜は夢の中の練習があるので夜更かしせずに早く寝る。

 「最近ゲームしないのね。もう飽きちゃったの?」

 そうそう新しいソフトは買ってやれないわよ、とお母さんに言われて、はじめて最近ゲームから遠ざかっていることに気付いた。毎日欠かしたことがなかったのに、この数週間というもの、ほとんどさわってもいなかった。そんなことないよと答える僕を見て、ちょっとは大人になったのかしらってお母さんはうれしそうに笑っていた。

 そんな日々が続いて、夢の中で練習を始めてからひと月近くたった頃だ。僕達の練習時間には、演奏を聴こうと音楽室の前はちょっと騒ぎになるくらい人が集まるようになっていた。次の順番待ちの生徒の他に噂を聞いて集まった生徒たちもいる。おかげで僕は外の様子を気にしすぎて、いつもはしないヘマをしたくらいだ。練習時間が終わって外へ出ると、どうやって練習してるのかとか、誰に教わっているのかとか矢継ぎ早に来る質問を適当にかわしながら通り抜ける。ふと人混みの奥に森先生の姿が見えた。僕達の演奏を聞いていたのだろうか。なにしてるのいくわよ、満里奈の声に振り向いて応えて、もう一度見ると先生は消えていた。


.「だいぶ上達したわ」

 帰り道すがら満里奈が関心したように言った。

 「先生も熱心に教えてくれるね」

 僕も満ち足りた気持ちだった。

 「もう明日が音楽祭でも間に合うかもな」

 「あら、まだ甘いわよ。優勝するにはもっと練習が必要、そのための計画があるの」

 「優勝だって?」

 「計画って何?」

 僕も冬馬もあわてて聞き返した。

 「ええ、それはね」

 満里奈が言いかけた時、目の前に4人の男の子が現れた。石橋のとりまき連中の4人だ。倉庫でのいざこざ以来ずっと無視されていたのでホッとしていたところなのに。もうケンカはしたくなかったので、ちょっとやっかいだなと思った。

 「お前ら本気で音楽祭にでるつもりかよ」

 こいつがクマノミと呼ばれているのは、春先にその太めの体に赤いボーダーのセーターばかり着ていたからだ。さすがに今日は半袖シャツだ。

 「あんたたちには関係ないでしょ」どいて、と言って立ちふさがる4人を押しのけていこうとする満里奈の肩をつかんでクマノミが押し留めようとする。それを振り払った満里奈。生意気だぞ、と言ってアゲハが満里奈に掴みかかった。ミカドアゲハの幼虫の目玉模様のような顔つきをしてるせいであまり怖くいはない。満里奈の手が髪飾りに触れた。

 「ちょっと待って」

 僕はアゲハを止めようとして飛び出したが、足がもつれてバランスを崩し、とっさにアゲハの腕を掴んだまま押し倒すように倒れこんだ。

 「痛い」アゲハが縁石に体をぶつけてよほど痛かったのか泣き始めた。「腕が折れちゃったよ」


 そこから少し歩いたところの川沿いの遊歩道。川面まで続く階段に7人が座っていた。乾燥した日が続いていて川の水が少ないなかをカモが3羽仲良く泳いでいる。ときおり尻だけ川面に出して水中をさぐる様子が微笑ましい。

 「まったく、大げさなんだから」

 満里奈が公衆トイレの水道で冷やしたハンカチでアゲハの腕を冷やしてながら言った。骨は折れていなかった。

 「だって本当に痛かったんだ。しょうがないだろ」

 「あなたたちがいけないよ。なんで?私達が演奏するがそんなに気に入らないわけ」

 「違うよ。俺らはただ---」

 言いかけてみんなの顔をさぐるアゲハ。みんなうつむいたり、そっぽを向いて黙っている。しばらくの沈黙を破ってクマノミが叫んだ。

 「広樹がやれって言うんだ。それでみんなしかたなく」

 「まだこの前のこと根に持ってるのか」と、冬馬。

 「しかたないって言ったけど、嫌ならあいつの言うこときくことないじゃないの」満里奈が不満そうに言った。

 「みんなあいつに脅されてるんだよ」

 「そう。脅迫されてるんだ」

 クマノミの声にアゲハが続けた。トガリもゴンドウも頷いた。

 僕と冬馬と満里奈は驚いて顔を見合わせた。それからみんな自分の握られている弱みを話し始めた。

 「あいつが万引きしろってそそのかしたんだ。自分も一緒にするからって言って目の前でボールペンをポケットに入れたんだ。だからぼくもやらないとばかにされるって思って。ボールペンを一本盗んだんだ。ところが店を出て広樹が自慢気に取り出して見せたポールペンにはあいつの名前が書いてあったんだ。そう、さも店の商品をパクったように見せかけて自分のペンをポケットに入れたんだ。騙されたんだ、卑怯なんだよあいつは」

 「だからと言って万引きしたあんたが悪いんでしょ」満里奈が怒鳴ってクマノミはしゅんとしてしまった。

 「トガリなんかおねしょしたのばれてる」

 ゴンドウがニヤついて話す。

 「そう言うこいつは女子のリコーダ舐めたんだよ」

 「いまだにママとお風呂に入ってるお前よりマシだよ」

 ゴンドウがアゲハに言い返すとにらみ合いになった。

 「な~んだ、くだらない。ばかばかしい」

 満里奈の声でケンカになりそうな勢いが止まった。

 「でもなんでそんなにみんなの秘密を知ってるんだ?」

 冬馬が聞いた。

 「あいつの家ってさ、ひとりっ子で親が全然構わないから夜も自由に遊び放題なんだよ」

 「そう、それで夜中に同級生の家を調べて回ったに決まってるよ」

 「でなきゃ、おねしょとかママとお風呂とか知られるわけないよ」

 「ボクんとこでは夜、戸締まりしようとした父さんが植え込みに隠れていた広樹を見つけたんだ。宿題の内容を聞きに来たって言ってたけど、他の子の家のほうが近いのに絶対変だろ」

 それぞれみんな広樹の悪口を言い始めた。夏休みでも呼び出されて自由に遊びにも行けないのだと文句を言い始めた。

 「ボランティアとかやらせられるんだ」

 広樹は定期的に老人宅や老人ホームへ慰問も行くらしい。

 「ほんと、わけわかんないよ」

 トガリがネズミみたいに突き出た鼻先を手で押さえながら叫んだ。

 「情けないわね。それだったら反抗しなさいよ」

 「そんなことして学校でみんなにバラされたらどうするんだ。学校いけなくなるし、いじめられるかもしれないだろ」

 満里奈に言い返したトガリの言葉にみんなうなずく。

 「じゃあずっとこのままでいいのね。6年生までクラス替えはないのよ。もし同じ中学行ったらそこでも奴隷のまま過ごすのかしら」

 みな、冗談じゃないとさわぎだした。

 「そうだよ。いっそ自分からクラスのみんなに話しちゃえばいいんだよ」

 僕は良い事思いついたとばかりに言ったけど、みんな変な顔をしていた。とんでもないと言いたげな表情だったが満里奈は関心したように頷いてた。

 「それがいいわよ。覚悟決めなさいみんな、男でしょう」

 満里奈の言葉に4人組は渋々頷いた。


 翌日は登校日だった。夏休みも残り半分だ。

 僕が教室へ入ると、ほとんどの生徒が久しぶりに会ったクラスメートと話が弾んでいて明るい雰囲気だった。しかし窓際の隅では広樹が4人組を睨みつけていて、そこだけ異様な雰囲気だった。冬馬と満里奈が教室へ入ってきたところで3人で様子をうかがった。

 「おまえら、昨日何の連絡ないのはどうしたわけだよ。いいつけ通りに冬馬を痛めつけたのか」石橋は誰も答えないのに腹をたてた。「そんな態度ならみんなの秘密をばらしてやるからな。それでもいいのか」

 それでも皆黙っている。精一杯の抵抗か目を伏せたりそっぽを向いたりしてる。

 「よおし、わかった見てろよ」

 広樹は駈け出して教壇に立つとみんなの方を向いて大声で叫んだ。

 「みんな聞いてくれよ。じつは…」

 皆の注目が集まり言葉を続けようとした時に森先生が教室に入ってきて教壇の広樹をひと睨みした。広樹は舌打ちしながら教壇を降りて席へ戻った。

 講堂での校長先生の長い話が終わると、各教室で夏休みの報告会になった。それぞれ楽しい夏休みを過ごしているみたいだ。そして最後に何かありますか、と先生が聞いて、誰も手を上げないので終わりにしようと「それでは…」と言いかけた時に広樹が腰を上げた。だが一瞬クマノミのほうが早かった。すっくと立ち上がって、

 「オレ…いや、ボクはこの場で皆さんに告白する事があります」突然で先生が何も言わないうちに一気に続けた。「ボクは以前に市内の文房具店で万引きをしました」

 先生も含めて教室中の視線が集まった。クマノミはそれを感じて緊張したのか震え始めたがアゲハやトガリ、ゴンドウの顔を見てからまた話を続けた。ペンを一本出来心で盗んだこと、きのう両親と謝りに行って許してもらったこと。

 すべて前日にみんなで打ち合わせた通りだ。両親へ話すのは嫌がったけど毒食らわばで徹底的にやることで説得したのだ。

 偉いぞ、よく言った、とか、かっこいい、とか僕と冬馬や満里奈の掛け声にみな同調した。そして次にゴンドウが立ち上がった。

 「女子のフルートを舐めました」

 イルカみたいな顔が吹き出す汗でぬめって、ますますイルカのように見えた。

 「誰の舐めたんだよ変態」

 広樹がにやにやしながら言った。

 「榮倉満里奈さんのです」

 全員の視線が満里奈に集まる中、広樹はぎょっとした顔をしていた。

 「ひどいわね、そんなことするなんて」満里奈は平然として笑みさえ浮かべて言った。予定どおりのセリフだ。「そんなに私とキスしたかったんだ、美人は困るわ。でももうしないって言うなら今度だけは許してあげる」

 その言葉に「もう、しません」って頭をさげるゴンドウの姿に笑いが起こった。微笑ましい笑いだった。

 「満里奈のだって?違うだろ。あいつの舐めたのは…」と、広樹が言い出した。

 「何よ、あなた見てたとでも言うの」満里奈が睨みつけて激しくかかったので広樹は黙るしかなかった。

 「ボクはお母さんと今でもお風呂にはいっています」

 間髪をいれずにアゲハが立ち上がり声を上げた。みんなに考えたり非難したりするスキを与えるなっていう冬馬の考えで次々に告白大会が進んだ。だがこれは非難よりもクスクス笑いがあちこちで起こったので僕もつられて笑ってしまった。

 「俺もついこの間までお母さんと入っていたよ」

 冬馬の発言に笑いは止まった。

 「僕もそろそろひとりで入ろうと思います。以上」

 語尾を小さく言ってアゲハが席につく。次はトガリ鼻先をつんと上に向けてが立った。

 「ぼ、ぼくはあの……ついこの間までおねしょをしていました」

 言い終えると耳まで真っ赤にしてまぶたを閉じて判決の時を待つ。

 「ああ、僕もしてたよ。この間まで」

 僕はできるだけ大きな声で言った。みんなに正直に告白させる代わりに、僕らもいっしょに恥かいてやろうって言い出したのは僕だ。トガリのおねしょの告白をフォローするのはクジで当たった僕の担当だったのに、少し声が上ずって出来損ないの学芸会みたいなセリフになってしまった。女子のクスクス笑う声と男子のからかう声が聞こえてきて僕も首筋まで熱くなって身を縮めた。

 「俺も去年まではしてたかも」

 冬馬の予定外の助け舟で雰囲気が変わった。

「おれも結構最近までやったかな」「ぼくもそーかも」「お前だってまだやってんじゃねーか」いろんな声があちこちから上がる。ほっとして顔の火照りもおさまってきた。

 思わぬ展開に森先生も何を言っていいのかわからず困っていた。それでも告白大会が一区切り付いたのを見計らって教壇の中央に立った。

 「ええ、みなさん。言いにくいことをよく告白してくれました。その勇気ある行動に先生は感動しました。万引きや他の生徒の持ち物にいたずらするのは良くないことです。でも、反省して今後しないと約束してくれましたので今回は許してあげましょう。いいですねみなさん」先生は一息入れると、にっこり笑って続けた。「それと先生もけっこう大きくなるまでお母さんとお風呂に入っておねしょをしてた気がします」

 教室がどよめいた。小さな笑いと拍手が生まれるなか、満里奈は頬杖付いて口笛を吹くまねをした。そのとき、森先生がなぜか僕らに笑いかけたような気がした。

 


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