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ファンタジー世界へ(1)

 童話を書いてみました。

やっぱり予選落ちでした。

            第一章 夢をみるくすり


 若い女の悲鳴を聞きつけたので手綱をひいて街道を外れうっそうとした森のなかへと入っていった。馬に乗った盗賊が4人、先頭で前に女を乗せているのは首領のようだ。しんがりをつとめていた男が剣を抜いた。

 夜もすっかりふけた森のなかは赤黒く染まっている。しょうがない、ボクも背中に収めた鞘から太刀を抜いた。

 時間にすれば数分とかかっていなかっただろう、太刀を何度か振るっただけで勝負はついた。気を失っている4人の盗賊を縛り上げてまとめて太い幹につないでおいた。まだ動揺している娘を後ろに乗せると村へと向かった。


 「ありがとうございました」

 娘の両親と祖父が何度目かの礼を言った。奴らは村で悪行の限りをつくしてから娘を奪って森のなかへ逃げ込んだのだと両親は説明してくれた。助けようにも夜になれば山賊ばかりか怪しげな妖獣どももうろつくようになって、誰も助けることが出来ないのだとも言った。不運だった。

 しかしこの時代、この世界では珍しいことじゃない。王の悪制で庶民の暮らしはままならず、わずかな農産物から多額の小作料や税金としてそのほとんどを吸い取られ、働いても働いても楽にならない暮らしに疲れ果てたものたちは盗賊へ身を落とすか飢えて死ぬしか道が無い。都の暮らしは楽だと聞いて都へ旅立つものもいたが、帰ってきたものも、元気な便りを寄越したものもいないという。危険なのは盗賊だけではない。山中には不死身の体を持つという不気味な妖獣も出没する。ましてこの地から都までは何週間もかかる。都へ向ったものは、そのほとんどが命を落としてしまったに違いない。

 娘を助けてくれた礼にと差し出してくれた簡素な食事はボクには何よりもありがたかった。野山を歩いて獣肉を食べられるのは運がよく、このところ樹の実や野草をかじりながらの旅が何週間も続いていた。

 老人にやはり都へいくのか問われて、そうだと答えると、悲しそうな顔をして黙って目の前の鍋をかきまわしていた。鍋の中にはほとんど残っていない。家族の夕食まで食べてしまったようだ。

 「都を目指したものは誰一人帰っちゃこない。都から来るのは税の取り立て人だけだ。今の王に変わってからこの世はむちゃくちゃになっちまった」

 王の命を受けてきたであろう役人に窮状を訴えても、何も聞いてくれない。そればかりか賄賂を欲求したり、贅沢な食事など接待を強要される。あげくに村の女にも手を出したりと、盗賊さながら、いやそれ以上の悪行をつくして帰っていくのだ。

「先代王の時はこんなことはなかった。働いたら働いたぶん暮らしはよくなった」

 老人の言葉に家族はうなずき、昔を懐かしがっているようだった。ボクにはわからない昔の話だし、答えようもないので黙っていると主人はまた尋ねた。 

 「あなたはどこから来なすった。やはり生まれ故郷の暮らしはここと同じようなものですかな」

 「ボクは…」

 言いかけてはっとした。記憶がはっきりしなかった。いったいボクはどこから来てどこへむかっているのか。そしていったい何者なのか。

 言葉に詰まったボクを不思議そうな顔で見ている娘の家族の顔が赤く見えるのは、いろりの火のせいばかりではないようだ。

 ああ、何か忘れている、と、ボクは必死に何かを思い出そうと頭をかかえていた。


 朝の光がブルーのカーテンを通して部屋いっぱいに差し込んでいた。青っぽく染まった部屋は、赤く染められた夢から覚めたあとなので、より鮮やかに感じた。

 あのおじいさんの言ったことは本当だったんだ……前日の出来事を思い出して僕は興奮していた。

 「ゆうちゃん。そろそろ起きなさ~い」

 階下からお母さんの声がして僕はベットから降りた。


 夢の出来事をぼんやり考えているとそれだけで学校の授業が終わってしまい、気が付くと放課後になっていた。僕はひとたび空想に入るとなかなか抜け出せない、これは集中力が高いのだから良いことなのだと思うようにしている。ゲームも大好きだが、空想には叶わない。そして空想は寝ている間に見る夢にはとてもかなわないのだ。ただ思いどおりの夢がなかなか見れないのが残念だ。だが僕はいま夢を自由に出来る薬を持っているのだ。

 帰りの会もとくに話題もなく無事終えて帰ろうとすると、石橋広樹が仲間を連れて僕の机の前に立った。あまり話したくない奴なのでちょっとがっかりだ。去年も同じクラスだったけど、わりと目立たない男の子で親近感すら感じていたのに5年になってクラス替えしてから次々と仲間を増やしはじめて、最近は5~6人で揺れながら歩ってたりするので上級生もちょっと避けているくらいだ。もちろん僕も近寄りたくはなかった。身長はクラスで中の下くらいなのを気にしてるのか、背筋を反り返るようにして話しかけてきた。

「優也。おまえ昨日、冬馬の家にプリント届けてくれたよな」

 冬馬というのはすごく体が大きい同じクラスの中学生にも見えるくらいの男子だ。最近は彼らと一緒にいることが多いが、ここ数日は怪我で学校を休んでいたため、昨日は石橋に頼まれてプリントを届けてあげたのだ。

「ああ、間違いなく渡したよ」

 僕の答えを聞くと石橋はとなりの子に顎で合図するとクマノミがプリントを僕に差し出した。今日の宿題の算数のプリントだ。

「悪いけど今日も届けてくれ。どうせ用事ないんだろう」

 そして返事も聞かずに離れて行った。

 冬馬の家は僕の家とは学校から正反対の場所だった。だったらクマノミのほうが家から近いし、しかも通り道だから頼まれたのはクマノミに違いない。断ろうとしたらすでに遅く石橋はもう教室を出ていったあとだった。僕はプリントを持ってため息をついた。

いつもこうだ。何か言おうとしても言葉を考えているうちに相手はさっさと言いたいことを言ってしまう。大人相手ならあきらめもつくけど、子供どうしでこれはないだろ。たしかに放課後一緒に帰ったり、遊んだりする友達はいないけど、それほど暇ってわけでもないんだ。早く帰ってゲームをしたり漫画を読んだり、いろいろな空想したりするのが僕にとっては最高の時間なのだから。こんなことならいっそ連中にプリント突き返して帰ればよかった。そしてそのシーンを空想したけどその後を考えると怖くなった。どんないやがらせをしてくるかわかったものじゃない。

 積極的に友達を作ることができない。というか自然に出来るものだろうと思う。それでも4年生ころまでは一緒に帰ったり、時々遊ぶくらいの友達はいたけど、クラス替えとともに別な友人ができたようでほとんど会わなくなった。クラスが変わると、気の会った者同士で仲良くなる中、なんとなく余った感じの気の弱そうなおとなし目の子と友達になったりするけど今回はそんなこともなく、ひとりぼっちのまま二ヶ月が過ぎてしまった。

 つらつら考えているうちに冬馬の家についた。学校から北へ歩いて10分ほどだ。遠くはないが、そこから引き返して自宅まで帰る時間を考えると夕方のアニメに間に合わないと気づいてがっかりした。

 「あれ、また君か」

 冬馬の家のチャイムを鳴らすと、昨日と同じく本人がでてきて僕の顔を見て驚いたようだ。足元をみると昨日と同じくギブスと包帯でぐるぐる巻きになっていた。これで学校行けばヒーローになれるのに、羨ましく感じて、ついつっけんどんに答える。

 「またで悪かったね」

 「悪かった、そんな意味じゃないんだ。今日も来てくれたから驚いただけだよ。よかったら上がらないか」

 冬馬はやさしく笑って、手のひらを中へと向けた。体がでかいのでちょっと怖いイメージを持っていたせいか、そのやさしい笑顔には驚いてしまった。なぜだか恥ずかしくなって、あわててランドセルを開けるとプリントを探しだし、突き出すように渡して「急ぐから」とか「お母さんがうるさいから」とか何かつぶやくように言って玄関を出た。

 走れば夕方のアニメの放送に間に合いそうだと時計を見て足を早めてた。テレビにゲームに、宿題もしなくちゃいけない。夜は早く寝なきゃいけないし、とにかく忙しい、一分でも早く帰らなきゃと考えていてふとコンビニの前で足が止まった。コンビニの北側にある空き地との間の細い道は奥のお寺へと続いている。寺の周りを囲むように人がひとり通れるほどの細い道が続いていて裏通りまで曲がりくねってつながっている。そこを通れば学校の裏道に出て自宅までの近道になるのは知ってるが、途中にある住職の自宅の玄関には簡単に鎖を引きちぎりそうな大きな番犬がいて、だれにでもうるさく吠え立てるから、その道は誰も通りたがらない。そう、前の日は悩んだあげくに、早くアニメの放送に間に合わせようと仕方なく入っていった。お寺を巻くように歩いて行くと、途中に左側の民家の塀と塀の間に子供ならすり抜けられる隙間があった。引き込まれるように体を横にしてカニ歩きで進んだのは、塀の終わりに見える古い洋館みたいなドアが輝いて見えて、僕を呼んでいた気がしたからだ。

 早く帰りたい。犬小屋の前は走り抜ければきっと大丈夫だ。そう考えて同じ道を通る。昨日の場所をふと見ると、塀の間を抜けた先にはやっぱり同じ光景が見えていた。やっぱり引き込まれるように入り、黒ずんだ真鍮の取っ手を廻すと力を込めて押した。はるか頭上に取り付けてあるベルがチリンチリンと音をたてた。

 「やあ、また来てくれたね」

 猫を抱いた老人が笑顔で出迎えてくれた。

 すすめてくれた椅子に座り、店のおじいさんに昨夜の夢の話をした。

「すごいんだよ。あっという間に盗賊をやっつけちゃったの。夢の中とはいえ何であんなにできちゃうのかな?いつも夢のなかではあまり体が動かないのに」

 話し始めると興奮してとりとめなく説明する僕の話をおじいさんは黙って笑顔で聞いてくれた。

「それがうちの店の薬の力なんだ。君は昨日言ったね、どんな夢が見たいと聞いたら、ファンタジーや冒険の夢だって。普通、人は夢を見ていることに気づかない。夢だと知っていたらああもしたろう、こうもしたろうって目覚めてから後悔するんだが、夢を見てる時はそれが現実だと思ってしまう。でもうちの薬を飲めばはっきりと夢だと気づいて、さらに思いどおりに動くことができるんだよ」

 「でもゆうべはなんだかはっきり夢だと気づかなかったよ」

 「ふうむ。なにか普段とは違うことに気づかなかったかな?」

 「ええと、そういえばなにか赤い、全体的に赤く染まっていたかな。夕焼けとかとはまた違う色だけど」

 「ああ、それに気がつけば大丈夫だろう。他にも人によって違うけれどはっきりしたサインがいくつかあるものさ。人は夢じゃないかって頬をつねったりするけど、多くの人はかすかな痛みを感じるから気がつかない。そんな簡単にわかるのなら私の薬の意味は無いからね」

 「じゃあ思い通りに出来るの」

 「もちろん、君が思い描いた通りのことが夢の中で起こるはずだ。それに夢の中で出来たことは、現実でもわりと出来るものなんだよ」

 僕はその言葉を心のなかで何度かつぶやいてみた。

 「何かあったらいつでもここへ来なさい。君が必要とするならきっとこの店が見えるはずだ」

 店を出るとそう言って見送ってくれた。僕は手を振って応えると細い隙間をカニ歩きで洋服を擦らないように注意して歩いた。塀の終りが嬉しくてポンと道に飛び出した。とたんに耳障りなブレーキ音、見ると自転車が激しい音と共に倒れるところだった。痛そうに足を抱えてうずくまっているのはさっき別れたばかりの冬馬だった。


 「ほら」冬馬は一枚のプリントを手渡しながら言った。「二枚あったぞ。1枚は君のだろう。あとで気づいて自転車であわてて追いかけてきたんだ。僕は君の家を知らないから」

 はっと気づいて、ゴメンとあやまる僕をみて冬馬は続けた。

「遠くからコンビニへ入る君の姿が見えた。それで急いで走ってきたけどコンビニの中には君の姿が見えない。ああ、お寺の裏道を行ったなとピンときてこの道に入ったら、塀の間を入っていく姿が見えた。あまり狭いから自転車をおいて塀の間に潜り込んだけど抜けた先にの空き地のどこにも君はいなかった。塀を乗り越えて家の庭に入ったのかと思ったけど、僕の身長ならともかく君じゃ無理だろ。裏道に戻って自転車で先まで行ったけどやっぱりいない。あちこち探してあきらめて帰ろうと自転車を走らせてたら君が塀の間から飛び出して来て驚いて転んだんだよ」そうして擦りむいた足をさすりながら言った。「いったいどこへ行ってたんだよ」

 「どこへって、そこのお店だよ」

 変な顔をする冬馬を引き連れてまた塀のすきまを見たが、今度はその先に何も見えなかった。今出てきたばかりのお店が見えなかった。あわてて服がこすれるのもかまわずに隙間を通り抜け広い空き地にでた。空き地の向こうは大通りで、両側に建つ家はさっきのお店じゃない。不思議に思って振り向くと、言ったとおりだろう、という顔で冬馬が腕組みして僕を見てた。


 裏道を抜けた先には街の商工会館があり、その道を挟んだ向かい側の公園のベンチで冬馬とふたり座っていた。昨日の出来事からみんな話した。放課後、石橋にプリントを渡されたこと。冬馬の家の帰りに近道を通った時ふと気になって塀の間を覗いて不思議な店を見つけたこと。そしてゲームを買おうとしていた小遣いで夢の薬を買ったこと。それから昨日見た夢の話まで、話がいったりきたりしたけど冬馬は辛抱強く黙ってきいてくれて話し終えると僕の肩に手を置いて言った。

 「面白そうだな俺も混ぜてくれよ」

 

広い街道で目の前に現れたのは、またも盗賊のようだ。大きいのやら太いのやら細いのやら5人の男がいた。ちょっと面倒だなと思うのはそのうち二人は兵士の鎧甲冑を装着していたからだ。たぶん兵士を襲って巻き上げたものに違いない。訓練された武装兵士を襲う連中だ、簡単には片付かないかもしれない。

 逃げるのもひとつの手かなと考えているうちに先手を打たれた。目の前に鉄球が飛んできた。いきなり襲いかかるのも手慣れた証拠だ。鎖のついたこぶし大の鉄球をのけぞってかわしてそのまま馬上から落ちると身を翻して着地、すかさず横飛びに飛びながら背の太刀を抜くと、体を駒のように回転させながらすり抜けざまに一人の胴に太刀の背を叩きつける。相手の衝撃もかなりのものだがこっちも手首が折れそうなほどのショックを受ける。打たれた盗賊は短く呻くと太った体で山道に倒れこんだ。反り返った形の太刀なら切り捨てたほうがはるかに楽なのだが、あまり人を斬りたくはない。そのまま連中の後にとめている馬の背後にまわった。痩せた男が馬の上に立ったかと思うと長いリーチで剣を振り回す。ボクの太刀はその重さゆえ高い位置の相手に振り回すのは苦手だ。とりあえず馬から離れて後へ下がる。すると鎧をまとった薄目の男が剣を突き出しながら突進してくる、目前で地べたからすりあげるように放った薄目の剣を左足を一歩横に踏み出してかわすと、そのまま体ごと回転させて敵の背中へ太刀を叩きつけた。

 そのまま薄目が倒れるのを見届ける暇もなく、背後から飛んできた鉄球をギリギリにかわして太刀を横に払った。空振り。敵は馬上にいた。手近の馬のアブミに足をかけて飛び乗ると鞍上からジャンプして鉄球男めがけて剣を振り下ろした。泡を食って鉄球を繰り出そうとするがボクの動きが早かった、ふにゃりと飛んできた球を首を傾げるようにしてかわすと、太刀が薄い鎧を通して男の肩を砕いた。残り二人。ボサボサ頭の方は剣を構えてこちらの出方を伺っている。となりの大男は腕組みをして、ボクの見間違いでなければ笑っているように見えた。

先に動いたのはボサボサだ。右手に剣、左には鎖鎌だ。細身の刀剣を頭上から片手で振り下ろすのを一瞬で見切って下がってかわす。と、同時に飛んできた鎖鎌はボクの体を二周して鎌先を腹に食い込ませて止まった。

 油断していた、まずいことに左手が絡まれていた。右手一本では思い太刀を振り回せないことに敵も気付いたようで鎖を手繰り寄せながら、それでも油断すること無くジリジリ近づいてくと剣を振り上げた。彼の目が認識できたかどうか、ボクは高く振り上げた足を一気に頭めがけて振り下ろした。鈍い音がして、彼はぐうと言ったきり倒れて身動きもしなくなった。

 素早く体を回して鎖を振りほどく。鎌先の食い込みは大したことはない、手入れの悪さで助かったようだ。倒れていて動けるものはいないのを見回して確認した。残るは大男だけだが武器も持たずに仁王立ちしてる姿が不気味だ。

 ボクは太刀を腰だめにして間合いを測る。大男はこの太刀でさえ弾き飛ばされそうな屈強な体をしていた。大きな体の割には素早そうだ。

 相手は素手だ。罠かもしれない気がしたが、とにかく一太刀浴びせなければと大男の直前まで迫った時、大男が体に似合わぬ優しい声を放った。

 「おおい、待て待て、そこまでだ」

 大男は両手を目の前で小さく振ると、人なつっこい笑顔をボクに向けた。

 

 「仲間になりたいって?」

 盗賊たちは、街道を少し入った山中でボクの目の前に並んで神妙な顔つきで座っていた。

 「これだけこっぴどくやられちゃぁお手上げだよ」

 トーマと名乗った大男が豪快に笑って言った。

 「それは無理だよ。こんなに大勢ひきつれて旅をするなんて」

 それもそうだと言う風に頷くとトーマはみんなにそれぞれ生まれ故郷に帰るように諭し始めた。怪我をしているものは近くの村で傷を治してから帰るように言い、それともう盗賊はしないと固く約束させたのだ。

 「そして俺はこの男と一緒に旅をする」

 なにを勝手に、と思ったが盗賊とは思えないその優しさを感じる顔つきを見ると、何故か僕は頷いていた。

 「ようし決まった。みんな元気でやれよ」

 トーマは今までの仲間に別れの挨拶をした。


 「俺は北の小さな農村の生まれだった」

 二人、馬上の人となってからトーマが話し始めた。

 トーマは苦しい農村の生活に見切りをつけ、都で働いて金を送るからと両親や村の者を説得して旅に出てきたと言った。といっても旅費も馬も食料もすら無い状態でたちまち旅は行き詰まった。行き倒れのように道端に倒れていたトーマを無情にも追い剥ぎが狙った。最期の力を振り絞って追い剥ぎを叩きのめしたら、追い剥ぎが謝って子分にしてくれと頼んだのだという。聞けば同じような身の上だ。仕方なく一緒に旅をするうちに、そんな仲間が一人増え、二人増え、今の人数になったのだと。

 「でも強盗はよくないよ。兵士だって襲ったんじゃないか」

 「違う違う」

 トーマは頭をふりつつ説明した。通りかかった村で農民に暴力を振るっている兵士を注意したら捕らえられそうになったので仕方なく懲らしめたのだそうだ。武具まで奪ったのはやり過ぎだったかもしれないが、普段は村の農作業の手伝いや、家や農具の修繕や困り事を助けてはそのたびに一夜の宿と食事にありついて旅を続けているのだという。野草を見つけて料理するのが得意なものもいれば、ウサギや鹿を捉えるのがなによりうまい元猟師も仲間にいるので旅の途中でも強盗めいたことはする必要がないのだと説明した。

 「でもボクを襲ってきたじゃないか」

 「それも違う。興味があったんで話しかけようとしただけだ。先に手を出したのはあやまる。連中はそれだけ危ない経験をしてるから危険だと感じるととっさに手が出るんだ。君の強さを本能的に感じたんだろう」

 「それで君は、トーマはどこへ行くつもりなの?」

 「ああ、とりあえず君と一緒に都を目指すよ」

 彼は明るく笑って答えた。


 月曜日いつもより早めに学校へ着くと冬馬が先に来ていた。一番後ろの席でどっしりと構えている大きな体は小学生には見えなくて目立っていた。他には教室の左右に男子のグループと女子のグループが数人かたまっているのが目につく。窓際の女子グループは桜城亜妃のまわりを囲むように5人かたまっていて、ブランドものの服ばかり着ているとうわさの桜城、彼女がなにか言うたびに皆笑ったりしていた。廊下側は石橋のまわりを仲間が囲んでいてチラチラと冬馬の様子を伺っている。妙な雰囲気を感じて冬馬のそばを通るとき小さくおはようと声をかけただけで席についた。昼休み、給食を食べ終えると、冬馬はさっさと食器を片付けて僕のそばを通ると「第二グラウンドで待ってるぞ」と言って教室を出て行った。まただ。返事する間もなかった。

 第二グラウンドは西の外れで除染作業で出た土の仮置き場になっていた場所だ。なるべく近寄らないようにと言われていたため、土砂を片付けた後でも近寄る生徒はいなかった。その北側にある学校菜園も今は使っていないため、人影はなく内緒話には絶好の場所だ。少し気味が悪いことを除けばだが。

 「どうだった?俺は夢に出てきた?」

 僕が近づくのも待たずに、冬馬が訊いた。

 こっくり頷くと座って昨夜の夢の話を始めた。ところどころわかりづらいところを聞き直されたりしたので、話し終えるのに昼休みいっぱいかかった。それでも冬馬は興奮して僕の話を終いまで聴いてくれた。

 「すごいな俺も出てきたのか。大男なのか、面白かったよ」

 「ん、ただの夢だから」

 褒められて悪い気はしない。ただの夢じゃない、僕が描いた夢なのだから。

 「それで君は何者なんだ。夢の中の君だよ」

 「まあ勇者とか…」

 「いいかい、君は主人公だよ。それだけじゃつまらないな…そう、王室の直系の子孫か何かだ。それで…」

 思いつきを楽しそうに話す冬馬、ボクたちは昼休みの終りを告げるチャイムが鳴るまで話し続けた。

             

 街から伸びる街道をボクと冬馬は全速力で馬を走らせていた。前を走る男を追っている。

 前日、街道で倒れていた男を通りかかって介抱した。ひどい怪我で満足に動けない様子を見かねて家まで送ってあげた。聞くと、街まで税金を納めにいった際に役人に反抗したとして乱暴を受けたのだという。若い息子はその様子をみて黙って家を飛び出した。心配した父親に、息子の様子を見てきてくれと頼まれて跡を追ってきた。日も暮れようとする頃、ようやく街で見つけた時は息子は女をかどわかして逃走し始めたところだった。すかさず跡を追った。

 前を走る4頭の馬。地の利があるせいか追いつこうとすると脇道へそれて、こっちがあたふたしてる間に慣れた道を駆けていって引き離されてしまう。ようやく広い平野へ出て見通しの良い直線の街道でた。馬の地力や乗りこなしではこっちに分がある。徐々にその差を詰めていくと息子は他の2人に合図して先へ進ませると自分は馬を止めた。仲間が離れたのを確認すると手にした鉄棒を構えた。

 「ここは見逃してくれ。あんたたちには関係ないことだ」

 「そうは言ってもおやじさんに頼まれた。息子が無茶なことをするのを止めてくれって」

 「すごく心配してたよ」

 「親父の気持ちはわかる。だがあの怪我を見ただろう。あの役人はいつも難癖をつけては米の品質がどうとか言って受け取ろうとしない。もちろんそんなのはデタラメで賄賂目当てなのさ。いつもいくらか渡してその場をおさめてるんだが、今年は母が病気になったり、俺が怪我をしたりして思うように働けなかったので余分な現金がなかったんだ。それでなんとか勘弁してもらおうと僅かな金をかき集めて持っていったのに役人は足りないとほざいて、思わず泣きついた親父を無情にも叩きのめしたんだ。今までは我慢していたがもう勘弁できない。それで地主の娘を誘拐してきたってわけだ」

 「どうして地主の娘を」

 「地主の野郎は昔から役人と結託してるんだ。高すぎる違法な小作料がとれるのも役人を懐柔してるせいだ。賄賂を受け取っている役人だって本来は地主が注意してやめさせなきゃいけないんだ。娘をたてに交渉するしかない。助けてほしけりゃ小作料は規定に従って徴収し、賄賂を受け取る役人は罷免させる。この条件を飲んでもらう、当然のことだ」

 「だけどそれで巧く行ったとしても君はただじゃすまないよ」

 ボクは彼を心配して言った。

 「俺はいいんだ。やつらが処罰されればこの土地を離れてもいい」

 「まてよ家族にも累が及ぶかもしれない」

 トーマが言った。

 「家族は関係ないだろう」

 「役人はそうは思わないだろう。君が逃げたら君の家族を処罰する。そんな話はよく聞くことなんだ。それに県の補佐官は役人の言い分しか聞かないで判断するに違いない」

 ボクらの説得でコルナゴが考え込んだ。しばらく沈黙した後、ようやく口を開いた。

 「わかった。君らの言うとおりかもしれない。娘のところへ案内しよう」

馬を置いて山道を登ると、現在は使われていないという炭焼き小屋へとでた。外から声をかけるも返事がない。そっと戸をあけると中には二人の男が縛られて転がっていた。抱き起こすとふたりとも派手に叩かれたのか頭から血を流していた。

 「アルドルトが女を連れて逃げた」

 縄をほどいて介抱してやるとようやく口をきいた。

 「アルが逃げただと。どういうことだ」

 コルナゴが真っ赤になって怒った。

 「役人の娘と結婚して婿におさまるんだと言ったよ。冗談じゃないって止めようとしたら、ふたりともぶん殴られてこの始末だ。いやがる娘を無理やり連れて出て行っちまったよ」

 興奮したコルナゴに襟を絞められて咳込みながら答える。

 「あの野郎勝手な真似を」

 飛び出すコルナゴを追ってボクとトーマもつづく。踏みつけられた草木や新しい枝の折れた跡を確認しながら、さらに山中深く分け入った。中腹で粗末な小屋を見つけるとコルナゴの合図で木々の陰にかくれた。

 「あそこは狩猟小屋かなにかか」

 「いや、このあたりは昔放牧場だった。野盗や妖獣のせいでできなくなって放置されて今はこのザマだが、その当時使われてた小屋だよ」

 あたりを見回すと木々が生い茂っていてその面影はない。

 「放牧してた頃はこのあたりも裕福だったよ」

 悔しそうにコルナゴが語る。その時小屋の戸が開いた。身を伏せて覗きこむとわずかに開いた隙間から表をうかがう男の姿が見えた。

 「あいつか」トーマが小声で聞いた。

 「間違いない、あの中にいる。突っ込もう」

 「待って、人質がいるんだよ」

 今にも飛び出しそうなコルナゴをボクは止めた。それから窓のない西側にゆっくり音を立てないようにまわりこんでいった。夜露で濡れた体が秋風で冷えてくる。間もなく夜が明ける、娘は無事なのか、少しでも早く救出したいのは誰も一緒だ。  幸い風の強い晩で草木に触れる音をかき消してくれた。小一時間もかけてようやく小屋の西側にたどり着き、草の切れ目まで進んだ。アルドルトの罵声が聞こえた。

 一気にとび出すと、計画通りにボクは正面の板戸に太刀を振るう。薄い板を並べただけの戸は派手な音をたてて割れた。割れた板が腕や足に食い込むのもかまわず一気に突入する。同時にトーマが窓を壊して飛び降り入ったのが見えた。中央のテーブルに座っていたアルドルトが驚いて手斧を振り回すが、あっという間に3人の男に小屋の隅へと追い詰められた。

 「アル、覚悟しろ」

 コルナゴが背中を向けたアルドルトに鉄棒を叩きつけると、鳥みたいな悲鳴を出して倒れてそれきり動かなくなった。

 テーブルの陰に倒れていた娘にかけよって抱き起こした。品の良い顔つきをしている。やさしげな唇からは血が流れていた。


「おおカレラ、無事だったのか」

 地主が娘を抱いて泣いていた。

 アルドルトに監禁された時に舌を噛んで自殺を計った娘だが、幸い傷は浅くコルナゴの適切な処置のお陰で大事には至らなかった。気絶から覚めて縛り上げられたアルドルトとともに、そのまま地主の家まで連れてきたところだった。他の仲間2人もコルナゴの背後で怯えたように小さくなっていた。

 「君たちには感謝してもしきれない。なんでも望むものをいってくれ、出来る限りのことはしてあげよう」

地主がうれしそうに言った。

 「こいつの仲間を吐かせてやる」隣にいた役人はそう言って連れて行けと背後の兵にあごをしゃくった。暗い目付きをして「どんな拷問をしてでも吐かせてやる」

 「その必要はありませんよ」コルナゴが前へ出た。「誘拐犯はこいつと俺です。そして、」

 背後を振り返って二人の仲間を見た。2人も観念して罪を認めた。地主と役人の顔つきが一変して四人の顔を眺め、それからボクとトーマを睨みつけた。

 「彼らは違います。俺を追ってきて娘さんを返すように説得してくれたのです」

 コルナゴの説明で役人と地主はようやく納得したようでボクは胸をなでおろした。

 兵が4人を引っ立てて行く時にコルナゴはボクにむかって頭を下げた。そのとき娘が走りだして兵の前に立ちふさがった。

 「このひとは違う。私を助けてくれたの」

 コルナゴの介抱で意識を取り戻した娘は、それまでの事情を聞いて自分が汚されなかったことを知って深く感謝していたのだ。彼の手をとって行かせまいとする。兵は躊躇して役人の顔を見るが厳しい目で見据えられ、しかたなく歩き出した。

 「いいんだ。君には本当にすまないことをした」

 コルナゴが慈しむような目で娘に言った。娘は追って門の外まで見送っていた。

 「お前たちにも事情を聞かなければいかんな」

 役人は完全にぼく達を信用していないようだ。厳しい言葉で言った。

 ボクらへの取り調べが終わったのは誘拐事件の翌日、日も暮れた頃だった。殆ど寝ずに行動していたせいで眠気にまけそうになるのをこらえてコルナゴの父親が待つ家へ向った。事情を説明すると父親も妹も泣き叫んだ。娘に傷を負わせたわけではないし、自首したことと娘が感謝していた事を伝えて、そんな重い罪にはならないだろうと安心させた。

 その夜は泊めてもらい、翌日出立しようとして馬に乗り込んだ時、村の者が息を切らせて走りこんできた。

 「大変だ息子さんが死罪になる」

 ボクらの見送りにでていた親子が色を失って、妹はその場に倒れこんだ。

 街まで全速力で馬を走らせて件の役人に詰め寄った。

 「誘拐拉致監禁は重罪だ。まして暴行を加えたそうじゃないか」

 役人は面倒くさそうに吐き捨てた。

 「それはアルドルトひとりの罪でしょう。ほかの2人は止めようとしたし、コルナゴはボクたちと一緒に救いだしたんですよ」

 娘の証言も聞いたはずだ、と必死に説明したが役人は聞く耳持たなかった。

 「罪を逃れようと嘘をついてるだけだ。おおかた身代金の分け前で揉めて仲間割れでもしたんだろう。娘さんも気が動転しててわけがわけがわからなかったのだ」

 話にならなかった。トーマの意見をいれて地主の家にむかったが会ってもくれなかった。使用人は怯えた目付きでぼくらを見て門を閉じた。この後どうすればいいのか途方に暮れて帰ろうとすると裏口からでも出てきたのか別の使用人が周りを気にしながら小走りで駆けて来てボクの手に何かを渡すとすぐに消えた。小さく折り畳んだ手紙を残して。

 

 「それじゃ次の裁判で死罪になるってことなのかね」

 地主の娘カレラからの手紙を読み終えた父親が聞いた。

 助けて頂いたのにこんな事態になってしまって申し訳ない、と謝罪の言葉と、裁判までなんとか直訴しなければ助かる見込みがないだろうといったことが切実に書きしたためてあった。

 「直訴なんて無理だわ。王宮のある都までいかなきゃいけないし私達には」妹が顔を落としてあわてたように言った。「それに直訴はほとんど聞き入れてもらえないって噂よ」

 「直訴が通るなら我らの暮らしももっとましになっとるよ」

 父親は体がつらいのもあるのだろう、苦しげに言った。

 「俺達がいきますよ」

 トーマの声に親子が顔を上げた。トーマはボクの顔を真剣な目で見た。それに力強く頷いた。

 「必ず息子さんを救い出しますよ」

 手を合わせて拝む親子をあとにして旅立った。


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