温暖化ではないのだ!
青年が初めて夜の漁に出たとき、幽霊に出くわした。
「後生です、ひしゃくを貸して下さい」と女幽霊。顔の半分と着物が黒いのは、べっとりはり付いた黒い長髪のせいか、血のせいか。
青年は知っている。ひしゃくを貸せば、水を汲み入れられ船が沈められてしまうことを。
青年は知っている。貸さなければ幽霊は暴れ始め、立てた荒波で船が沈められてしまうことを。
「そういう場合は、底に穴の空いたひしゃくを差し出せばいい」
亡き父の教えだ。が、あいにくこの船にひしゃくはない。
困って天を仰いだ青年は、ふとひらめいて澄んだ星空を指差した。
「あそこにひしゃくを忘れてきた」
霊は青年の指差した先、北の夜空に向かって漂いながら浮かんでいった。
一息ついた青年は、同じく北の星を左に見ながら、母なる港へとこぎ始めた。海と、夜空の天の川の間で。北斗七星や北極星の輝く星空の照らす波間を分けて――。
そして後世の人は、誰も知らない。
海面上昇の真の原因を。
おしまい
ふらっと、瀨川です。
深夜真世名義で他サイトに発表済みの旧作品です。その時の感想を元に少し書き直しています。
海と星空のロマンをお楽しみください。