儚き女神に捧ぐは恋歌 6
《黒旋律》。あれから数年後、ユーヤは今は失われた女神がよく口にしていた男の正体を知った。
ここは桜木が住む地下遺跡だ。大木の根が部屋の壁を伝い、同時に異世界のような機械に囲まれた二人きりのこの空間はどこか物悲しいと同時に懐かしく感じた。
「《聴こえてますか この旋律は》―――」
「あれは桜木のための歌だったんだね」
機械人形には最低一つは性能に合わせた自分だけの歌が与えられるのをユーヤは資料を見たことがあるから知っている。すると桜木は人造生命特有の整いすぎた顔で笑った。
「主が作った機械人形が必ずこの旋律から始まる。どの世界で作られたとしてもだ。それにしてもどこでこれを知ったのかね?」
「コノハナノサクヤヒメから」
彼女の罪は彼女を守ろうとしてあの日、屋敷と共に自ら消えていった。だからあの日、桜木は目覚めなかった。その必要が無かったからだ。そしてもし彼女の記憶が戻ったとしてもその痕跡は最早無い。おそらく襲撃をかけたとはいえ、あれらは作り主である彼女を憎み切れず、また、あれら自身も彼女の思いをわかっていたのだろう。ユーヤはそう考えている。
「コノハナノサクヤヒメにとってサクヤはきっと彼女がそうありたかった姿なんだろうね。正義感が強くて熱情的で無垢……方向性が変わっただけなのにまるで別人みたいだ」
故人を思い出し淡々と続けるユーヤを桜木は黙って見守っていた。
「だから僕は今のサクヤを破壊しようとするあの女が赦せなかった」
かつての彼女をミコトやシズカ達は、否、本人ですら知らない。ただユーヤの胸の内にそっとしまっておけばいい。
その怒りは《守護神》を名乗った彼女への物理的な被害を伴う狼藉という形で現れた。
「神だろうと彼女の罪を暴くのは認めない」
彼女の理想だったサクヤをまるで彼女の絞りかすように扱い、それによって彼女の名誉を汚すならば神だろうと殺す。その位の気概だったのだ。
すると桜木は意外そうな表情を見た。ユーヤは怪訝に思う。
「何?」
「予想外にサクヤ様を気に入っていたみたいで驚いた」
「……気に入っていた、ね」
ユーヤはサクヤとは似て非なる少女の姿を思い出す。そして小さく笑った。
「確かに」
少年の目から見ても彼の事を語る時の少女は恋する乙女でしかなかった。既にこの世にいない愛しき人に全てを捧げたことを後悔した素振りもなく、なのにどこか寂しそうに笑う。
その在り方はあまりに儚い。
「コノハナノサクヤヒメ、サクヤは元気だよ」
もう二度と彼女をその名で呼ぶことは無いだろう。サクヤをサクヤとして見る、そう決めたから。それは親になったことがない彼に親のような気持ちにさせる何かで。
「でも、僕は君にも幸せになってほしかった」
その言葉は秋風とともに虚空へと消えた。