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「え?」
呆気にとられる私に対し、桜色の青年は信じられないように叫ぶ。
「コノハナノサクヤヒメ様は我が主様と共に私を作ったのに!貴女様に言われたから歌うために作られたこの体をあの桜に捧げたのに!」
バイオロイド達はただ黙って事態を見守っているがミコトは桜色の青年の半狂乱になった様子に危機感を抱いたらしい。
「残念だが名前は似てるけど人違いだ!」
「黙れ邪龍風情が!コノハナノサクヤヒメ様は姿形は違えど魂は同じだ!」
まさに聞く耳持たず。漂っていた桜の花びらが私にでも分かるぐらい剣呑な魔力を帯びる。先程口にしていた通り彼はあの桜と同化しているらしい。
「こうなってしまった以上強行手段しかあるまい……!多少痛みはあるかもしれませんが致し方ない」
桜色の青年が呟く。現れたのは私なら両手でも持てなさそうな巨大な剣。それを見てミコトとクリス様と神龍の顔に緊張が走った。
その時だった。
「《サクヤちゃん、ミコト、姫さんは僕の許可があるまで何者からも傷つけられることがない》」
この場において聞こえるはずのない声。それは花びらに覆われた遥か上空から。
「!」
顔を上げれば未だに残っていた花びらのドームが割れ、何人かの人影が見えた。その先を見て、クリス様が安堵した表情を浮かべる。
「ラケル!」
そしてその中心にいたシズカを横抱きにした、存在感に溢れた緑色の髪と瞳の麗人がにやりと笑った。
「私、参上!」
あれほど聞く耳を持たなかった桜色の青年は剣を取り落とし唖然とした顔でその人を見つめている。その間に他の人影、ユーヤ達だった、はゆっくりと地面に降り立つ。クリス様は駆け寄って責めるように声をかけた。
「ラケル、遅いぞ!」
「しゃーないでしょ、姫。シズカちゃん以外はぶっちぎるの初めてなんだから」
ラケルと呼ばれた麗人はやれやれと首を振る。ぶっちぎる…?疑問に思っているとユーヤが私の肩を掴んだ。
「あれはっ、知らない方がいいっ……」
その顔色は今までで一番切羽詰まっていた。だからあえて触れないであげよう。降ろされたシズカは悔しそうに唇をかみしめていた。
「……屈辱的だ。確かに僕は小柄だけど、あんなのって……」
一方、元々この場にいた者達もざわめく。
「……姫?ってことは……え?クリスって女だったのか!?」
「貴様ぁっ……!確かにこれは男装だが……」
空気を読まないうちの馬鹿無礼者侍は後でぶん殴る。
それらの余計なものを全部無視してラケルの緑色の瞳はまっすぐにバイオロイド達の中心に立つ桜色の青年に注がれていた。
「……何だよ、信じられないかい?あんたのマスターからは聞いていたはずだぜ?いつか私があんたを探しにくるってことは」
やがて浮かんだ不敵な笑みと交差する視線。
「約束は果たされるもんなんだぜ」
それが何を意味しているかは分からない。ただ、それがもたらした変化は大きかった。
「……ずっと、ずっとお待ちしておりましたっ……!」
桜色の青年が作り物じみた顔を歪め、泣きながら恭順の意を示すように跪く。ラケルは優しくその体を抱き寄せた。
そこには最早狂おしいほどの激情は無く、ただ穏やかに桜の花びらだけが宙を漂っていた。