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娘は微笑むだけで、ただそれだけなのにどこか圧倒的で、そして恐ろしかった。
「答えろ」
「……元々得意な魔法体系でない上に許容量を越えた数の使い魔召喚。そういえばさっきそれに加えて無理矢理契約を書き換えしてましたっけ。よく立っていられますね……シズカちゃん」
まさか。
その呼びかけを聞いた瞬間、僕は心臓が恐ろしいほどの速さで脈打つのを確かに感じた。既に僕が召喚した者達の姿は消え去っている。とっくに僕は限界だったからだ。
「シズカちゃん、甘くなったのでは?以前ならもっと早く領域展開してますよね。周辺の人々のSAN値が削れるのを一切考慮せずに」
やはり聞き間違いじゃない。僕をシズカちゃんと呼んだ。そう呼んでほしいとは常々言うが実際に呼ぶのは憎たらしいことに、ただ一人だけだ。
つまり見た目は違うが彼女はその人物。いや、そんなのは些細なことだ。何しろ色々と変わっている彼女は変装が趣味なんだから。
その正体を理解した僕はようやく掠れ声を絞り出す。
「……君が、ラケルだったのか」
「あえて真名で呼ばないとは感心感心……もっとも今は第二王女としてここにいるのですけどね」
何故だ。何故、彼女がここにいる。彼女がここにいるはずはない。僕の動揺に気付いたらしいナナミちゃんが消えた結界から飛び出してきて不安げに僕と彼女を見比べる。
「シズカさん、知り合いなんですか……?それに王女様って」
「彼女はその影武者だよ。本当はここにいたらヤバい存在なんだけどね」
でもこれでとある使い魔がこのエク・ナ・ローヴにいた理由が分かった。彼女の手下なのだから。中央の方にいてくれて便利だとは思ったが、よくよく考えてみれば普通にあの天使もまたこんな場所にいるのはおかしい存在なのである。
「本物の王女はどこにいるんだい?」
「私の代わりに封印楔を呼びに行ってもらいました。あの子に渡した力なら封印されてるとかいう風の神龍など容易いでしょう」
よほどの自信があるのか、目を細めながら彼女は事も無げに言うが僕は内心穏やかでは無かった。
魔法を使えないというハンデを持っているから無意識下ではあるとはいえ民衆に受け入れられている王族に神の力を渡した?しかも彼女の?それだけじゃない。
「風の神龍……!?どうしましょう、シズカさん、ミコトさんが!」
「うーん、手足の一、二本はもげてるかもね。まぁ大丈夫だと思うけど…それより気になったのは」
そう、そこではない。それはとっくの昔に予想がついている。ここで問題なのは。
「封印楔には知性があるのかい?」
呼びにいく。そう、それはまさに人に対し使う表現だ。そうならば直接の原因ではないとはいえ、この怪奇現象を起こしたのはその封印楔ということになる。
すると驚いたように緑色の瞳が僕を見た。
「シズカちゃん、まさか知らないの?」
彼女が思わず素の口調に戻るほどに。
「あれの正体は《機械人形》だよ」
機械人形。様々な世界で作られる人造生命の一つ。それは僕の生まれた世界でもずっとずっと前に作られていた。ただ、僕と彼女の間では特別な意味を持つ。
「まさか彼の機械人形じゃ……!」
僕の生まれた世界では人々の遊興のために作られていた機械人形、それを戦闘用として作ってしまった、ある輪廻を呪われた男。その結果、世界は一度滅び、僕が生まれた時代の文明が生まれた。そして彼は彼女が永遠に近い長い時の間でずっと探し続けている男でもある。
「多分正解だ。じゃなきゃ封印としてこんな長持ちしやしない。ただ」
彼女は細い手を伸ばして空舞う桜の花びらを一つ掴みとる。
「あの馬鹿でかい桜と同化してる辺りがちょっとばかし不安だが」
そして今までの疑問が解決した。
「じゃああのバイオロイド達は!」
「その機械人形のレプリカあるいは副産物と考えた方がいいだろう。それよりバイオロイドって言ったか?」
彼女はその整った顔をしかめる。
「機械人形をバイオロイドに、か。なるほど」
と考え込んでいた彼女は不意に表情を緩めた。
「……どうやら今、封印楔での戦闘は終わったようですよ」
リーダーと会ったことはないはずだがどうやら魔力の流れでそう判断したらしい。
「すぐに私達も合流しましょう」
彼女が上品に、だが、どこか物騒に微笑む。嫌な予感。
「関係者だけ私の元に。共にぶっちぎりましょう」