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「……知ってるさ。あやつは私や従者を暗殺するためにここに来たのだからなあっ!この怪異の原因も半分はあの鬼武者のせいよ!」
忌々しげに吐き出された言葉。
豹変して憎悪を表面に曝け出したクリスにサクヤが呆然としている。
結構厄介な事態かもしれない。俺は口にはしないが最後まで巻き込まれるのを覚悟した。
「つまり、クリスや従者を殺すためにその鬼武者とやらはこの怪異を起こした、と?」
「そうよ!何たる傲慢なる鬼よ…ユフのみならず無辜の学生共まで巻き込むなど……」
ユフ。どこかで聞いた名前だ。誰だったか。一方、サクヤが唇をわなわなと震わせた。
「ユフ様まで!?」
「ユフは今ユフの使い魔に託してきたが……色々な意味において瀕死の重傷だ、すぐには此方には来られまい。だからこそ!私はユフの仇を討たねばならない!」
マズい。こんな大声で話していたらまた熱火竜に見つかる。熱火竜はモンスターの中でも特に耳がいい
部類に入るのだ。
俺は二人を封印楔まで移動するように促すことにした。
僕の呼び声に応えて現れたのは小柄だが凛々しい顔立ちの長剣を持った吸血鬼と鈍色のガンを背負った寡黙な死神と可憐ながらも巨大なハンマーを担いだ有翼の歌姫だった。少し思い出と違いはあるが見覚えがあるはずに違いない外見にナナミちゃんが息を飲む。
「アスカにマトさん、それにエルシ……?」
結界のすれすれまで出てきたナナミちゃんの声が壁ごしに聞こえる。
「の何回か転生した後の彼らだよ。僕の作った《忘却性ユートピア》で今は暮らしている」
驚くのも無理はない。彼らには《狩猟団カグヤ》に属していた頃の記憶は無いし、それなのに何回か転生した後なのにそのあり方や姿はあまりに変化が無いから。おそらく彼らの本質はあまりにそのまますぎて変化しようがなかったのではないか、と僕は考えている。
「おい、シズカぁ。あのアホみたいにデカい竜を狩ればいいのか?」
「……弱点は両翼の付け根か」
「うふふ、胸が高鳴りますわ!アスカ、足を引っ張らないで下さいまし」
此処まで変化が無いと最早笑いたくなる。意気揚々と武器を片手に雪飛竜に突っ込んでいく三人。初見のはずなのにどこか手慣れて見えるのは気のせいではないだろう。
「そうだ、なっちゃんに言っておかなくちゃ。彼らはあくまで僕と契約した残留思念だから。一回送還すれば彼らの記憶は全部リセットされるよ。しーちゃんもだけどね」
僕に許された召喚術は彼らの一瞬を切り取った紛いものを呼ぶだけ。彼ら本人ではない。事実ショウゲツなどはとっくの昔に大往生を遂げているのだ。そんなものが歪んだ存在が本人であってはならない。だから何度絆を新たに結んでも再び白紙になる無情なそれ。
「君に逢ったことも忘れる」
「そんな……」
僕はあえてナナミちゃんから視線を外し、穢れた雪飛竜に挑む三人を見た。そして戯言を呟く。
「……だから君も《境界線》に至ればいい」
彼らと同じように。何度でも生まれ変わってその果てにあるのは。
僕が作った忘れられた者の楽園《忘却性ユートピア》。
その頃には全ての戦いが実質終わっていた。神龍は独特の気配があるから近付いてきたら分かる。僕は放置しておいても心配する必要がない彼らから視線を逸らし、代わりに撲殺された雪飛竜の死骸の上に優雅に佇んでいる娘を見る。
「さて、遅くなったけど……君は一体何者だ?」
返り血どころか傷一つない娘は僕の問いに上品に微笑んだ。