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「んじゃ、マスター。ちょっと小道具仕込んでくるわ」
ミコトは腰につけてある自前のポーチの中身を確認してそう言った。
模擬戦闘は十八時から訓練所にて開催、使い魔のみの二対二、ギャラリー観戦あり、使い魔の殺害は禁止、敗者は勝者の命令一つに従う。
前もってシズカからこの相手に限りなく有利すぎる条件を提示するように言われていたため、特にあちら側からからの大きな修正などはなくそのまま通った。あの時のプレンデルの気持ち悪い笑みはしばらくは忘れられそうにない。
授業後、空き教室の一つで私達は今の状況を確認していた。
「じゃあ、特に準備要らない僕は暇つぶしに間諜でもしてくるよ。ラドンじゃない方の使い魔がどうなるか分からないしね。急な対決だから、多分どっかの戦闘好きな生徒の使い魔を雇いそうだけど」
全ての作戦を練った張本人でもあるシズカはゆっくりと歩き出す。確かにシズカの高度な擬態能力はスパイ向けだ。相手に変化可能だと知られていても普通に騙されるレベルなので、一度騙されたはずの相手でもしばらくは保つはずだ。
「でもって正攻法でリーダーの真名を取り返す。あわよくばきっちり制裁する。それが目標だ」
使い魔二人の姿が空き教室から消える。ユーヤと二人きりになった私は大きく息を吐いた。
不安は拭えなかった。何しろいくら自信を持って頼れと言われても彼らの戦い方をまだこの目で見ていないのだから。私としては本当は召喚主も参加する形にしたかったのだ。そうすれば弓矢や得意の炎魔法で支援できたし、ユーヤも虫をも殺さないように見えて戦闘技術に関しては学年主席なのだから。使い魔抜きならばぱっとしない成績のプレンデルなど敵ではない。だというのに参加すら許されないこの状況で、もし負けたらどんな要求をつきつけられるのか。
すると、まだ部屋に残っていたユーヤは私に向かって柔らかく微笑む。
「サクヤ、そんな顔は駄目だよ。自分と君の使い魔を信頼してやらなくちゃ」
「でも……」
「僕にはわかるよ。二人の自信にはちゃんと裏付けがあるって」
周囲を見回して私とユーヤ以外誰もいないのを確かめてからユーヤは続けた。
「シズカのグリモア、必要最低限の情報しか無いんだ」
私は思わず怪訝そうな顔でユーヤを見てしまった。いきなり何を言い出すのだろうか。さっぱり意味がわからず、首を傾げていると落ち着いた表情のままユーヤは続けた。
「呼び名と種族と使用武器。グリモアに記されてるのはたったそれだけだ。不可解に思って本人に訊いたら、なんでも召喚体質だから、ろくでもない人間に召喚された時のことを考えて、常日頃からこうやって個人情報秘匿の術を使っているらしい」
その意味が分かるにつれ、私は背筋が冷えていくのを感じた。
召喚体質。それは今まで何度も、何度も異世界に召喚されているということを示している名称だ。そして、そもそも何かを召喚するには必ず召喚主には召喚を行う理由がある。何もせずに帰れたなんておいしいことはあるはずがないのだ。
そう、召喚体質である以上、そうは見えずともシズカは歴戦の戦士の可能性が高い。召喚体質ということはそういうことだ。もしかしたらあの底知れない狂気だ、彼がどこぞの魔王である可能性すらあるのだ。そうだとしたら《無名》だとかそんなのは建前でしかない。どんなに有名で力のある神だってこのエク・ナ・ローヴに伝わっていなければ、問答無用で《無名》に区分されてしまうのだから。そこが使い魔のランク分けの欠点だ。
なんて恐ろしいものを私の幼なじみは呼び出してしまったのだろうか。かつて召喚関連で大事故を引き起こしたことがある私に言えることではないけれど。
「異世界の絶対的であるはずの魔法すら欺くことが出来る。人間業じゃないよね、最早。サクヤ、その相方をしてきたミコトさんも……まぁそういうことだよ」
ユーヤはそれだけ言って部屋を出て行く。
もしそれが本当だとしたら私はどうすればいいんだろうか。
私はまだ自らの使い魔であるミコトのことを殆ど知らない。少なくともただのハンターではない可能性が高いということぐらいしか。この一日接した限り彼もあまり自分のことを語る性格でも無さそうだから現時点ではこれ以上情報を仕入れるのは非常に困難なことである。
一体彼らは何者なのだろうか?
事件のせいですっかり考えるのを忘れていた事実に私は戦慄した。