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ミコトが血相を変えて跳び出していった。だから、並々ならぬものを感じ、私は追いかける。
そして、目に映った都市の異変はずっと昔に家に残っていた本にあった伝承を再現してた。
「桜の結界、無数の人影……」
「サクヤちゃん、何か知ってるの?」
振り返って私を見たシズカの表情はどこか強張っていた。いつも飄々としている彼にしては珍しい表情だ。
「この学園都市に伝わる伝承よ……地の底に封印されし者達が解き放たれし時、眠っていたはずの狂い咲く桜がこの地を塞ぐだろう……」
その伝承こそがこの学園都市を返還できない理由の一つなのである。
「つまりその封印された者達が解放された、ってことかい?」
ユーヤの問いに私は頷く。どうしてだろう、ユーヤはこの伝承を知っているとはいえ不自然なほどに冷静だった。
「おそらくは……もし、その仮説があってたら、ね」
とりあえず確認しなくてはならない。慌ててミコトが走って行った方向へ私達も駆けつける。
そしてその光景が目に入った瞬間、事態の深刻さを悟った。
「話を聞けよ!?」
「黙れ!人喰い邪龍風情が!」
「貴様のようなものの戯れ言など耳を傾ける価値もない!」
ミコトは既に襲撃を受けていた。彼に向かって厳しい口調で返すのは槍を手にした桜色の軍服姿の、背中に蜻蛉のような羽が生えた人型の二人組だ。使い魔には見えない。近くにマスターらしき人物の姿がないからだ。
「俺は邪龍じゃねぇ!あとなぁ!いきなり非力なガキを狙うなんて最悪だなっ、屑が!」
更に悪いことにレイピアでの突きを刀で防ぐミコトの後ろには足を挫いたらしい学生と鼠に似た小さな使い魔がいた。学生は怯えたまま震えるだけでどう見ても魔法を使えそうにもない。
「ゆーちゃん!」
それに気付いた相棒に言われるより先にユーヤは前線へと駆け付けていた。その動きは洗練されている。
「はああぁ!」
普段からは想像出来ないほどの迫力ある雄叫びを上げ、走りながら抜いた剣で相手のレイピアを叩き落とす。襲撃者は剣をすかさず首に突き付けてきたユーヤに対し、何故か驚愕を目に浮かべた。
「人間が、人喰い邪龍に味方するのか!?」
「我らエアロイドは人喰い邪龍より御主等を守るために作られたというのに!」
エアロイド、それが彼らの名前らしい。しかも驚いたことにその言葉を信じるならばどうやら人造生命のようだ。
「悪いけど、彼は本当に邪龍じゃないわ。私の使い魔よ」
ようやく追いついた私が言えばシズカも頷いた。
「しかも元人間の龍もどきだ。人なんて喰えない。ハンターだしな」
ミコトは邪龍と言われるようなことは何一つしていない。むしろハンターとしてモンスターを狩って人々を守ってきた方だろう。
エアロイドの片方、緑の髪の方が厳しい表情のままミコトと私を見据える。ユーヤは更に剣を首筋に近づけた。やがて、彼らは降参とばかりに手を挙げる。どうやら抵抗を諦めたらしい。
「コノハナ様が言うならば……ですが忘れないで下さい。我らは奴を見逃しますが、他のバイオロイドはより苛烈にそこの人喰い邪龍を狙うでしょう」
バイオロイド。先程とは違う名が出てきた。おそらくバイオロイドの中の一種族又は一派閥がエアロイドと考えるべきか。だがそれより気になったのは。
一方もう片方の茶髪のエアロイドは少しだけ表情を和ませる。
「コノハナ様、お久しぶりです……ところで幼くなられましたか?」
やはりだ。私とは面識がないのに彼等は私がコノハナだと理解している。一体どういうことなのだろうか。ひょっとして記憶を失う前に出逢ったことが……否、ユーヤの態度を見る限りその線は限りなく薄い。
私とエアロイドを見比べていたシズカが不意に近付いてきて耳打ちした。
「きっと、彼等は君を別のコノハナさんと間違ってるんじゃないかな。都合いいから黙っておこう。ね?」