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翌日、夜更かしをしたせいで欠伸を噛み殺しながら学園の廊下を歩く私の隣には私の使い魔がいた。
「奴の弱点は口の中。確か奴が登場する神話では、英雄に蜂の巣を投げ込まれて死んだはずだ。蜂に負けるとか笑えるよな。それでもドラゴンかっての」
他の人にも聞こえるように言いながら彼は唇に笑みを浮かべる。どうやらすれ違う人々が自分に見とれているのが誇らしいようだ。短めの白銀の髪が日光に煌めいていた。
「まぁ、口が馬鹿でかいだけの地虫もどきなんて瞬殺してやるよ」
赤い瞳はどこか面白がっているようにも見える。
と、前方で何かが落下する音がした。当然それを聞き逃さなかった使い魔は素早く物音がした方向へ視線を向ける。
そこでは一人の同級生、確か新興貴族のプレンデルが持っていた本を取り落としたまま棒立ちしていた。彼はわなわなと唇を震わせながら信じられないように使い魔を凝視していた。
「何故その使い魔がここに……!?」
だがその問いに私は答えない。ただ案外簡単に正体を割った相手を多少は味気なく思いながら静かに見据える。そして私の代わりに隣の使い魔がニヤリと笑った。誰がどう見ても人が悪そうな笑みである。
「さすが子供。まだ詰めが甘い」
その姿がぼやけ、次の瞬間にはからかうように舌を出したシズカに変容した。そう、シズカの擬態能力でミコトに化けてもらっていたのだ。幸い二人の付き合いは長く、戦闘以外ならあっさりと真似出来る程度だった。ミコトの真名を奪った敵が学園内にいる場合、私の名前や住居を知っていたのだからその可能性は大だ、契約できなくしたはずの使い魔がベストコンディションで私の隣にいたら、敵は動揺し何らかのボロを見せるだろう、とシズカは言ったが、まさかここまで効果があるとは思わなかった。一応シズカに他にも何種類かのプランを考えてもらったが必要なかったようである。
シズカを見て嵌められたと気付いたプレンデルは顔を真っ赤にし、杖を取り出す。やはり昨日見た杖と同じなので彼が犯人なのだろう。プレンデルは何やら呪文を唱え出す。きっと大きさのせいで校舎内に入れることができず、別の場所にいる使い魔、ラドンを呼び出すつもりのようである。
「ラドン、来い!」
「させるか!」
その横からあらかじめ待機していたミコトとユーヤが飛び出してくる。ユーヤがプレンデルの腕をねじり上げ、ミコトは杖を奪い取った。その間に私は先手を打つ。
「我コノハナ・サクヤの名において我汝ワイ・プレンデルに決闘を挑む!」
相手の目的が家柄にコンプレックスを持つゆえに、没落した私の生家、コノハナ家の名誉を完璧に奪うことなら。コノハナの末裔である私の挑戦をこんな衆人環境で断ることなど出来やしない。そして相手も合法的にコノハナ家を潰すチャンスを逃すはずはないのだ。
当然立て続けに嵌められ動揺していたプレンデルは傍から見れば単に墓穴を掘ったように思える私を見て薄い笑みを浮かべる。
「しくじったな馬鹿女め……汝が挑戦、我ワイ・プレンデルの名において受け入れよう!」
暴言に対しても私は一歩も引かない。代わりに確かな怒りを込めて告げた。
「直接私を叩くことも出来ない三流風情が。調子乗ってるみたいだから折檻してあげるわ」