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モンスター文庫応募条件のために秋の陣復活です。
ただ、今回は時間あけずに二話連続更新と変更になりましたのでご注意ください。
ユフは途方に暮れていた。
今回の相手は幻魔王。詳しい能力は不明。そこがいつもの魔王とは違う所だ。分かっているのは人々を浚い、その後帰ってきたものはいない。魔王にしては珍しく、人目につきやすい場所にどこか歪な形の城のようなダンジョンを構えているので誰でも居場所が分かる分、尚更人々の恐怖を駆り立てた。
「ここは……どこなんだ?」
そして現在、彼もまたその一人だった。
『Replicant Blue~Decayed Phantasm』
嵐堂は剣を片手に油断なく周囲を見回す。城型ダンジョンの入り口には人影一つ無く、代わりに目の前には長身の部類に入る彼よりも巨大な体躯を持つ幻魔王が立っている。それは奇妙な仮面をつけてはいるが明らかに人間の姿をしていた。
「今回の魔王は今までとは違うみたいだな」
嵐堂は既に弱点を突かれていた。幻魔王の能力によって突然ユフの姿が消えてしまい、更には気配すら辿れないのだ。
嵐堂は防衛と神殺し、魔滅に特化した魔法剣士タイプの使い魔である。そのため、精神的なものが大きいが、彼は守るべきものがないとその力を十分には発揮出来ないのだ。
「今までみたいにはいかないか……」
「貴様、何故私の力が効かぬ?」
訝しげな幻魔王の問いに嵐堂は答えなかった。代わりにつり目がちな金の瞳が緑に輝き始める。
「《展開 魔槍ミラージュ》」
嵐堂の詠唱に合わせ、一瞬で剣は槍へと変形する。嵐堂はその槍を手に幻魔王めがけて走り出す。先程までの動きより確実にスピードが上がっていた。
「……ってな」
直前で跳躍し、幻魔王を飛び越える。そして幻魔王が守るダンジョンの入り口の扉を強引に蹴り開けた。
「貴様あぁ!」
「あんたよりマスター第一なんでな。《変換 岩壁》」
背後に岩壁が出現し幻魔王と城を隔てる。幻魔王の怒声を聞き流しながら嵐堂は中に侵入した。
ユフは追いかけられていた。
「ヨウコソォ」
「アナタノ血ハ何色?」
「赤ガ一番ヨ!」
背後に迫っているのは異形達だった。
それは数センチ先も分からないような暗闇の中ふらふら歩いていた時、現れた絵画から飛び出してきた。どろどろ溶けているような見た目からしてあまりに不気味な存在だったので、ユフは関わらないようにしようと逃げだしたのだが、先程ついに追いつかれて剣を抜いた。が細切れにされたはずの異形はすぐに再生して再び追いかけてきたのだ。
「来るな……!」
真っ暗で距離感や平衡感覚を失うような世界。そんな条件では勇者と呼ばれている彼でもただの人と変わらなかった。
「嵐堂ぅ、助けに来いよぉ……」
走りながらも涙が零れそうだ。こんな状況だ、外聞なんて気にしない。
と、足元にあった何かにユフは躓く。横に壁などは無かったのでそのままあっさりとバランスを崩して倒れると同時に左の足首に違和感が走る。すぐ立ち上がろうにもどうやら捻ってしまったらしく上手く動かない。その間にも後ろから何かが覆い被さってくる。
「捕マエタゾ!」
「アナタノ血モ絵ノ具二シマショ!」
「ウフフ!解体解体!」
その時だった。
左の足首に何かが絡みついた。ギシギシと骨を圧迫されるとてつもない激痛にユフは息を詰まらせた。そしてそれは彼をどこかに引きずりこもうとする。
「《シキ》!?」
「《シキ》ダワ!」
異形達が恐れるように後ろに下がってゆく。ユフは痛みに歪んだ顔を上げて《シキ》と呼ばれたそれを見ようとした。
「この者は私がもらってゆく」
だがその姿は見えず、どこからか尊大な口調の宣誓だけが耳に届いた。異形達と異なり、その言葉はとても流暢だ。人と同じと言ってしまっても遜色はない。
「え、ま……」
「さて、君はどんな色の持ち主なのかな?」
突然床が無くなった。ずぶずぶと得体の知れない何かにユフの体は沈み始める。と不意に視界は一面青に染まった。
海だ。ユフは眼帯に隠されていない片方だけの瞳に捉えた青を直感でそう感じた。体は先程より緩やかに沈み続ける。不思議と息苦しさはなかった。
「―――息は大丈夫かな?」
背後から声がした。
そこにいたのは古びた貴族服を纏い複数種類の紫の花を胸に挿した青年。憂いを含んだ紫眼は物悲しくもとても美しかった。