2
今までに聞いたことの無い呪文と杖の先から出た禍々しい赤い光。魔法で防ぐのも明らかに間に合わず、そもそも召喚で魔力の大半を使い果たした状態の自分にそんな余裕もなく。
「コノハナ家ももうこれで終わりだ!」
敵が冷たく笑う。どういうものかは分からないが、魔王の名を使っている魔法だから敵が投げつけてきた魔法は禁術だ、嫌な予感がした。思わず目を閉じる。が、急に腕を引かれ、私はバランスを崩した。
「させるかっ!」
無謀にも私の前、つまり魔方陣の外に彼が飛び出そうとしていたのだ。召喚に応じた以上彼は勝手に外に出ればどうなるかは分かっているはずなのにだ。契約が終わる前に魔法陣の外に出たペナルティーで、元々魔法陣に組み込まれている逃亡対策のための罠が発動し彼の体中に無数の細かい傷が走る。だが、彼は止まらなかった。
そして魔法はそのまま私を庇う形になった彼に直撃した。禍々しい赤い光が彼の中に侵入し、それが苦痛を与えるのか、彼は人間とは思えない声で叫んでいる。目を見開いたまま胸元を力任せにかきむしっていて見ているだけで痛々しい。敵は杖を私達に向けたまま、驚愕した様子で彼を見ていた。
「契約前の使い魔が召喚主を庇っただと!?……ちっ、ラドン、撤退!」
禁術の使用で体に負荷がかかっているらしい敵は、あえて戦闘不能になっている彼に追撃をせずに悔しそうに煙玉を投げた。このままでは逃げられてしまうが仕方ない、煙幕にかまわず私は未だに傍らで苦しんでいる彼を揺り動かした。
「大丈夫!?」
だが返事は無かった。破壊された入口から煙がひいていくにつれ、彼の様子がわかるようになる。意外なことに彼は再生能力持ちなのか、ペナルティーの細かい傷は既に復元されており、その痕跡は表面に血がうっすらとこびりついている程度である。が、彼の姿は少しずつ魔法によって変容していた。あんなに綺麗だった髪と瞳の色がみるみるうちに黒ずんでゆく。痛みに苛まれた瞳は虚ろに宙をさまよっていた。
「―――サクヤ、大丈夫か!?」
足音と幼なじみの声が聞こえた。近くに住んでいる幼馴染のユーヤは、この騒ぎに気付いて慌ててきたらしくかなり焦っている。正直来るのが遅いとも理不尽に思ったが、幼馴染なりに必死だったのは分かるので怒鳴るのは我慢した。その後ろには数日前召喚したばかりだと話に聞いていたユーヤの使い魔が従っている。初めて会うのだが、目の前で苦しんでいる彼と同年代ぐらいのどこか甘い顔立ちに奇妙な民族衣装を着た美しい青年の姿だった。そしてその使い魔は驚いたようにぐったりとしている彼を見ていた。
「私は大丈夫。でも彼が……!」
と、幼馴染の使い魔は半ば錯乱している私を彼から引き剥がして、実に面白くなさそうに口を開いた。
「……あのさ、リーダー。なんで君まで呼ばれてるのさ」
私もユーヤも呆然とする。
彼らはまさかの知り合いだった