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二章スタートです。ナナミちゃんメイン回です。
本日分三話目は昼頃!
「……え?」
突然遥か上空に浮き上がったお兄ちゃんの体を私達はただ遠くから見ているしか出来なかった。
驚愕に見開かれたお兄ちゃんの目が私を捕らえる。そして足首に絡まった触手を見て、お兄ちゃんは自分が助からないということを一瞬で悟り、今までで一番穏やかな笑みを浮かべて言葉にならない言葉を紡いだ。
ごめんね。
それは私の耳まで届かなかった。でも、きっとそう言っていたように思えた。
違う。そんな言葉が欲しいんじゃない。私がお兄ちゃんとした最後の会話が自らの胸を抉る。先程別のモンスターに抉られた足の怪我を無視して駆け寄ろうとする私を仲間のユティスさんが止めた。どう見てもこの距離では間に合わない。私を引き止めている彼もまた悔しさに噛み締めた唇から血が出ていた。
頭から自由落下するお兄ちゃんの姿が海の下、そして水中の黒い影の中に消えてゆく。
私は何を言ってるのかさえ分からないまま叫んでいた。嫌だ。最後に私が言った言葉が大嫌いなんて。嫌だ。お兄ちゃんが永遠にいなくなるなんて。
やがて水面はいつもと同じ穏やかなそれに戻っていく。ミコトさんとユティスさんが身に着けていた装備を外して武器だけを手にして海に飛び込む。お兄ちゃんを取り返しにいくのだろう。足に重傷を負ったままの私だけが浜辺に取り残された。支えを失った足は立つことを許さず、私はただ、潮騒が響く浜辺に座り込む。
ごめんなさい。神様、謝りますから、どうかお兄ちゃんを助けて下さい……!
その日、私は唯一の身内であり、一番大切なお兄ちゃんを喪った。
『アンノウン・ブレイブ 深海少女と薔薇の騎士』
「昔はミコトさん×私のお兄ちゃんの悪友CPが鉄板だったんですが、最近はミコトさん×シズカさんもアツいんです!ツンデレ受けは王道ですよね!」
「はぁ…」
期末試験後の学生食堂で力説するナナミの言葉を若干引きながら私は聞いている。ネルからナナミは頼りになるお姉さんキャラだって聞いていたのだが……ネルがこの腐女子に毒されていないことを願うばかりだ。ユーヤもどこか遠い目をしてナナミを見ていた。
「やだなぁ、なっちゃん、アスカはあくまで弟子だよ。それに僕には義理の娘がいるって忘れたのかい?」
穏やかに苦笑いを浮かべるシズカ……って、義理の娘!?どう見ても二十代前半ぐらいにしか見えないが、シズカは実年齢何歳なのだろうか。おそらく聞いても素直に教えてはくれないだろうが。
「でもでも!」
「残念ながら僕とリーダーを繋ぐのは赤い糸じゃなくて赤い呪い、ロマンチックなものはないよ」
赤い呪い……どんな呪いだ。横目で見るとミコトは複雑、というか微妙そうな表情をしていた。試験勉強でずっと徹夜が続いていたネルはうとうとした様子で野菜ジュースを飲んでいる。
と背後から誰かが近付いてきた。見知らぬ気配だ。
振り返るとそこには明らかに学生ではない男の人と不思議な姿の少女がいた。