Wanderers
今回はかなり長めです。切れ目が行方不明でした。
本日は三話更新。
《魔討の騎士》。
それは定期的に魔王や魔獣が出現するこの世界エク・ナ・ローヴにおいて、それらの討伐を行う戦士の最高峰に立つ者達である。その任務の危険性から使い魔のみならず召喚者の強さも必要条件とされるがゆえその構成員の大半が《転生人》という前世の記憶や能力を持ち合わせた現地人としては最強の存在である。
彼もまたその一人だった。
「ふぅ……これで十体目、か」
夥しい瓦礫の地平線の上、彼と彼の使い魔だけがそこに立っていた。
「で、あと現存してる魔王は何体だ?」
彼の使い魔はしばらく目を閉じていたが、やがて深く溜め息をつく。
「二十はいるな……はぁ、過労死しそうだ」
「何千年と休み無く戦い続けてきた勇者様のセリフじゃないよ。まぁ、とりあえず次の町で報告するぞ」
彼は歩き出す。彼の使い魔もそれに続いた。
「嵐堂、引きずるな~!かまえ~!」
「はいはい。昼から酔っ払うあんたが悪い」
喧騒に満ちた街とはいえそのレベルを軽く超越する大騒ぎに、街ゆく人々はその騒ぎの主である二人組を思わず凝視していた。
どうやら召喚者と使い魔のペアらしく、お揃いの上質な素材で出来た青い外套を纏っている。が、その外套は知る者が見れば驚愕するようなものである。
「嵐堂だって飲んでたろ~!お前は俺のおかんか~!この性剣士!×××!もげろ●●●!」
後ろで一つにくくった金髪を掴まれ石畳の上をぞんざいに引きずられている、いかにも純粋無垢そうな青年はその顔立ちもあって、その外見はさながら天使のようである。ただ、その整った顔の左半分は複雑な紋様が刻まれている物々しい眼帯に隠され、一部発言には放送禁止用語が混ざっていたが。
「性剣士!?おい、訂正しろ!俺には妻子がいる!」
一方、嵐堂と呼ばれた素面の剣士風の男は慌てたように抗議した。あまりそういった雰囲気はしない気がするが、そう主張するからには事実なのだろう。ざっくりと右頬に刻まれた古傷とつり目がちな金の瞳、そして全体的にシャープな造作に細いがなよっとした雰囲気は皆無の長身、とぱっと見は怖い人だが愛嬌のある表情のせいか威圧感は皆無である。
「ならもっと酒寄越せ~!馬鹿~」
「これだから酔っ払いは…仕方ない、少しばかり痛いけど文句言うなよ」
疲れた表情を浮かべたまま嵐堂は手を離し、腰に提げた剣を鞘ごとベルトから外す。青年の後頭部が地味に石畳に叩きつけられ悶絶したが、酔っ払い相手だからか嵐堂はあえて無視した。そして西瓜割りの要領で頭めがけて凶器を振り上げる。
と、その時だった。
「……そうはさせるか」
嵐堂は不意に剣を抜き、左手に残った鞘を真横に向かって投げた。踏み込みに使った右足がさり気なく青年の鳩尾に直撃する。何やら嫌な音がしたが嵐堂は気にしない。先程の行動といい、割としれっとした性格の持ち主らしい。
「間に合ったな」
「嵐堂……さすがに今のは酔いが醒めたぁ。っていうかさり気なく俺の頭かち割る気だったよね?」
それでも激痛で我に返った青年は服についた砂埃を払いながら立ち上がった。
「勿論寸止めする予定だった。でだ、ちゃんと当たってるはずだから鞘回収しに行くぞ」
あっさりと抗議を聞き流して、嵐堂は走り出す。
彼が指差した場所には人だかりが出来ていた。その中心には明らかに似合わない女物のバッグを抱えた男が倒れている。傍らには嵐堂が投擲した鞘が転がっていた。
「この……何が……?」
男が鞘がぶつかったらしい頭を押さえる。嵐堂はすかさず無防備な喉元に剣をつきつけた。
「《魔討の騎士》だ。そこの引ったくり、現行犯で逮捕する」
周辺がざわめく。それもそうだろう。この二人組はまさに戦闘のプロフェッショナルということになるからだ。
「ま……ちょっと待て!《魔討》だと!?あんたらみたいなのが、たかが引ったくりを相手してる場合じゃないだろ!今魔王は二十一もいんだぞ!」
周りの人々も一瞬そう思ったが、いくら同意されようともこの引ったくりがやったことは変わらない。世の中は無情である。そのまま引ったくりは慌てふためいているが、悠然と歩み寄ってきた青年はニヤリと笑った。
「て、い、せ、い。今は二十だよ。昨日一体ぶっ潰してきたもん」
この言葉に周りの人々も呆然とする。ちなみに魔王とはそう簡単に一昼夜で倒せるようなものではない。
「はい?」
「なー、嵐堂」
どや顔の青年のせいで無駄に目線を集めることになった嵐堂は眉間に皺を寄せながら深く溜め息をつく。そのまま面倒そうに棒読みで返事をした。
「あー、そーだな、マスター」
「えっ」
まさかの保護者らしい嵐堂の方が使い魔だった。人々は改めて二人を見比べる。お揃いの青い外套の天使のような容姿の《転生人》と金の目の剣士。どこかで聞いたことがあるような気がしなくもない。
「まさか……あんたら《青の勇者》様!?」
「大正解!」
調子に乗る青年とは正反対にますます嵐堂は暗い表情になっていく。
「どうも、迷惑をおかけしてる。此方は御存じ《青の勇者》ユフ・オランス。で、俺は使い魔の……嵐堂だ」
《青の勇者》。それは《魔討の騎士》筆頭の二人組である。人々はキラキラした目で青年を見た。だが、それはすぐに失望のそれに変わる。
それもそうだろう。憧れの勇者様は数分前まで泥酔し、昼間の往来で放送禁止用語を叫んでいたのだから。見た目がそれっぽいから尚更その残念さが増す。
「報告済みだから多分数日以内にはこの近辺における魔王討伐完了のお触れが出るはずだ。安心し―――」
「嵐堂ぅ、あの屋台の肉、美味しそうじゃね?」
またもや残念度を自ら引き上げるユフ。最早フォローするのも面倒になったのか、嵐堂は無言で裏拳を叩きこんだ。皮鎧越しなのに異様な音がする。
「バイオレンスっ!?」
「あんたって奴は…」
溜め息を吐きながら嵐堂は倒れたユフを荷物のようにぞんざいに担ぎ上げる。白目を剥いて痙攣しているユフは抵抗しなかった。ちなみに群衆はあまりの扱いの酷さにさすがにドン引きしていたりする。この時、騒ぎに乗じて先程の引ったくりの男は逃げ出そうとしていた。
「―――あ、そうだ。引ったくり野郎、サツが来る前にあんたが逃げたら、今度は鞘じゃなくてこの馬鹿マスターをぶん投げるからな」
淡々とした声が響く。
全て分かっていると言わんばかりに、念押しした嵐堂の顔から表情が抜け落ちていた。そこには威圧感は相変わらず無いが、代わりにどことなく人間味の欠けた異様な雰囲気が漂っていた。それを直視した男は思わず壊れた操り人形のようにガクガクと何度も頷き、自ら逃げないことをアピールするために正座をする。すると嵐堂は元通りの愛嬌のある表情でグッと親指を立てた。その変化は一瞬でありながら劇的で男に恐怖を植え付けるには十分だった。
「んじゃ、後は一般人の皆さん、任せたぜ」
そして嵐堂は気絶したユフと共にその場を去って行った。
〈[荒魔王、討伐完了!]春の第二月六日、アサカ平原を拠点としていた荒魔王がついに討伐された。討伐者は毎度お馴染み、《青の勇者》と名高いユフ・オランス氏とその使い魔。両名は今回の討伐で魔王を十体討伐したことになる。個人単位での魔王討伐数の最高記録をまたもや更新した。残りの魔王は現在二十体である〉
学園の食堂にある共同の新聞を読んでいたシズカが眉をひそめる。昼食を食べていたミコトは首を傾げた。
「どうした?」
「いやぁ、この世界、本当に魔王が無駄に多いな、と思って。今回退治された荒魔王とかしょうもないんだよね。周辺を荒野にするだけとか。確かに農業的にはかなり困るけどね」
「は?そんな魔王いたのか」
先日倒されたという飢魔王や獣魔王に比べると直接的な被害はほぼない。
「まぁ農業重視の彼らしいっちゃ彼らしいけどね……あ、授業だ」
チャイムの音にシズカは立ち上がる。ミコトは追いかけた。
そして新聞だけが机の上に残された。
次話からは二章!