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地平線の果て、時の彼方

 彼らは世界を滅亡の危機から救った。だが誰もそれを知ることは無く、また彼らもそれを知らない。ただ彼らの時代を駆け抜けるような生き様は人々の心の中に刻まれ末永く語り継がる。

 その名は《狩猟団カグヤ》、後の世で《至高の狩人》と呼ばれることとなる者達のことである。



 ユーヤの実家にて―――

「リーダー?」

 シズカは懐かしそうにナナミを見ているミコトに気付き声をかける。実はこれは初めてのことではない。

「ミコトさん、どうかしましたか?あ、お茶淹れてきますね!この世界はお茶が多くてどれにしようか迷っちゃうんですよ」

 弾んだ声で呟きながらナナミは奥に消える。それを見計らってシズカは深く溜め息をついた。

「リーダー、あんまりやると不審がられるぜ。ナナミちゃんが幾らリーダー贔屓で甘いとはいえ」

「でもな……懐かしくてなぁ」

 ミコトはそのまま二十代半ばと思われる見た目に似つかわしくない表情を浮かべる。

「ナナミが病で死んでからもう七十年経つんだ。もう《カグヤ》のメンバーも俺とお前以外残っちゃいない」

 それを聞いてシズカは諭すように目を細める。その瞳にはいつもの歪でどこか見ていて不安になるような輝きすら無かった。

「不死身ってことはそういうことさ。君が全てに絶望して僕に死を乞うまで君は死ねない。たとえ真っ二つにされようと何年か経てば再生する。あの時僕はそう言ったはずさ」

 だが彼は分かっていると言いたそうに制止する。

「元々寿命からしてこうなるのは分かっている」

 とミコトは見た目だけは普通の人と変わらない自らの掌を見つめる。細かい傷痕は沢山あるが、どれも古傷で最近負ったものは無い。すぐに再生してしまうからだ。彼を生かすために。

「ただ……時の流れってのは残酷だな」

 何度も何度も仲間を看取っては葬り弔った。最後の方に至っては老いてゆく仲間の前に自分一人だけ変わらない若き頃の姿でいるという事実に狂いかけた。それこそ自身の人ならざる生まれを初めて呪った。

 ミコトは自身とほぼ同年代の外見をしているシズカを横目で見る。何千年も異世界をさまよってきた彼は自分以上に、それこそ数え切れないほどその離別を繰り返してきたはずだ。しかし彼の場合、最初から精神が破綻していたから苦しまずに済んだ。

「たかが百年ちょっとでそんなに摩耗してたらあっという間に絶望するぜ。あるがままを受け入れ流され、時に気紛れに抗う。それが肝心さ」

 シズカはどこか人間としての何か大切なものが欠けた笑顔になりきれない表情を浮かべる。と、ちょうどナナミが茶器を盆に乗せて慎重に戻ってきた。そして冷ややかな様子の二人に心配そうに尋ねる。

「二人ともどうかしましたか?」

 その時にはもう彼は普段通りに笑っていた。

「いーや、何でも。お茶いただくね」

 心の奥からどうでもよさそうに。



 また逝った。彼は墓標の前で一人立ち尽くす。

「残りは俺と故郷に帰ったシズカ…《カグヤ》もこれじゃあもうおしまいだな、フロス」

 墓は九つ。そのうち三つに至っては老朽化により既に崩れ始めていた。

「解散しかないよな。いくら理想の狩人と言われようと俺みたいな化け物についてく酔狂な奴もいないだろ」

 彼は涙さえもう流すことはない。仲間の死を看取る度、泣いて、泣いて、そしてとうの昔に枯れ果てたから。ただ虚ろな表情で言葉を紡ぐ。

「お前らの墓の手入れは当代ギルド長に委託した。なぁ、ナナミ、あの爺さんの孫が今のギルド長なんだぜ。あの坊主をからかうのが好きだったお前なら驚いてくれるよな」

 もう彼の傍らには共に地平線を駆け抜けた仲間の姿はなく。

「……じゃあな。またいつか巡り合おう。地平線の果てで」

 彼は一人歩き出した。振り返ることすら出来ずに。



 ミコトの過去を夢で見ていた。

 私はどこか気まずい思いをしながら起き上がる。原始的生活が身に付いた結果朝が老人並みに早い彼のことだ、きっとどこかに出かけているのだろう。傍らに彼の姿は無い。

「……ナナミ、ずっと昔に死んでたんだ」

 召喚者は契約の時に魔力供給のために魂の一部が繋がるので、稀にだが使い魔の過去を夢に見ることがある。今回のはおそらくそれだろう。

 あの装備は今のミコトのそれと同じだった。つまりあの夢の時期と私に召喚された時期はそう離れてはいないはずである。あの日、彼はこの世界で七十年ぶりにナナミと再会した時どんな気持ちになっただろうか。

「……きっと悔しかった」

 彼は優しいから、どうしようもなかったとはいえ自分より先に訪れた彼女の死を防げなかったことを悔いるだろう。そして自らが彼女の死に際を知っていることを気づかれないようにするため今まで通りに接しようとして、それでも気にしてしまうのだろう。

「本当に、馬鹿だ……」

 私は召喚されてからの今のナナミしか知らないし、ナナミからすれば未来でミコトにとってはずっと昔のことであろう彼女の最期は知らない。ただ、そんな付き合いの浅い私でも彼女の死は仕方ないことだったと無慈悲に切り捨てることは出来ない。ずっと一緒にいたミコトなら尚更だろう。

 涙が涸れてもう泣けなくなってしまった彼の代わりに思わず私は泣いていた。それが偽善だとしてもそうするしか私には出来なかった。そうでもしないと次に彼女に会った時に感情が爆発してしまいそうだったから。



 別に偽善者と呼ばれても構わない。矜持はあれどプライドなんて最初から持ち合わせていない。

 神龍は人食いだ。俺はシズカのおかげで神龍もどき、つまり一歩手前の例外だが、人間はやはり仲間であると同時に餌である。好んで食う食わないに関わらずそれは変わらない。俺からすると忌まわしき本能にそう刻まれているのだ。

 神龍は仲間内での情が深い。仲間のためなら自らの死をも辞さない。俺を育ててくれた神龍もそうだった。

 そしてそれらは俺にも適合される。人と神龍どちらを相手にしても。人間として神龍は狩猟対象であるし、神龍として人間は捕食対象。だが、どちらも仲間であるが故苦悩は尽きない。シズカはそんなどっちつかずの俺を変わり者と呼んだ。

「ミコトさん」

 シズカが用事を思い出して部屋を出ていった後、不意にナナミが声をかけてきた。

「返事は要りません。きっとミコトさんは私の生きた時代より未来から来たんでしょう」

 唐突に切り出された率直な問いに思わず動揺した。ポーカーフェイスには自信があるが、流石にこれは無理だった。それを見てナナミは確信したように続ける。そもそもポーカーフェイスを通していたとしても付き合いの長い彼女だ、簡単に見抜いてしまうに違いない。

「ミコトさんはハンターであると同時に神龍です。寿命が違うんですよね。だからミコトさんのいる未来には私はもういないのかもしれない。でも、それにミコトさんが罪悪感を持つのは間違いです」

 そしてナナミはふんわりと微笑んだ。俺は思わず息を飲む。

「私の人生は私のもの。どんな終わり方だろうと私は受け入れますから」

 その笑みはかつて病床にあった彼女が最期に見せたそれと同じだった。

 視界が滲む。暫くの間、困惑していたが、やがて頬を伝う感触に今の自分を理解した。いつの間にか俺は涸れていたはずの涙を流していたのだ。

「……格好悪いな、俺」

 でも案外悪くはない。


 地平線の果て、時の彼方でまた彼らは巡り逢う。

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