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第9話 戦闘

 目の前を恐ろしい速度で少女が走る。

 マリーの手前、格好付けたはいいが、それほどノアにも余裕があるわけではなかった。

 ノアは今まで滅多に使ってこなかった身体強化魔術を使用して半ば本気で相対しているのだが、相手の少女はそういった魔術を使っている様子もなく、素の身体能力であれほどの速度を出している節がある。

 人間離れしている、というべきか。

 あんな存在など、ノアは今も昔も・・・・見たことがなかった。

 飛びかかってくる少女の攻撃をぎりぎりのところでいなしつつ、ノアはつぶやく。


「……やっぱ世界って奴は広いもんだな」


 きついときほど笑え、とはよく言ったものでニヤリと笑ってノアは少女の姿を追いかける。

 マリーのように全く見えないということもなく、ノアの視覚は少女の動きをしっかり捉えてはいるが、こちらから攻撃を加えるのはなかなか難しそうな状況だった。

 相手の武器は、どうやら片手剣のようであるが、よく観察してみれば強い魔力を感じる。


「魔剣か……」


 あの身体能力、身のこなしに加えてどんな特殊能力を持っているかもわからない魔剣持ち、そして容姿から見るにその年齢は七歳未満であろう。

 末恐ろしいを通り越して化け物である。

 普通なら即座に殺すことを考えるところだが、ノアはそういう意味ではひと味違った。


「よし、仲間にしよう……そうと決まれば、上下関係は早いうちにたたき込んでおかないとな」


 そう言って笑う。


「……"加速アクセル"」


 そう唱えると同時にノアの体にぼんやりと光がともり、そしてその直後からノアの速度がさらに一段階上がった。

 突然早くなったノアの挙動に少女は驚いたように目を見開く。

 その表情は思いのほか幼く、また素直そうに見えた。

 それを見たノアは、なぜこの少女は自分たちを襲ったのだろうかと首を傾げる。

 しかし、


「……まぁ、それは後で聞けばいいか」


 とすぐに諦めて少女の腹部を向けて剣の平で叩く。

 これだけの速度で叩けば剣の平だろうと刃だろうと大した違いはなく、骨が切り裂かれるか砕かれるかの違いでしかないだろうが、ノアは少女の耐久力を信じてそれほど手加減はせずに叩いた。

 より正確に言うなら、手加減すれば少女から手痛い反撃を食らうかも知れないと思ってのことだったが、その懸念が正しかったことはノアの攻撃が命中して吹き飛んだ少女が、空中で身を翻してこちらを向いたときにはっきりとわかった。


「……? 何してる」


 空中でくるりとこちらに向き直った少女。

 その少女が大きく口を開き、こちらを鋭い視線で見つめているのだ。

 ぼんやりと惚けるような顔で見つめる形になったが、ふと肌がぴりりとする感覚にノアは冗談ではないと顔色を変えた。

 それは強い魔力が集約したときに起こる現象。

 少女の口に、強力な魔力が集まっていることがわかったからだ。


「……まさか、吐息ブレスだと!? 人族ヒューマンがなぜ……」


 困惑を口にしながら、もはやこの位置取りでは逃げることも出来ない。

 どれほどの範囲に広がるかもわからないし、後ろにはマリーと御者、それに馬車があるのだ。

 百歩譲って馬車は見捨てても、マリーと御者についてはそうはいかない。

 ドラゴンしか使うことの出来ない特殊魔術吐息ブレス

 人族ヒューマンが使ったなどついぞ聞いたことのないもので、その威力は小さな街くらいなら一撃で灰燼に帰すことが出来るとまで言われる恐ろしい魔術だ。

 果たしてそれを自分にどうにか出来るのか、と疑念を抱きつつも、出来ることはノアにはもう一つしか残っていなかった。

 ありったけの魔力を使って魔盾マジックシールドを展開し、また出来る限り直撃を避けるためにその形状も工夫した。

 これで万全、とはとてもではないが言えない。

 しかし……。


「来るなら来い。俺の夢はこんなところでは終わらん!」


 叫んだノアに向けて少女がにかっと笑い、その口の奥が光り輝いて吐息ブレスが放たれた。


 炎で形作られた竜巻がそのまま横倒しになったようなものが、ノアに向けて襲いかかってくる。

 魔盾マジックシールドに強烈な衝撃が加わり、揺らす。

 また、吐息ブレスの触れた地面は真っ黒く焼け焦げ、融解している。

 触れれば一瞬で消し炭になるのは間違いないだろう。

 絶対に盾を破られる訳にはいかなかった。


「……ぐっ……」


「ノア様!」


 マリーの声が後ろからかかった。


「……心配するなよ……耐えきってやるさ……」


 冷や汗をかきながらそう答えたノア。

 実際、少女の口から放たれた吐息ブレスは徐々にその勢いが収まっていく。

 ふと少女を見てみれば、驚くべきことに空中に浮いていた。

 しかし彼女も余裕綽々というわけではなさそうで、いつまでも破ることの出来ないノアの魔盾マジックシールドの前に体力が尽きかけているように見えた。


 そして、とうとう少女の吐息ブレスが止まる。

 少女はぜぇ、ぜぇと息苦しそうに地面に降りて手をつく。

 ノアは守りきったのだ。

 そんな少女にノアは近づき、


「……俺の粘り勝ちだな」


 そう言って剣を向けた。

 しかし少女はそれでもノアにかかってくるそぶりを見せたので、ノアは仕方なく少女の首筋に思い切り手刀をたたき込む。

 それで少女の意識は刈り取られた。


「やれやれ……やばかったな」


 そういってため息をついたノアに、マリーと御者が近づいてくる。


「ノア様! ご無事ですか!」


「若様! もの凄い炎でしたけど……」


 ノアはそんな二人に笑って答える。


「まぁ、大した問題じゃなかったな」


 実際は相当厳しかったにしても、部下の前でそんな顔は見せられないとノアは余裕ぶる。

 御者の方はそんなノアの演技にだまされたようだが、マリーはすぐに理解したようだ。

 御者に、


「こうおっしゃってることですし、大丈夫なのでしょう。日が暮れると危険も増します。早く旅路に戻ることとしましょう」


「へ、へぇ……」


 そういって御者は自分の位置に戻っていく。

 ノアは少女を肩に担ぎ、それからマリーと共に馬車の幌に戻った。


 それから、再び動き出した馬車の中で、マリーが改めて、と言った様子で尋ねる。


「色々尋ねたいことはありますが……まず、ノア様。本当に大丈夫なのですか? かなり厳しそうな表情に思えましたが」


「なんだ……見抜かれているな? まぁ、お前の言うとおりそんなに余裕はなかったよ。あの少女……ちょっと考えられないくらい強かったからな。お前、あれと戦って勝てる自信あるか?」


 ノアの質問に、マリーは顎に手を当てて言う。


「……はじめの身体能力頼りの動きだけでしたら、運が良ければ勝てるかも知れませんが……最後の魔術を使われますと一秒で消し炭になってしまうだろうというのが正直なところでしょうね。ノア様、あの魔術は一体……?」


 マリーは見ただけではあれが何だったのか判別できなかったようだ。

 ノアは頷いて説明する。


「あれは竜族が使う特殊魔術、"吐息ブレス"だよ。ほかの魔物が体内の器官で作り出した炎や毒を放つのとは一線を画していてな……竜の持つ強大な魔力に基づく魔術だから威力が比較にならない。それだけに、人族ヒューマンがおいそれと扱えるようなもんじゃないはず……なんだが」


 ノアの理屈から言えば、人族ヒューマンが使えるはずのない魔術である。

 しかし、幌の中で気絶している少女は間違いなくそれを使ったのだ。

 なぜなのか謎が深まるばかりだ。

 さらに、それを聞いてマリーの中に一つの疑問が生まれた。


「……そういえば、ノア様。ノア様はそんな魔術を魔盾マジックシールドで防がれたのですが……それもまたおかしいのでは?」


 と。

 いかに魔盾マジックシールドの形状を工夫して衝撃を逃がしたからといっても限界がある。

 したがって、ノアにはそんな魔術を防ぎきれる強大な魔力があるということになってしまう。

 しかしノアはそんなマリーの予想に首を振って答えた。


「俺にはそんな大きな力はないな。これだよこれ」


 と自分の腕をあげて、そこにはまった腕輪を見せる。

 マリーが近づいて見ると、それは精緻な彫刻の施された腕輪で、またその中心にはよく磨かれた魔石が象眼されているのが見えた。


「これは……?」


「ある程度の魔力を溜められる魔導具だな。そして任意のタイミングで使うことが出来る。魔力量不足を補えるってわけだ」


 何でもないことのように言っているが、これは極めて奇妙な話であるということをマリーは理解していた。

 パラディール商会の商品はすべて、魔石に溜められた魔力を動力に稼働するものだが、魔石に溜められる魔力量には限界があり、それは魔石の大きさに比例する。

 だいたい1センチくらいの魔石であれば、商会の製品を一月動かすのが限界であり、通常魔術に換算すれば火球一発放つのが限界、というくらいだ。

 しかし、先ほどノアが使った魔力量はそんなものとは比較にならない。

 ノアの身につけている腕輪にはまった魔石の大きさからして、そんな魔力を溜められるはずがないのだが、しかしノアはそれのおかげだというのだ。

 そんなマリーにノアはにやりと笑って言った。


「ま、言いたいこともわかるが……こいつは迷宮出土品……遺産アーティファクトだからな。少々規格外の力を持っていてもおかしくはないのさ」


 と。

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