第21話 プレゼント
「……後は、魔石か。メリザンド、在庫は?」
三人で《聖竜像》の内部機構の三分の一程度を組み上げ終わった後、ノアがそう言った。
その言葉に、ちょうど正反対の位置にある機械類をいじくっていたメリザンドはノアに近づいてきて、その手元を覗いて言う。
「あー……倉庫に魔石の在庫はそれなりにありますが……ここに取り付けられるようなものは無いですよ。流石に大きさの問題が……」
一センチ程度の大きさの魔石なら工房内の倉庫に箱単位で在庫があるが、ノアの手元の回路部分は《聖竜像》の動力を供給するための、いわば中心部分であり、小さな魔石をつけても即座に魔力が空っぽになってしまうことは明らかだったからこその台詞だった。
「他の商会から都合してもらえないのか?」
ノアが軽く言った台詞に、メリザンドは眉をしかめる。
「ここがオストでしたらできるのでしょうが、ここは王都ですよ? 蛇蝎のごとく……とまでは言いませんが、そういった貴重品はあんまりうちの商会には譲ってくれませんよ」
「あぁ……公爵か。全く……となると、直接自分たちで仕入れるしかないってことか?」
やはり、ここはウォロー公爵のお膝元ということらしい。
パラディール商会は嫌われている、というか忌避されがちということだろう。
まぁ、こっちには出店してからそれほど日も経っていない。
そのうち徐々に受け入れていってもらうしかないだろう。
信頼は一日で築けるようなものでもあるまい。
権力という意味ではウォロー公爵とフィガール公爵は拮抗しているのだ。
少しずつ味方を増やしていけばいいだろうとあきらめる。
それに、そのための《聖竜像》だ。
これを祭りで披露すれば度肝を抜けるし、技術力も示せる。
ウォロー公爵のちまちまとした嫌がらせなど一撃で吹き飛ばすことも不可能ではない。
「そういうことになるでしょうね。王都周りにはまぁまぁな規模の迷宮がいくつかありますし、日帰りは無理でも二、三日かけておでかけするくらいならいいのでは? 《聖竜祭》まではまだ日がありますし」
「迷宮か……久しぶりだな。今回は、メリザンドと二人だけじゃなく、マリーとナナも連れて行くとするか」
と言うと、黙って黙々と別の部分をいじくりながら作業していたマリーが振り返り、
「私は別に留守番でも構いませんが」
とつぶやいたが、もちろん、ノアが聞き入れることはなかった。
◇◆◇◆◇
「もう完成したのですか?」
《聖竜像》内部から這いだしてきた三人を見て、セーラがそう言った。
彼女とナナの周りにはヘルムートを始め、工房の職人たちが集まり、商会の様々な製品を持ってきては説明していたようだ。
ノアたちが構っていられない間、相手をしていてくれたらしい。
気が利く奴らだと思いつつ、ノアは近づいてセーラに言う。
「いや、まだだな。部品が足りないから採りに行かなきゃならなくなった」
「部品、ですの?」
「あぁ……魔石がな。ちょっと」
とノアが言うと、セーラが首を傾げて、
「魔石を採りに、とおっしゃいますと……どこに?」
「そりゃあ、決まってるだろ? 迷宮にだよ」
まるで散歩にでも行ってくるような口調でそんなことを軽く言い放ったノアに、セーラは目を見開いて、
「えぇっ!? き、危険ですわ……」
とあわあわし始めた。
迷宮、というのは何らかの理由によって魔物と宝物が自然に湧出してくる空間のことを言うが、例外なく危険地帯であり、それなりの武術や魔術の心得がなければ入ることなどできないというのが常識である。
セーラにとっては、ノアは貴族として優秀で、頼れる兄であったが、それでもそういった場所に行って無事で帰ってくると確信できるようなものではない。
それくらいに迷宮とは貴婦人であるセーラにとっては縁遠い場所であった。
しかしノアは、
「そんなに心配するなよ……セーラ、これは父上やジョゼフには内緒なんだがな、もう何度か迷宮には行ったことがあるんだ」
「え……?」
まんまるの目をさらに大きくあけて、唖然とするセーラ。
ノアは続ける。
「いくつか遺産も採ってきてるんだ……たとえば、この腕輪だ。ほら、きれいだろ?」
「……遺産? ……いつも身につけていらっしゃって、よく似合っていて素敵だと思っておりましたが……まさか」
遺産など、そこらの貴族の宝物庫を覗いてもそうそうに見つかるものではない。
王室の宝物庫や、美術館にあるかどうか、というような品であり、個人がそう簡単に所有できるようなものでもなかった。
なぜと言って、遺産が存在しているのは迷宮の中でも奥深い場所であり、相当な実力者であっても入り込むことのできない場所であるからだ。
それなのに……。
そう思って兄の言葉を聞いているセーラに、さらに驚くべき話が告げられる。
「今まで内緒にしてて悪かったな、セーラ」
「い、いえ……」
なんと答えたものか分からないセーラに、ノアは続けた。
隠していたのを責めようなどという気持ちなど、この場において一切湧くはずがなかった。
セーラの心の中にあるのは驚きだけだったからだ。
「それで、お詫びというか……元々、いつかこうしようと思って持ち歩いていたものなんだが、受け取ってくれ」
と言って、ノアが手を差し出す。
すると、その手のひらの上に乗っかっていたのは、不思議な色合いに輝く七色の宝石をトップにあしらった、美しい指輪であった。
リングの部分の内側には古代文字が記述され、外側は可愛らしい花をモチーフにしているらしい浮き彫りがされている。
ただ、外面的な美しさももちろんだが、それ以上に、兄の手からそれが差し出された瞬間、セーラは強烈な吸引力をその指輪に感じた。
気づいたときには手を前に出して、それを兄から奪い取ろうとしている自分に気づき、セーラはあわてて自分の手を引く。
すると、指輪はきらりと光を変えて、先ほどまでの放っていた妙な輝きを失い、吸引力も無くなってしまった。
ほっとしたセーラ。
そして、その一部始終を見ていたノアが一言つぶやく。
「セーラは強いな……これは、セーラにやろう」
「えっ……でも、これは」
戸惑うセーラに、ノアは笑って説明する。
「これも、遺産だ。俺が自分で迷宮から採ってきたものだよ……」
その説明に、セーラはまたも驚き、あわてた。
「そ、そんなものいただくわけには……」
おそらく、これ一つで城がいくつも買える、それくらいの価値を遺産は持っているとセーラは知っていた。
兄が採ってきたのなら、それは兄のものである。
何もしていない自分が、もらうわけには行かないと思った。
けれどノアは、
「なに、気にするな……そもそも、売る気はないし……それに、セーラのことを試したからな。そのお詫びもある」
と、よくわからないことを言う。
首を傾げるセーラにノアは続けた。
「セーラは、なぜ遺産を個人所有する者があまりいないか、知っているか?」
突然の質問に、セーラは首を傾げつつも答える。
「……非常に珍しいもので、価値の高いものだから、では?」
そのはずである。
しかしノアは首を振った。
「違う。個人が所有していると危険だからだ。遺産には強烈な魔力がある。人の欲を刺激してやまない力が。セーラも感じたんじゃないか? これを見た瞬間に」
言われてみて、先ほど感じたのはそれか、と納得がいく。
そして、兄の試したという言葉の意味も理解した。
ただ、だからといって恨もうとかいう気持ちは湧いてこない。
むしろ、そんな貴重な経験をさせてもらったことをセーラは少しラッキーに思った。
実のところ、セーラは一般的な貴婦人よりもずっと、おてんばなところがあった。
しかし、それでも、
「お兄さま……」
そんな危険なものなら、余計にもらうわけにはいかない、と言おうとした。
けれど、ノアは、
「いや……もう大丈夫さ。セーラ。今はもう、何も感じないだろう、これに?」
言われて、さきほどふっと興味が薄れたことを思い出したセーラは、改めてその指輪を見る。
何も感じなかった。
ノアは続ける。
「こいつらが魅力を放つのは、最初だけだ。それに打ち勝てる者にこそ、力を貸す……そういうものなんだよ。だから、セーラにはこれを所有する資格があるというわけだ。というわけで、持ってるといい。あぁ、もちろん、これをセーラが身につけている間、他の誰かが見たからと言って、奪い取ろう、という気持ちが湧いてくることはないぞ」
安心できる説明である。
指輪につけていたら他の貴婦人からよこせとか譲れとか言われては困るのだ。
兄からもらった品を、人に譲るわけにはいかない。
それから、ノアはセーラの右手をとり、その薬指に嵌めた。
自分の指には幾分か大きい、と思っていたその指輪だが、セーラの指に通り、ちょうどいい辺りにあわせるとしゅるしゅると指輪の文様の花が踊るように動き出し、その大きさをちょうどよく調整して、セーラの薬指ぴったりの大きさになった。
「これは……」
「それが遺産の遺産たるゆえんだな。まぁ、大切にしてくれ」
驚くセーラにノアがそう言って笑ったのだった。




