第20話 出品物
「……悪くないな」
ノアが工房のもっとも奥に鎮座しているその物体を眺めながら、息を吐いてそう言った。
「でしょう? ここの連中全員で作ったんですぜ! まぁ、そうは言っても俺たちじゃガワだけ作るのが限界だったんですがね……」
と自慢と無念のない交ぜになったような表情で悔しそうに言ったヘルムートである。
しかし、彼が口で言うほどその出来は悪くない。
むしろ、彼がそれしか作れなかったと言っているガワ、つまりは外見こそノア達には作るのが難しい代物で、むしろ感嘆していたくらいだ。
メリザンドはここで指揮していたからか、すでに見ていたらしくそれほどの驚きはないようだが、マリーは珍しく手放しで賞賛しているような顔をしていたくらいだ。
そして、ナナとセーラだが……。
「これは……一体……なんなのですか、お兄さま。いえ、何なのかは分かるのですが……」
唖然とした声で尋ねるセーラに、ノアは答える。
「まぁ、見たとおり、竜だな。聖竜の似姿というか……」
そう、そこにあったのは、巨大な聖竜の像である。
きらびやかかつ荘厳に形作られたそれは、存在しているだけで周囲に圧倒的な神々しさを放っている。
こういうものを作れるのは、本当に才能のある者だけで、ノア達にはこういう才能は無いためにヘルムート達に任せて良かったと心から思ったくらいだ。
ヘルムートは元々マリーの指揮していた盗賊団の一員だが、その前職は小さな村で木工と彫金をして生計を立てていたらしく、手先が恐ろしく器用だった。
だからこそ、魔道具職人として特に力を入れて育てて来たわけだが、こういった細かな彫刻の技術はもはやパラディール商会の誰の追随も許さないところまで来ている。
そんな彼の作ったガワである。
本来なら、それだけでも芸術として披露することができる一品だった。
しかし、
「……ま、もちろんそれだけじゃない。これはただの金属彫刻じゃない。おい、ナナ、上るのはいいが、壊すなよ」
言いながら、聖竜の像に上って楽しそうなナナに注意する。
ナナは、
「わかった!」
と本当に分かったのか怪しくなるような返事を返してきたが、注意される前よりも慎重に振れ始めたのでたぶん大丈夫だろう。
ノアは話を続ける。
「あれは魔道具なんだよ、セーラ。これから俺とマリー、それにメリザンドの三人で内部機構を作るんだ。そして、《聖竜祭》に出品する……」
《聖竜祭》の期間中は様々な催し物が開催されるが、その中でも一際盛り上がるのは闘技大会と魔道具コンテストの二つである。
闘技大会について、ノアは今回出場する気はなく、見物だけすることになるだろうが、魔道具コンテストについては個人のみならず、様々な紹介がその技術を披露するためにその年の魔道具コンテストが終わった直後から一年をかけて準備するとまで言われるエルト王国最大の魔道具コンテストなのだ。
ここで出品された魔道具は売り上げが跳ね上がり、またグランプリを獲得した者は魔道具職人として最高の栄誉を得る。
それまで無名だったのに、次の年からありとあらゆる商会や工房から引き抜きがひっきりなしに来るようになった者もいるくらいだ。
だからこそ、この魔道具コンテストには国内外を問わず、たくさんの魔道具職人が出場する。
出場枠の問題もあり、予選も年間を通して行われているのだが、ノアたちパラディール商会はその枠をすでに獲得している。
「こっちに来てみろ、セーラ」
ノアは聖竜の像に近づき、上ってからセーラに向かって手を差し出した。
セーラはおずおずとノアに近づいて、それからその手を取る。
そしてノアに示されたところを見てみると、そこには穴があいていて、内部に入れるようになっていた。
ただ、そこは空洞で、中にはなにもなく、どうしてこんなところに穴があいているのかとセーラは首を傾げる。
前から見れば芸術品にしかみえないのに、背中にこんなに大きな穴が開いていては、もったいない、と。
そんな彼女の疑問を理解したのか、ノアは、
「中身が大事なんだよ、セーラ。あぁ……もちろん、外側だって大事だぞ」
と、ヘルムートに言い訳するように言ったノア。
ヘルムートは「わかってますぜ」と頷く。
「どういうことですの?」
「どういうことかは《聖竜祭》までのお楽しみ、ということにしておこう。ただ、こいつは魔道具であって、ただの置物じゃないってことさ……だいたい、分かるんじゃないか、もう」
そこまで言われて、ノアがなにをいいたいのか分からないほど、セーラの察しは悪くない。
目を見開きつつ、セーラは言った。
「まさか……動くのですか、これほど巨大なものが!?」
「そのまさかさ。まぁ、嘘かほんとかは、これからの俺たちの頑張りにかかっているわけだが……マリー、メリザンド。始めるぞ!」
そう言ってノアは二人に指示を出す。
それからセーラにはイスを勧め、作業に入った。
ナナもついでにとセーラの横に座らされた。
セーラと違うところは、彼女には干し肉が与えられたことだろうか。
どうやらこの少女は食べている間は静からしい、と理解したセーラである。
ちなみにナナは、横に座るセーラにも興味津々の様子で、しきりに干し肉を勧めてきた。
「おいしいっ!」
などと言って差し出してくるものだから、セーラとしてはどうしたものかと思ったが、貴婦人の一人として、外出先で素手で干し肉をばりばり食べる訳にもいかない。
「……とても嬉しいけれど、私は大丈夫なのよ。遠慮しないで、ナナちゃん一人で食べてもいいの」
と、若干柔らかな口調で告げると、ナナも理解したらしく、
「ありあと!」
と言って差し出した干し肉を自ら処分し始めた。
その様子は幸せそうで、セーラも自分に食べられるよりは干し肉もこの少女に食べられた方が幸せだろうと、少し微笑んだのだった。




