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第19話 工房

「久しぶりの王都はわくわくします!」


 王都の町並みを歩きながら、セーラがそう言ってノアに微笑みかけた。

 昨夜はフィガール侯爵とセーラと共に夕食をとったのだが、その際に、明日、工房に行くという話をしたら、ついでにセーラも一緒に行ったらどうか、という話になったのだ。

 ノアとしては全く構わないのだが、セーラも王都に知り合いの令嬢が何人もいる。

 十四になる来年からは王都にある王立学院に通うことも決まっており、今回の訪問は《聖竜祭》への参加だけでなく、その下見も兼ねている。

 したがって、一緒に行くこととなるだろう顔見知りの貴族令嬢達といろいろと話もあるだろうと思っていたのだが、セーラ自身に聞いてみれば、そう言ったことはもう少し後に予定を入れているということだった。

 なぜか、と聞けば貴族令嬢を尋ねるにはそれなりの準備というものがあって、王都についたからと行ってすぐに尋ねる、というのはあまりしないのだという。

 ある程度以上仲が良かったり、緊急の事態があれば別だが、そうではない、今回のような訪問の場合は日を置くのが礼儀にも適うということだっった。

 だとしてもついた次の日に尋ねるくらいはいいような気がしたが、そこは押し切られてしまった。

 理由を聞こうと思ったノアだったが、あまり聞かれたくないらしく、あからさまに話を逸らすのでまぁいいかとあきらめて、今日、こうしてセーラと連れだって歩くことになったノアである。


 ちなみに、ノアとセーラの横にはナナもおり、また三人の後ろにはマリーとメリザンドの二人が無言でついて歩いている。

 明確に貴族かそれに準じる大家の子息だとあからさまにわかってしまうような集団だが、王都にはそう言った集団が他にもちらほらと見受けられる。

 特に今の時期は多くの貴族、貴族子女が王都にやってきているため、それほど目立たないし、注目を集めることもない。

 むしろ、セーラの安全を考えると、こうした方がいいくらいだ。

 なぜなら、こういう風にしていれば、ノア達に手を出せばいつもよりも警戒を強くしている王都の治安騎士団が即座に群がって不届き者を一瞬で捕縛してしまうからだ。

 《聖竜祭》の最中になれば、さすがにスリやかっぱらいを彼らが捕まえるのは難しくなってくるが、今くらいの時期であればほぼ百パーセント検挙されるので、この時期はこのような形式で歩いていても安心なのだった。


「オストの街並みも素朴で美しいが、王都はやっぱり国一番の都だけあって壮麗だからな。確かに歩いているだけでも楽しくなってくる……。この時期は飾り付けも増えてきて、余計にな」


「ええ、いろいろな国の人たちが来ているのも分かりますし……それをみているだけでもわくわくします!」


 ノアの言葉に嬉しそうに答えるセーラである。


「うー! あれは?」


 そんな二人の横を歩きながら、見るものすべてが珍しいらしいナナは、ことあるごとに街中にあるものを指さしながら、その名前やどんなものなのかを尋ねてくる。

 その好奇心は旺盛で、一回聞けば覚えてしまうほどだ。

 今回彼女が指さしたのは、曲がりくねった角を三本つけた、大きな翼を持つ水色の竜の飾りである。

 街中にある魔力灯にいくつもぶら下げられているもののうちの一つであるそれは、《聖竜祭》のときに毎年見られる光景だ。


「あれは、"聖竜"だよ。かつてこの国……エルト王国建国の時に舞い降りて、初代国王に『この地に国を興せ』と告げたらしい。当時、初代国王はただの流民で、生まれてからずっと、そんなことを考えたこともなかったらしいが、その言葉を聞いた途端、未来の光景が見えたと言う。この地に、巨大で荘厳な都市がある様をな。それ以来、我が国はあの"聖竜"を祭り、崇めているというわけ……って、ちょっと難しかったか」


 話の途中で興味を失ったのかノアの方を見ていないナナである。

 ただ、街灯にぶら下がっている聖竜の飾りには興味があるようで、


「……せいりゅう」


 と一言ぽつりとつぶやいたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 王都のはずれにあるその工房の中は立地を反映して中々に広く、熱気がある。

 ただ、広さの割にそこで活動している者のほとんどは亜人と呼ばれる、ヒューマンから見ると異形の目立つ者達ばかりだった。

 ヒューマンも僅かながらに存在するが、彼らは本来オストで働いている者達で、今は出張のような形でこちらに来てもらっている。

 いずれオストに戻ることになるから、それまでにどうにかして王都専属の魔道具職人を雇い入れたいと考えているノアであった。


「ノア様! よくいらっしゃいました!」


 そう言って出迎えたのは、王都でパラディール商会を取り仕切っている番頭のヘルムートであった。

 髭面の強面であり、とてもではないが商人には見えないその容姿。

 彼もまた、パラディール商会における主要な労働力である元マリーの手下の一人であり、ノアに挨拶しつつもマリーを気にしている様子だった。

 ノアもそんな彼に笑って、


「そんなに気になるなら話しかければいいだろ? 俺は気にしないぞ」


 と言った。

 しかしヘルムートはその恐ろしげな顔を申し訳なさそうな表情に変えて、


「へぇ……でも、俺たちの直属の上司はノア様ですから……」


 と、あくまでノアを立てる態度をとる。

 これが街中や人前だったらノアも黙って受け取るかもしれないが、今ここにそう言った人目はない。

 職人達は皆、顔見知りであり、そう言う意味で気を遣う必要はなかった。

 だからノアはひらひらと手を振って、


「ま、だとしても今は気にするな……マリー」


 と言ってマリーを呼び、ヘルムートと話をさせることにする。

 マリーはため息をついてヘルムートに向かうと、


「全く……私はただのメイドなのですよ? それに対して、貴女は今や巨大商会となったパラディール商会の王都支店の番頭なのです。それなのに……」


 身分はともかく、客観的に力があるのはどちらかと言えばヘルムートの方だろう。

 しかし、ヘルムートのマリーに対するそれは、あくまでもボスに従う手下のようである。


「そうはいいやすが、首領……おっと」


 若干砕けた口調になり、言い掛けた台詞に口を押さえたヘルムートに、マリーはあきれたような顔で、


「もう首領ではありません。気をつけてください……」


 しかしヘルムートは笑って、


「分かってますよ。ただの冗談でさ……しかし、今日はまた、別嬪さんばかりで……いったいどうなすったんです?」


 ノア達に向き直って首を傾げた。

 この場合の別嬪、とはメリザンドとマリーを覗いた二人の少女のことを指している。

 メイド二人は見た目だけなら客観的に見て中々見あたらないほどに美しいのだが、この工房においてはあまりにもありふれているというか、よく来ているのでもう見慣れたらしい。


 しかし、ナナとセーラは別だ。

 ヘルムートの言葉に、俺が答える。


「あぁ、セーラは知ってるよな……で、こっちは俺の侍女のナナだ。見学させるから、よろしく頼む」


 セーラについては、オストでもたまに商会に連れてきていたから、ヘルムートも特に不思議には思わなかったようだが、ナナについては大きく首を傾げた。

 それからヘルムートはマリーの近くに寄って、その耳元でささやく。


「首領……」


「ですから、首領ではありません」


「すいやせん……マリー殿、あの、ノア様はもしや……そう言った趣味に目覚められたので?」


 と失礼な台詞を言う。

 なので俺が、


「……おい、聞こえてるぞ」


 と静かに言うと、マリーが、


「からかうのはやめておきなさい。今のは少し本気で怒っています……あの娘については、すでに私とメリザンドでからかいきったので、これ以上は危険です」


 とアホみたいなことを言ったので、なんだか力の抜けたノアだった。

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