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第17話 家族紹介

「……そんなに美味しいですか、それ」


 マリーが首を傾げながら見ているのは、ノアが連れてきた竜の魔術の使用できる少女、ナナ=ザハークである。

 ナナは今は、手に何かを持ってガジガジと噛みながら幸せそうな表情をその幼い顔に浮かべているところだった。


「まぁ、高級品には違いないしな……しかし、うちの料理長が悲しむぞ。あれだけ手間暇かけて作った料理の数々より、こっちを選ばれた日には……」


 ノアがため息をはいてそう言った。

 ナナの手に握られているもの。

 それは干し肉であった。

 《聖竜祭》の関係者たちが毎日やってくるフィガール館であるが、その際にほとんどの者が贈り物を持参してくる。

 その中にあった一品、最高級肉牛の干し肉である。

 干し肉とはいえ、フィガール侯爵家への贈り物として選びに選び抜かれたものだ。

 その製造にもかなりの手間暇がかけられており、また味も一級品であるのは間違いない。

 ノアもその味は好きであるし、小腹が空いたときや旅の空ではかなり重宝するものでもある。


 ただ、それでもやはり料理人がその手で作った芸術品のような料理と比べるとどちらが美味しいかと問われればその答えは一つしかない。

 もともと保存食であり、味よりは長期保存の方に力が置かれているものなのだから、それで仕方ないのだが、しかしナナは料理人の作った料理よりも、こちらの干し肉の方がお気に入りらしい。


 干し肉を持参して尋ねてきた客人がこの干し肉の入った木箱をノアに差し出したのをドアの隙間から覗いていたらしく、客人が帰った直後からおねだりが始まったくらいだ。


「たべたい! たべたい!」


 マリーの言語教育もある程度進み、ナナの言語能力は以前と比べ、かなりの進歩を見せているが、よく使うのはこの言葉であった。

 ほとんど最初の方に覚え、それ以来、こればかりである。

 やはり食い気が一番最初に立つのだろう。

 過酷な森の中で数年間生活してきたことを思えばそうなるのも仕方ない気がするが、それにしても見た目と比べると少し残念な気がしないでもない。

 干し肉をばりばり食べているナナの身につけているものは、以前とは異なり、上質な仕立てのアイスブルーのドレスで、その容姿と相まって非常によく似合っている。

 貴婦人のような美しさ、という訳には行かないが、ほほえましくなるようなかわいらしさがあり、またよく観察してみると彼女の将来が見えてくるような秘められた美しさが感じられるようなものだ。


 それなのに干し肉を食べて口の周りを汚しているその様子を見れば、残念さもわかろうというものだ。

 ただ、こればかりはどうしようもない。

 マナーも少しずつ教えており、何とかナイフとフォークの使い方は覚えたのだが、それでもまだ使い方がわかったという程度に過ぎない。

 前途多難だが、そこら辺はマリーたちにがんばってもらうことにしようと考え、ノアはナナの惨状を諦めた。


「しかしそれにしてもうまそうに食べるな。そんなに気に入ったのか?」


 ノアがナナに尋ねると、


「おいしい!」


 と帰ってきた。

 食べ物関係の単語はほとんど完璧かもしれない。


「それは良かったな……」


 といいながらナナを撫でるノアであったが、マリーが、


「……今は構いませんが、食べ終わったら手を洗ってお口を拭くのですよ。何せ今日は……」


「あぁ、そうだな」


 ノアは頷く。

 なにもフィガール館にいる間、ずっとドレスなど着せている訳ではない。

 いつもは上質ではあってももっと動きやすいものを着せているのだが、今日は理由があってドレス姿なのだ。

 たとえどんな服装であっても特に問題がないような相手ではあるのだが、一応、ということである。


 しばらくして、部屋にメイドが一人入ってきて、


「……お館様と妹君が参られました」


 と一言告げた。

 今日、ここに来る人。

 それはノアの父、フィガール侯爵とノアの妹、セーラであった。


 ◆◇◆◇◆


「ノア! それにマリーとメリザンドも元気だったかい?」


 そう言いながら老メイド、アリアと共に部屋に入ってきたのはフィガール侯爵、アルトゥール=オド=フィガールと、その娘でありノアの妹であるセーラ=コル=フィガールであった。

 フィガール侯爵は金色の髪を持った比較的細面の美男子であり、とてもではないが16の子供がいるようには見えない。

 メガネをかけたその姿は貴族と言うよりは学者に近いが、決して運動不足ではなく、その服の下にはよく鍛えられた肉体があることをノアは知っている。

 文武両道の男なのだ。

 また、さすがに侯爵らしい覇気とカリスマ性を感じさせる。

 そこに立っているだけで自然と頭を下げたくなるような、そしてそのことに喜びを感じてしまいそうになる選ばれた者にだけ与えられる雰囲気があった。


 対して、その後ろに物静かな様子で立ち、ノアたちを見つめているのはノアの実の妹であるセーラ=コル=フィガールであった。

 父譲りの艶のある黄金の髪を持ち、その瞳は夢見るように青く輝いている。

 現在13歳であり、ノアの三つほど下になる彼女について、ノアは仕事に忙しく、あまり構ってやれていない。

 しかし、セーラは思いのほか、ノアに懐いていてくれて、


「おにいさま!」


 そう言ってかけだし、ノアに抱きついてきた。


「おっと……」


 完全にノアに体重を預けるような形で飛び込んできたセーラを抱き留めるノア。

 マリーとメリザンドはノアの前とは違って、メイド然とした様子で静かに目を伏せ、フィガール侯爵に挨拶をする。

 見るからに完璧なメイド、と言ったその様子にノアはセーラを抱き抱えつつ若干眉をしかめるが、これは仕方ない。

 彼女たちのノアに対する態度は、あくまで事情を知っている者の前でだけ、なのだから。

 彼女たちは父や妹の前では仮面を被り、ほとんどそれを外すことがない。


「父上、遠いところ遙々よくいらっしゃいました。セーラもよく来たな。オストからなんて、疲れただろう?」


 と父と妹に家族としての顔を見せるノア。

 メイド二人を観察すれば、無表情だがその瞳に面白がっている色を見つけてなんとも言えない感情になる。

 しかしフィガール侯爵もセーラもそれに気づいてはいない。


「いやぁ、やっと仕事が片づいてね……《聖竜祭》には毎年必ず参加してきたんだけど、どうしてもいつもぎりぎりになってしまう。もう少し早ければ陛下にも謁見できたのだろうけど、今からじゃ、無理だろうね。君がうらやましいよ、ノア」


 とフィガール侯爵がノアの肩を叩いた。

 国王陛下は現在、様々な国や地域からやってきた者たちとの謁見でそのスケジュールはほとんど埋まっており、今から謁見を申し出てもよほどの事情がない限りは会うのは難しいからこその言葉だった。

 ただし、フィガール侯爵が謁見を申し出れば国王は嬉々として、予定を内務大臣に調整させるのだろうが、ただ、会いたいというだけでそんなことをさせるわけにはいかないという配慮で、それをしないのだろう。


「おにいさま、国王陛下に謁見されたのですか?」


 セーラが父の言葉に驚いたように言う。

 国王との謁見など、父のような国の重鎮であるならともかく、その息子に過ぎない立場のノアのようなものが一人でするなど、普通はあまりないことだからだ。


「あぁ。と言っても、陛下ご自身が俺に用があったわけではないみたいだけどな」


「と、申しますと……?」


「エヴァ殿下が俺と雑談したかったみたいだ。セーラにも会いたいって言っていたから、そのうちな」


 実のところ、エヴァとセーラは知り合いである。

 かつてエヴァがオストの地を訪れたときに知り合い、仲良くなったらしく、それ以来の関係だ。

 よく手紙のやりとりもしているようで、


「あぁ……エヴァさまは近頃おにいさまが忙しすぎるのか訪ねてくれない、としきりにおっしゃっておりました。ですから、何度も王都に行かれては、と申し上げておりましたのに」


 セーラが頬を膨らませてそう言った。

 確かにここ一年くらい、顔を合わせるたびにそんなことを言われていたような記憶があるが、それはそういうわけだったらしい。


「なんだ、それなら父上とではなく、俺と一緒にくれば良かったのに」


 そう言うと、セーラは少し憤慨するように、


「エヴァさまはおにいさまとお二人でお話ししたかったのですわ。私、気を利かせましたの」


 とませたことを言った。

 ノアはメリザンドとマリーにその瞬間目をやったが、二人とも我関せずと言った感じでつーんとした表情をしている。

 こう言った話は苦手なノアとしては、どうにか話を逸らしたい……と思ってきょろきょろしたところ、アイスブルーのドレスを纏った少女ナナが目に入った。


「おっと、そうだ……紹介しなければな」


 とノアが目をやったナナに、二人も視線を動かす。


「あぁ、いつになったら紹介してくれるのかと思っていたよ」


「かわいい女の子ですけど……」


 と二人も気になっていたらしい。

 ノアは、ナナを紹介すべく、彼女の背を押して、前に出した。

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