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第16話 育ての親

 実のところ、ノアはもちろんのことマリーとメリザンドも魔道具職人として熟練と言ってもいい技術を持っていた。

 というのも、パラディール商会を立ち上げた当初はマリーとマリーの仲間の元盗賊たちしか従業員がおらず、またノアの作りだそうとする魔道具の機密性を守る必要があること、そして試作のために幾度となく既存の職人との間でやりとりするよりはいっそ自分たちで作った方がいい、という結論になったからだ。

 

「久しぶりに三人だけで作るわけですかー。私はなんだか楽しそうなので構いませんが、ノア様とマリーさんにそんな暇があるのですか?」


 メリザンドがほほえみつつ尋ねた。

 ノアは気楽な侯爵子息であるとは言え、いずれ父の座を継ぐことがほとんど確定している存在だ。

 聖竜祭の時期には様々な土地から貴族や有力者達が王都にやってくるため、ノアは比較的忙しく動かなければならない立場と言えた。

 その補佐を務めるマリーも同様であり、とてもではないが雑務に関わる余暇などありそうもない。

 しかし、この二人はそういう意味では尋常ではなかった。


「暇なんて作るものだろ? それにまぁ……夜会をちょっとさぼるくらいならありなんじゃないか。おかしなのに寄ってこられても困るところだしな」


 ノアがそう言うと、マリーもうなずく。


「商会を立ち上げたばかりの頃はうつけ者扱いされていたノア様も、今では夜会にご出席されればありとあらゆる貴婦人が寄ってこられますからね。ずいぶんといい思いをされてきたのでそう言ったものには少し食傷気味でしょう。たまには汗水垂らして働くのも健康的でいいのでは?」


 そんな言葉に、ノアは心外そうに、


「まるで俺が不健康な生活ばかりしているように言うなよ……正直言って、化粧くさい貴婦人なんて俺は苦手なんだ。どうせなら町娘くらいのほうが話してて楽しい」


「……そんなことをいいながらも、そこに色気の欠片も感じられないのがすごいですね。町娘と話すというのは、あれでしょう? 次になにが売れるか、若い女性がなにを欲しているのかを調べるため、なのでしょう? 貴婦人はいつも宝石やら服飾品やらと需要が分かりやすいから市場調査はあまり必要がない、と」


 図星を指されたノアは眉をしかめるが、


「別にいいだろ。それこそ隠し子騒動に発展する心配がないってことじゃないか」


 それはその通りだが、ノアももう十六歳である。

 いずれ結婚というのも考えなければならず、けれどそう言ったことに全く興味がないというのも問題と言えば問題だった。

 とは言え、ノアにそう言うことを期待しても無駄なのはメイド二人もわかっていた。

 なにせ、国内最高峰と言われる美女に迫られてもそれほど嬉しそうではないのだ。

 他の誰が迫ったところでどうにもならないだろう。


 だからこの話はここでやめようとマリーは話を変えた。


「それもそうですね……ま、工房へは明日にも行くこととして、次はこの娘について話しましょうか」


 と、未だに飽きずにコロコロくん三号で遊んでいる白銀の髪の少女を見る。


「と言っても、当面はエルト王国語を教えるところからだろうな……少しは覚えたか?」


「まだほとんど……単語をいくつか、というくらいですね。それと、名前なのですが……」


「あぁ、それもあったな」


 ノアは少女にいろいろ聞いているのだが、その中に"名前がない”というのがあった。

 育ての親がいたということはわかっているのだが、特に名を呼ばれることもなく、またその育ての親自身も自らの名前を名乗ることはなかった。


「なんだかあんまり愛情のない方だったのですかね?」


 メリザンドがそう首を傾げたが、ノアは首を振った。


「いや? そうじゃないぞ。こいつの親は竜だからな。竜には自らの名前を名乗る、という習慣はあまりない。人間に合わせて名乗ることはあるらしいが……」


 と語ったところでメリザンドとマリーが目を見開いた。


「ちょ、ちょっと待ってください! 竜が、親って……!?」


「私も初耳でした……なぜ教えてくれなかったのです!?」


 そんな風に叫んで。

 ノアは少し目を中空にやり、それから少し間をとって、


「……あれ、言ってなかったか?」


 ととぼけた様子で言った。

 二人はぶんぶんと首を振り、詳細についてノアに尋ねたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「……赤竜に育てられたとは……驚きですね。そもそも竜が人の子を育てるなどと言うことがあるのですか?」


 マリーが尋ねるとノアが答える。


「どうなんだろうな? ただ、少なくとも俺は初めて聞いたぞ。しかも聞けばかなり大きかったみたいだし、言語も解したってことだから、相当の年を経た竜だったことは確実だな。偉大なる竜って奴だ……で、少し考えてみるとナナトラ火山の大火竜ザハークが八年前に行方不明になってそれきりだ。もしかして……と思わないでもない」


「大火竜、ですかぁ……とんでもないものに育てられたんですねぇ……」


 メリザンドが感嘆のため息をはく。

 マリーも、


「だとすれば吐息ブレスなどというものが使えたのも納得できないではありません……。しかし、人に竜の魔術を教えて身につけさせてしまうほどの英知を持っているものなのですね、偉大なる竜というものは……」


「俺も生まれてこの方・・・・・・・会ったことがないからな。大火竜がどれほどのものかはわからないが、出来ることなら敵対したい存在じゃない。ま、しかしこいつの親が竜であることはとりあえずいいだろう。それよりも、こいつの名前だ。どうする?」


 とノアが本題に話を戻す。


「うーん……女の子なんですから、やっぱりかわいい名前がいいのでは?」


 メリザンドがそう言うが、ノアは顔をしかめて、


「お前、俺がかわいい名前なんて思いつくと思ってるのか?」


「意外と少女趣味なところがありそうですから、思いつけるのでは? 編み物とかよくやってるじゃないですか」


「あれはあくまで魔術を糸に織り込む魔道工芸だろうが! 好きな男にマフラー作るのとは違うってわかって言ってるだろ、お前」


 少し憤慨したノアに、メリザンドは口笛を吹きながらとぼけるように、


「いやぁ……」


 と言った。

 そんな二人を見てあきれたような顔を浮かべたマリーが、


「……まぁ、ちょうどいいですから、名字の方はザハーク大火竜からいただけばよろしいのでは?」


 と案を述べた。

 ノアにしてもメリザンドにしても、特に何か案があるわけでもなく、それでいいか、という雰囲気になる。


「でも名前は……」


 と言ったノアに、マリーはさらに言った。


「そこもナナトラ火山からいただくということで……ナナ=ザハークということでどうでしょう?」


 と言った。

 なるほど、名字は仰々しい気がするが、名前の方はまだ女の子らしい気がする。

 ノアはうなずいて、コロコロくんで遊んでいる少女に尋ねてみた。

 すると、彼女もそれで納得したらしい。


「よし、話はついたぞ。今日からこいつの名前はナナ=ザハークだ。そういうことでよろしくな」


 とナナの背を押して言ったノア。


「ナナちゃん、よろしくお願いしますねっ」


「ナナ、よろしくお願いします」


 と二人のメイドがナナにそう言って握手を求めたので、ナナはノアを見上げる。

 するとノアが耳元に口を近づけて握手の作法について説明したらしく、ナナは、


「……うー」


 と言って、手を差しだし、二人の手を握ったのだった。

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