第15話 秘策
ウォロー公爵、ボリス=デフ=ウォロー。
ノアの父であるフィガール侯爵の政敵であり、ノアもまた敵対しているといってもいい相手である。
表向きはそう言った部分を出すことはしないが、していることだけ見ればはっきりと仲が悪いことがわかるほどだ。
さらに、エルト王国において国王を除く貴族の最高位である公爵の位にあり、しかも実際にそれに見合った権力と財力を持っているため、早々につぶしてしまえと言うわけにもいかないところがやっかいである。
ウォロー公爵家にしても、十代ほど前の王弟が下って爵位を賜ったところから始まる家なのだが、その時の当主が非常に優秀で、エルト王国国内の交通網の整備に大きな功績があったために、公爵位にまで出世し、その後も優秀な人物を輩出し続ける名家として有名である。
実際、ウォロー公爵家には現在、当主であるウォロー公爵に四人の子供達がいるが、いずれも非常に高い能力を持った優秀な存在として国内の貴族で知らない者はいない。
特に長男マテウスと長女アラベルはその容姿も能力も教養も他に並ぶ者なしとまで言われるくらいである。
ただ、問題があるとすれば、ただ能力だけを見れば優秀な人物なのは間違いなくとも、実際に接すると正直言ってお友達になりたくないような二人であるというところだろうか。
二人とも、ノアとはいろいろな意味であまり仲良くなかったりする。
まぁ、それはともかくおいておき、今はウォロー公爵自身の話だ。
「魔道具職人を雇えないってことだが……具体的にはなぜだ?」
ノアがメリザンドに尋ねると、
「聞かなくてもおわかりかもしれませんが……ウォロー公爵が技術省大臣でいらっしゃるからですよ。王都魔道具職人組合に圧力かけまくりってことですね」
それを聞きノアは顔をしかめる。
「いくらあの人でもそこまで露骨なことするのか……?」
ノアには協力するな、と言うのは簡単だろうが、そこまで言ってしまうと外聞が悪いだろう。
表向き、フィガール侯爵とウォロー公爵は悪くない関係であるのだ。
息子についても極端に不利な扱いをするのは問題だ。
しかしメリザンドは、
「それは忖度させてるんじゃないですかね? 何度か王都魔道具職人組合に話を持って行ったときの組合長なんかの口調からするとそういう感じでしたよ。"俺は構わねぇんだが……上がどう思うか気にする奴が多くてな"みたいなこと言ってましたから」
「また芸の細かいことを……まぁ、ただ、表向き仲良くても裏側では仲があまり良くないと言うのはほとんど周知の事実だしな。気にする職人がいても仕方ないか。しかも、ここはウォロー公爵の領地ではないにしても、ある意味、彼の権力が最も強いところだ……俺たちがそういう扱いを受けるのも……腹が立つがどうしようもない部分がある」
そんなノアの言葉に、マリーが不思議そうに首を傾げる。
「……ノア様にしてはずいぶんと弱気なお言葉ですね? いつもなら叩き潰してやる、くらいのことはおっしゃりそうなものですが……」
「お前は……俺をどんな人間だと思ってるんだ」
その台詞に答えたのは、メイド二人であった。
まずマリーが、
「自信過剰で、自分が優秀だと思っていて……」
続けてメリザンドが、
「傍若無人気味で、でも実際に腹立たしいくらいいろいろなことが出来てしまって……」
そして二人そろって、
「つまりは人の劣等感を刺激する自信家です」
と言い切った。
そんな二人のメイドにノアはため息をつき、
「なるほど、どういう風に見られているかよくわかったよ……でもなぁ、俺は別に自信家じゃないし、出来ないことはやらないぞ。ただ単に合理的なだけだ。まぁ、たまには少しくらい無理はするが……そういう時は大概賭けだ。人生にはそれくらいしないといけないときがあるってことは十分わかってるからな……」
と妙に悟ったような台詞を言う。
現実に、この少年が自ら言ったとおりの性質を持っていることを二人のメイドはよく知っていた。
想像も出来ないようなことをやったり、その年齢にしてはあまりにも強力すぎる戦士だったりするなど、それこそただの自信過剰な馬鹿になっても仕方がないような才能を持っているノアであるが、現実にはすべて計算と思索の末にやっていることであって、早熟な若者にありがちなもって生まれたもののみで生きているようなところは一つもないのだ。
それこそよく、彼自身が言うように二度目の人生を生きている、ということならそうなるのも納得できるが、そんなことがあるはずがない。
だから、こんな性質を持った少年がこの世にいる、というのは未だに二人にとって衝撃を与え続けている事実だった。
「おい、黙り込んでどうした?」
ノアの言葉にはっとしたメイド二人はお互い顔を見合わせて、同じことを考えていたことを悟る。
それからマリーが、
「いえ、おかしな人を主にしてしまったのだな、と思いまして」
というと、メリザンドも、
「全くその通りですね!」
といい笑顔で笑った。
そんな二人にまたあきれたような顔をしたノアであるが、もう諦めたのだろう。
ため息をついて、
「まぁ、いい……」
と言ったのだった。
◆◇◆◇◆
「王都での商売の難しさについてはわかった。《聖竜祭》も近いし、これから職人をスカウトしようとしても難しいところがあるだろう。その辺は、祭りが終わるまで保留だ」
ノアの言葉に、メリザンドが首を傾げて言う。
「あれ、いいんですか? 《聖竜祭》は商会の技術力を見せるにはちょうどいい機会だからそれまでに魔道具職人の頭数をそろえておけっておっしゃってたのに」
事実、ノアはだいぶ前にそういったことを言いつけていたが、今更である。
「ここまで来たらもうどうしようもないだろ? 今誘ったってたとえウォロー公爵の圧力がなくたってとりあえず保留にされるぞ。祭りが終わるまで待ってくれってな」
マリーがそれに頷き、
「それはそうかもしれませんが……でしたら、《聖竜祭》での宣伝の方は諦めるのですか? 王都にこの時期ほど人が集まるのは他にありませんよ」
と尋ねる。
それは彼女の言うとおりであることをノアも理解していた。
しかし、一部分間違ったところを上げるならば、ノアは別に諦めた訳ではなかったということだろう。
「……別に、魔道具職人の頭数はいるだろう?」
「どこにです?」
マリーが首を傾げると、ノアは人差し指をピンと立て、
「ここと、ここと、ここに、だ」
そう言って、自分とマリーとメリザンドを示したのだった。




