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第10話 絶叫

遺産アーティファクト……? そんなものいつの間に!? もしや、侯爵家の宝物を勝手に持ち出したりなどされたのでは……!?」


 一気に顔を蒼白にして冷や汗を浮かべながらマリーはノアにそう尋ねた。

 迷宮出土品の中でも遺産アーティファクトと言えば、場合によっては国宝として扱われるクラスの品である。

 いくら侯爵家の継嗣であるノアといえど、そんなに簡単に持ち歩けるようなものではない。

 それなのに彼が今それを持っている、ということは侯爵家の屋敷の中でももっとも厳重に管理されている宝物庫から拝借してきたのではないか、という疑念がマリーの中に生じたのも無理のない話だ。


 しかしノアは首を振った。


「……まさか。さすがに俺も親父にそんな迷惑をかけるつもりはないさ。これはだいぶ昔に俺が自分で探し出してきたものだよ。マリー、お前が俺たちの仲間になる前だな」


「そんな昔から……いえ、言われてみると、確かに初めて会ったときにはすでに身につけておられましたね……」


 言われてみて、記憶の中にあるノアの姿に確かにその腕輪があったことを認める。

 しかし金目のものだ。

 なぜあのとき、自分の仲間たちは彼から奪わなかったのか、ということと自分もまた奪おうとはしなかったな、ということに首を傾げる。

 そんなマリーの表情を理解したのか、ノアは、


「あのときはしっかり幻惑魔術をかけていたからな。お前らの意識には上らなかっただけさ。ま、ともかく……そういうわけだからな。これは名実ともに俺のものってわけだ。だからそれほど心配しなくていいぞ。ジョゼフはそんなに怖いか?」


 そう言って笑う。

 ジョゼフ、というのはフィガール侯爵家全般を取り仕切っている家令であり、メイドとしての知識や技術について何も知らなかったマリーにそのすべてを厳しくたたき込んだ、いわば彼女の師匠とも呼べる人物である。

 マリーがフィガール侯爵家において唯一恐れ、またはっきりと敬っている人物で、実のところノアもあまり頭が上がらなかったりする。

 マリーはノアの言葉に垂らしていた冷や汗を拭って頷き、


「当然です……もしもノア様が宝物庫の品に手をつけたということがジョゼフ様の耳に入れば……私もノア様もただでは済みませんよ?」


「あぁ、そうだろうな……だから俺もそんな危険は冒さないさ。竜の尻尾を好き好んで踏みにいくほど俺も命知らずじゃないんでな」


 マリーの言葉にノアも素直に賛成する。

 それから、マリーは、


「しかし、私がノア様のメイドになる前も様々なことをされていたとは聞いていましたが、まさか迷宮にまで足を延ばされていたとは驚きました。十歳よりも小さな時……ですよね?」


「そうだな。だから基本的には館の奴らには内緒にしてる。メリザンドだけは知ってるがな。あいつが共犯者だから」


「なるほど……それで他の皆は知らないと。全く、本当に侯爵家令息なんだかわからなくなりますが……」


 同僚であり、かつて辛酸を嘗めさせられた相手でもある適当メイドの何も考えてないような笑顔を思い出しながら、マリーはそうつぶやいた。


「そう言うなよ……俺は割といい貴族子息だと思うぞ。親の言うことはよく聞くし、馬鹿はやらないし、金も無駄遣いはしない。王女殿下とも仲良くて、国王陛下からの覚えもめでたいしな。これ以上望むのは欲張りだろ?」


 ふてぶてしくそう言いきったノアに、マリーはため息をつく。


「そういうところがなければ確かに、完璧なのかも知れませんね……」


 と。


 ◆◇◆◇◆


 馬車が王都に近づいた頃、


「……う……ん……」


 と声を漏らして、少女がゆっくりと目を覚ました。

 しかし、寝ぼけるような雰囲気も一瞬のことで、即座に、カッ、とめまぐるしく瞳を動かして周囲を把握すると、


「……!! ……!!」


 なにやら判別の出来ない不可思議な言語で叫んだ。

 ノアとマリーは顔を見合わせ、


「……おい、マリー」


「えぇ……何を話しているのかわかりませんが……」


「そりゃあ、そうだろうな。こいつが喋っているのは古王国の言葉だぞ。まさか今の時代にこんなもの喋る奴がいるとはな……」


 古王国、とは遙か昔に滅亡したと伝えられる古い国家だ。

 巨大な国土と高度な文明を持ち、世界を席巻したとも伝えられるその国だが、ある時を境に急にその存在を消滅させる。

 その時代の資料はほとんど残っておらず、伝説の中にのみある、本当は実在しない国家なのではないかとまで言われる国だ。

 ただ、古王国由来と言われるものは現代にも多く残っており、その一つが言語だ。

 この大陸で話される言葉は大なり小なり古王国の言語から影響を受けていることは多くの言語学者の認めるところであり、本来の古王国の言語もある程度復元されているのである。

 それを専門に研究する学者もおり、教養として学ぶ貴族もいないわけではないものとなっている。

 ノアはまさにその教養として学び、知っていたのだろう。

 マリーにはわからないが、確かに少女の喋ったものと同じような雰囲気の言葉で少女に話しかけた。


「……? …………!」


「………! ………!」


 そんなやりとりが何度か続き、今にも暴れ出しそうだった少女が肩の力を抜いたのはしばらくした後のことである。

 そのあとは比較的穏やかで、ノアにも笑いかけて、非常に感じのいい娘であるようだ。


「……話がまとまった、と見てよろしいのでしょうか?」


 マリーが尋ねると、ノアは答える。


「あぁ。どうも色々複雑な事情があるみたいだが、悪い奴じゃないぞ。食い物をくれるならどこへでもついていくと言ってる。襲いかかって悪かった、いい匂いがしたんだ、ともな」


 その言葉にマリーは馬車の積み荷を見てから、


「……確かにそれなりの量の食料は積んでいますが、箱は密封してありますから匂いなど漏れるはずが……」


「どうも鼻の利きが尋常じゃないらしいな。試しに何を積んでるか聞いてみたら全部当てたぞ、こいつ」


「……何者なんですか?」


「さぁ? よくわからん。ただずっとあの森に住んでたとか言ってるからな。孤児かなんかなんだろうが……強いのはあの森で成長したからかな? 環境がここまで人を強くするんだったらメリザンド辺りを一年くらいあの森の投げ込んでくるかな……」


 と真面目な顔で検討し始めたあたり、ノアも普通ではない。


「ま、ともかく、こいつについては保留だ。暴れないって約束したしな。基本的には大丈夫だろう」


「保留って……どうするのです? 孤児院に?」


「おい、そんなの無理に決まってるだろう? あの戦闘力だぞ。預けたら孤児院が壊滅する……だから、俺の手下になってもらう。何、本人も割と乗り気だぞ。食い物と交換だとさ。安いもんだ」


「なんて原始的な……」


 ため息をついたマリーだったが、ノアの言うとおりで済むなら確かに安上がり極まりない。

 あれほどの戦闘力を有する者をまともに雇おうとしたら金貨数十枚が平気で飛んでいくのだ。

 それを考えれば破格と言ってもいい給金なのかも知れなかった。


「しかし……言葉の方は? 何かしらの公用語か、エルト王国語は話せないのですか?」


「無理らしいな。今喋ってる言葉以外にも言葉があると聞いて驚いていたぞ。知識欲も旺盛みたいだ。だからマリー……お前、教えてやれ」


「え……」


 突然押しつけられた仕事に一瞬言葉の止まるマリー。

 しかし、


「……!! ……!」


 少女は輝かしい目でマリーを見つめており、見る限り、なんだか断りにくい雰囲気であった。

 マリーが仕方なく頷くと、少女はマリーにのしかかってきて、べろべろ顔を嘗め始めた。


「ちょ、ちょっと! 何するんですかっ!?」


「常識もちょっと欠けてるらしい」


 ノアが言い忘れた、という感じで付け加えたその言葉に、マリーは珍しくそのクールな表情を崩して絶叫した。


「ちょっとじゃないですぅぅぅぅ!!」

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