表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CROSS WIND  作者: 暇脳達弥
9/13

第九話「躊躇い無き男達」

作中に登場する固有名詞は、実在のものとは一切関係ありません。

翌朝。


「…ししょ〜」

「朝から何情けない声出してるんですか。」

「寝不足なんですもん〜。ずーーーっと監視されてると思うと、緊張で眠れなかったです〜。」

「まったく…そんなことでは、いざって時に実力を発揮することが出来ませんよ。もっと精神的にタフになりなさい。」

「言うのは簡単ですけど〜…」

「おはよう、お二人さん。」

「あ、おはようございます。黒戸さん。」

「………。」

「…伊吹。何で、私の後ろに隠れてるんですか?」

「ふふ、警戒されちゃってるわね、私。」

「当たり前ですっ!四六時中監視される側の身にもなってください!」

「あらあら…監視じゃなくて観察なんだけどなぁ。」

「やってることは一緒ですっ!」

寝不足などどこへやら、といった感じの伊吹に、苦笑する風樹とクスクス笑う影葉。それに対し、ますますムキになる伊吹。なんとも平和な朝の光景だった。



午前。炎龍党ジム。



「さすが、日田炎護の指導を受けてるだけあるわね。みんな、良い動きしてるわ。」

「………。」

「…どうしたの?」

「…黒戸さんが何かを観察してる時の目って、なんか、怖いです。」

「そう?自分では何の意識もしてないんだけど。」

「無意識に身についている習慣、なんでしょうね。影の理は、観察と分析のスペシャリストですから。」

「観察と分析と、適応力も、よ。観察、分析したものを、自分で実行できなきゃ意味ないんだから。」

「確かに。」

ジム生達のトレーニング風景を眺めながら、そんな会話を交わしていると、

「なんだか、すっかり仲良くなっているな。」

炎護が三人の所へやってきた。

「ジム生さん達を見ていなくていいんですか?」

「指示は出した。見ていなくてもやるだろう。サボるやつは、その分遅れをとるだけだ。」

「放任主義なの?日田さんって。」

「己を鍛えるための材料は渡してある。あとは、奴らがそれをどう加工するかだ。ま、暇なときはつきっきりで指導したりもするがな。」

「自主性を重んじる…。ある意味厳しい指導法。ジム生さん達も気合いが入りますねっ!」

「…嘘が混じってますね、炎護。」

「ヘ、嘘?」

「本当は、つきっきりでしっかりと指導する方が性に合ってるでしょう?少なくとも、私にコーチをつけていてくれたときはそうでしたけど。」

「はは、確かにな。だが、一対一と一対多とでは、教えかたも違ってくる。優秀なコーチでもいれば、俺も楽なのだがな。」

「……。」

「……。」

「…お断りします。」

「何も言ってないぞ?」



時間は流れ、昼。



「それじゃ、昼休みだ。全員、しっかり食って、午後のトレーニングに備えるように!」

「はいっ!」

「よし、解散!」

炎護の声を合図に、外へと向かうジム生達。が、その足は入口の手前でぴたりと止まった。

「…?。どうした?」

「あ、あの、入口のとこに…」

「なんか、怪しい奴が立ってるんですが…」

「…?」

訝しげに、入口ヘと近寄る炎護。そして、

「何かあったんでしょうか?」

「何かしらね…」

風樹達も、入口ヘと向かった。



「………。」

炎龍党のジムの入口はガラス戸になっているので、ドアを開けなくても、外の様子を見ることが出来る。入口を出たところに立っていたそいつは、確かに怪しかった。

スキンヘッドに、細身だが、がっしりした体格と高い身長。無表情という表情をした顔は、無機質にガラス戸を見つめている。

そしてなにより、

男が担いでいる、異様に巨大な袋が、男の不気味さをさらに増していた。

「……!」

「あ、あの人!」

見覚えのある姿に、影葉と伊吹が同時に反応した。

「………。」

「…まさか」

「例の男ですよ。こんな真っ昼間から堂々と現れるなんて、どういうつもりなんでしょうか。」

二人の反応を見て、炎護も男の正体を察知したらしい。動揺するジム生達を下がらせると、炎護は、静かにガラス戸を開いた。



「………。」

「………。」

炎護と男が向き合う。互いに表情を変えず、ただ静かに、視線をぶつけている。

「お前が、ここの代表か。」

ややあって、不意に男が口を開いた。表情は、ピクリとも動かない。

「そうだが。」

炎護も冷静に言葉を返す。

「お前のものを返しに来た。」

「…?」

眉をしかめる炎護。男が何を言っているのか理解が出来ない。

男はそんな炎護の様子を気にとめる風もなく、袋の口を開いた。袋の底を持って持ち上げると、中身がズルリと滑り出して来た。

「…!!」

「っ!?」

その場でその光景を見た、全員が息を飲んだ。炎護も風樹も目を丸くして硬直している。伊吹はショックのあまり腰が抜けてしまったらしく、影葉の肩を借りて、何とか立っていた。

「この男はお前のジムの男だったな。」

男は相変わらずの淡々とした口調で喋り続ける。

「我が芸術品となるに相応しい素養を持っていると思ったが…とんだ失敗作だ。我が芸術となるには程遠い。様々な工夫を施してみたが、やはり素材が悪いと、何をやっても満足いく出来にはならん」

勝手な理屈を次々と並べ立てる男。揚句に、

「このような失敗作はいらん。持ち主に返すので、好きに処分してもらいたい。」

と、言い放った。

「…そうか。」

静かに。極めて静かに、炎護は口を開いた。真っ正面から男を見据えたまま、ゆっくり、一歩一歩、男に近付いていく。

「…。」

手を伸ばせば届く距離にまで近づいたところで、炎護は足を止めた。静かに男を睨み付ける。男は何等変わらない表情で、炎護に視線を返している。


刹那、


グォウッ!!


炎護の豪腕が唸りをあげた。男の顔面を狙い、正面から拳を打ち込む。距離や速度から考えても、決して避けられるものではない。が、


ガッ!!


「…!」

拳が男の顔面を、まさに捉えようとしたその瞬間、男の両手がその拳をがっちりと受け止めていた。拳の勢いに押されて多少押し込まれたものの、ダメージ自体は受けていないようだ。

「かなりのものだな。」

拳を受け止めた状態のまま、男は淡々と言葉を発する。

「お前なら上等な作品になれる。」

「…ふざけるな。」

かつてないほどの静かな怒りが、炎護の体内を駆け巡っていた。今度は相手の腹部を狙って、もう片方の拳を繰り出す。

しかし、拳を繰り出した瞬間、男の体がスッ、と、左にスライドした。狙っていた対象が急に移動したため、炎護の動きが、一瞬、硬直した。そこへ、


「!」


男の膝が、腹部にめり込んでいた。

「とっさの判断力が鈍いな。筋肉をつければ良いというものではない。」

淡々と言葉を連ねる男。が、

「…ぅおおおっ!!」

炎護の咆哮が、それを掻き消した。お返しとばかりに、野太い腕を男の喉元へと、えぐるようにたたき付ける。が、

「………。」

またしても男の両手が、炎護の腕をがっちりと受け止めていた。

「ぉぉぉぉぉおおおおおっ!」

「………。」

なおも気合いを入れる炎護と、無表情の男。と、

「………。」

男の上体が、少しずつ後ろに反り始めた。炎護の力が、男の力を、少しずつ上回り始めたのだ。足を大きく開いて腰を落とし、持ちこたえようとする男と、気合いもろとも打ち倒そうとする炎護。そして、

「ぉぉああああああああっ!!」

気合いもろとも、炎護が男を地面にたたき付けた。さらにそこから相手の上に馬乗りになり、壮絶な拳の雨を降らせようとする。が、

「ぐぁっっ!?」

「………。」

炎護が馬乗りになろうと足を広げた、その瞬間、男が仰向けの状態から蹴りを突き上げた。しかも、狙ったのは炎護の下腹部。いかに鋼の筋肉を身に纏っている炎護でも、下腹部の強度は鍛えられるものではない。

すさまじい激痛によろめく炎護。その隙に、男は何事もなかったかのように立ち上がった。

「ふむ…さすがのパワーだ。だが、いささか冷静さを欠いているようだな。」

「…ぐぅぅ…!」

「冷静さを欠いていては、勝てるはずの戦いでも思わぬ敗北を招くことになる。多少のことでは動じぬ胆力を身につけるべきだな。」

「…多少のこと、だと…?」

「………。」

「ぅぅぅぅううぉぉぉおおおおっっっ!!」

炎護の怒りが咆哮となって轟いた。噴き出す怒りをそのまま拳に込め、再び、男に殴り掛かった。その時、



「…!!」

「………。」

炎護が動きを止めた。反射的に足が止まった、と言ってもいい。

炎護の咆哮に続いて空に轟いたのは、一発の銃声だった。



「…まったく、騒々しい奴だ。もっとも、探す手間は省けたがな。その点は感謝してやってもいい。」

銃口を二人の方に向け、冷淡な視線を送る男。それは、殺人鬼を追っている警官、涼原氷斗の視線だった。



「…無粋だな。拳銃を持ち込むなどとは。」

「ふん。俺の仕事は貴様らのような連中を塀の中にぶち込むことだ。粋だのなんだの、それがなんの足しになる。」

「芸術を解せぬ無粋の輩。我が芸術品になる以前の問題だな。」

「御託はすんだか?なら、さっさとついてこい。言わなくてもわかるとは思うが、妙な真似をすれば、撃つ。」

「……。」

拳銃を構える氷斗の言葉にも、一切表情を変えない男。しかも、そのまま踵を返すと、氷斗とは反対の方向へと歩き出した。

「おい。」

「無粋な輩のせいで興ざめした。また、時を改めて伺うことにしよう。」

「それが貴様の答えか。別に俺はかまわんがな…。」

「おい、氷斗!」

「ふん。別に殺すわけじゃない。」

炎護の制止を全く意に解さず、氷斗は、何の躊躇いもなく引き金を引いた。



再び銃声が轟く。



「……?」

さすがの氷斗も、不可解な表情を浮かべた。

氷斗の銃弾は、確かに男を撃ち貫いた。男の右腕からは赤黒い血が滴り落ち、路面に点々とした紋様を刻んでいる。

だが、男は撃たれる前と何等変わらない様子で、歩き続けている。まるで、撃たれたこと自体にも気付いていないかのようだ。

しばし考えを廻らせていた風の氷斗だったが、やがて炎護達の方に向き直った。

「…俺に手間をかけさせるな、と、言っていなかったか?」

「………。」

「奴の件は俺が片を付ける。お前達は、そこに転がっている奴の葬式でもしていろ。」

「…っ!!」

「…その言い方は、少々度が過ぎているのではないですか?」

「ふん、今の俺にとって、他人の死など日常茶飯事だ。いちいち気遣ってなどいられん。」

「………。」

「言いたいことは言ったか?あまり俺に無駄な時間を取らせるな。」

「………。」

「ふん。」

風樹の冷ややかな視線も、なんら気にすることもなく、氷斗は男が歩いていった方向へと走り去った。




「………。」

言葉が無い。誰も、なにも喋ることが出来なかった。

目の前で起きた、突然の出来事。それは、あまりに残酷で衝撃的過ぎた。


何分か過ぎた頃、炎護の巨体が、ゆらりと動いた。既に物言わぬ教え子を抱き抱えると、そのまま、ジムの中へと入っていく。

「………。」

誰も声をかけることが出来ず、ただ、その背中を見送るしか出来なかった。




「……あ、あの、師匠…」

炎護がジムの中に消えて数分後、やっとショックから立ち直ったらしい伊吹が、風樹に声をかけた。立ち直ったとはいえ、まだ顔は青ざめており、声は微かに震えている。目の前であんな無惨なものを見せられたら仕方ないだろうが。

風樹はというと、伊吹の言葉には応えず、険しい表情で前を見つめている。伊吹が何度声をかけても、ぴくりとも反応しない。


「伊吹。」

「は、はいっ!」

伊吹が、何度めかの声をかけようとした瞬間、不意に風樹が声を出した。急な風樹の言葉に、返事の声が裏返る伊吹。風樹は、伊吹の方を見るわけでもなく、相変わらず前を向いたまま、言葉を続けた。

「少し出掛けます。あなたはジムの中にいるように。」

「え…、出掛けるって、どこへ…?」

「………。」

行き先は告げずに歩き出す風樹。

「樹風さん。」

その背中に、影葉が声をかけた。

「あいつは、私が仕留めるの。勝手な真似はしないで。」

「…生憎ですが。」

「……。」

「私は自分に正直に生きる主義ですので。」

それだけ言うと、さっさと歩き去る風樹。だが、その歩いていく方向は、男と氷斗が去った方向とは逆方向。

(どういうつもりかしら…単純にあいつを仕留めるつもりなら、真っ直ぐに後を追うはず…)

が、考えてみれば、今から追ったところで、あの男に追い付くのは容易ではない。あの男も、いつまでも血を垂らしながら歩いてはいないだろう。それに、もし仮に追い付いたとしても、そのすぐ近くには、おそらく氷斗がいる。人に銃を撃つことに躊躇いがないあの男のそばで戦うのは、決して正しい選択とは言えない。

(だとしたら…。今の彼に必要なのは…)

影葉の考えがまとまりかけたころには、風樹の姿は、その場から消えていた。

やっと書けました…。時間かかった〜(-.-;)。次も時間かかるかもですが、また読んでいただけると嬉しいですo(^-^)o

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ