第八話「暮れゆく陽」
作中に登場する固有名詞は、実在のものとは一切関係ありません。
「しっかし、相変わらずごちゃごちゃしてますね。」
「下手にさわらにゃーでね〜。もし壊したら、一生タダ働きしてもらっちゃったりするよ〜ぐふ♪。」
「それは、絶対に遠慮させていただきます。」
なんだかよくわからないが、なんだか凄そうな機材や、一体何の資料なのか、さっぱりわからない紙の束やらダンボールやらが、左右に所狭しと並べられた通路を、誓雷と風樹は進んでいた。誓雷は慣れた足取りで歩いているが、風樹の方はかなり苦心しながら進んでいる。なにせ風樹がこの場所を訪れるのは、五年ぶり二回目なのだから仕方がない。
ジャングルと化している森林公園の奥にある地下室。そこが、誓雷の情報基地だった。二人はその地下室を目指して、通路を進んでいるところである。
「にしても、もうちょっと整理整頓した方がいいと思いますよ。埃が溜まるのは、機材にも人体にも悪影響です。」
「え〜〜〜めんどい〜〜〜。機材には防塵加工してあるし、ライちゃんも今の環境に慣れちゃってるもの〜今更掃除なんてかったりぃっすよ〜。」
「早死にしますよ。」
「こんな仕事してんだもん。ロクな死に方しないのは、最初っから覚悟の上でせぷ〜。」
そんな会話を交わしながら歩いていくと、やがて通路は終わり、一枚の扉の前にたどり着いた。
「とうちゃ〜く♪ようこそおいでませ〜ライちゃんの情報秘密基地〜♪」
テンション高く扉を開ける誓雷。その扉の先にあったのは、
「いつ見てもすごいですね。このモニター。」
部屋の中央に存在する巨大モニターと、何台ものパソコンの群れ。素人目には、どのパソコンが何の役割を果たしているのか、さっぱりわからないが、誓雷はその全てをフル活用している。
(ものすごく頭いいんでしょうね、本当は…)
部屋を見渡しながらそんなことを考えていると、
「さて、と。とりあえず座って話そうですよ♪」
いつの間にか、誓雷が椅子を用意していた。遠慮なく、風樹も座る。
「キャスター付きの椅子って便利どすなぁ。座りながらあっちこっち移動できるっす〜♪」
「あなたみたいな遊び好きな性格には、キャスター付きの椅子のほうが面白いでしょうね。」
「うふ。遊び心を忘れたら、人間つまんなくなる一方なのよん。いくつになっても、遊び心は重要ファクター♪。」
「…で、早速ですが…。」
「わーってるっすゆん。んででで、先ずは何を聞きたいんでつかにゅ?」
「そうですね…まずは、何故あの男が格闘家ばかりを狙うのか。それを知りたいですね。」
「おっけ。まぁ、ふーリンもさっき聞いてたから知ってると思うけど、あの男は、死体を集めるのを趣味にしてる、おっそろしく変な奴。死体集めて何してるかまでは知ったこっちゃないけど、当然、死体は人が死ななきゃ手に入らない。最初のうちは無差別殺人を繰り返してたみたいだけど、あるとき急に、格闘家ばかりを狙うようになった。それは、何故か。」
「………。」
「…よりレベルの高い死体集めに目覚めたから、っていうことらしいよ、どうやら。」
「…?」
「要するに、一般人よりも体格がよかったり、筋肉質だったり、体が引き締まってる死体が欲しくなった、ってこと。人間、欲求が満たされていくと、徐々に我が儘になっていくもんだからねぇ。」
「………。」
「格闘家ばかりを狙う理由に関しては、こんなとこかな。ほい、おつぎはなにかぬ?」
「…あの人、黒戸影葉が、その男を追ってる理由はなんなのでしょう?」
「あ〜、そこいっちゃいますか〜。まぁ、確かに気になるとこではあるよね〜。」
「…。」
「簡単に結論から言っちゃえば、復讐だね。」
「復讐?」
「そ。殺されたのよ。彼女の大切な人。西では、最高のゴールデンルーキーと呼ばれていた、若き格闘家。でも、その期待の星は、あの男の手によって、無惨にも失われた。」
「…。」
「彼女が強くなる理由は、あの男への復讐心。それだけだね。もともと素質があったのかも知れないけど、あんな短期間で理を身につけられるなんて、そうとう強いね、復讐心。」
「………。」
「その素質を見抜いたからなのか、なんなのか。男の方も、まだかげぽんを殺そうとはしていない。上質なワインを寝かせておくみたいに、彼女が強くなるのを待ってる。より強い相手を殺してコレクションするのが好きみたいだし、説明はつくよね、なんとなく。」
「…なるほど。」
「ま、そんなとこかな。…快楽犯に大切な人を殺されたんじゃ、復讐したくもなるよね、実際。」
「…もう一つだけ、質問いいですか?」
「どぞどぞ。」
「あの男は、理を知る者、なんでしょうか?」
「…難しい質問だね。」
「…。」
「正直、確信はない。あの男の過去に関するデータ、生まれてから数年前までが、ぷっつり消え去ってた。だからライちゃんの推測で喋るけど、多分、知る者ではないね。」
「理由は?」
「あいつの体をデータで調べてみたけど、ちょっと不自然なんだよね。細かいこと言い出すとキリがないから要点だけ話すけど、全体のボディーバランスに比べて、筋肉が異常発達してる。普通に鍛えていたらこんな発達の仕方はしない。それと、もう一つ。」
「…。」
「あいつは、痛みを感じないみたい。」
「…どういうことですか?」
「いろいろとデータを漁ってみた上での推測ではあるけどね。…あの男、肋骨を砕かれても平然としていたんだってさ。」
「…。」
「格闘家をターゲットにしているわけだから、当然、相手は一般人よりも強い。しかも、殺そうとして襲い掛かってくる相手に手加減なんかしないでしょ。格闘家の方も、死に物狂いで応戦してくる。怪我の一つも負わないで何十人もの格闘家を殺せるなんて、正直考えづらい。あいつは妙なとこで美意識が働くみたいで、殺すときは必ず正面から向かってるみたいだし。で、実際戦ってる最中に骨を折られたらしいんだけど、何の反応も見せずに戦い続けたんだってさ。」
「…そうなると考えられるのは、あいつが未だ私たちの知らない理を身につけているか、それとも…」
「…クスリを使っているか、ってとこだと思うのよね。で、両者を比較したときに、どっちが現実的かって考えると…」
「クスリ、ですか。」
「そういうことだね。しかも、痛みを感じなくなるだけじゃなくて、反射神経や筋力なんかも、クスリで飛躍的に増強されてるんだと思う。ま、どっちにしても厄介な事に変わりはないけどさ。」
「クスリで痛覚を麻痺させて、殺人を続ける男…。殺すために痛みを忘れたのか、痛みから逃げ続けるために殺し続けるのか…。」
「さぁね?ライちゃんは、単なる狂人だと思ってるけど。」
それだけ言うと、誓雷は椅子から立ち上がった。
「…?」
「もうすぐ夜になる。ふーリンなら心配いらないとは思うけど、早めに帰ったほうがいいかもね。」
「…そうします。些細な気の緩みが命取りになりかねない。今日は、そんな気がします。」
「だね。いぶっちも心配してると思うし。…いや、むしろ彼女の方が心配かな。」
「…ま、炎護や黒戸さんがいるから、大丈夫でしょう。」
「ま、ね。一人で外出でもしない限り、大丈夫でしょ。…しっかし、厄介な事になったよね〜。」
「どうにかしなければいけませんね…。」
数分後、
風樹は情報基地を後にした。
「し、ししょ〜!」
「?」
すっかり日も暮れた頃、炎龍党ジムに帰って来た風樹を真っ先に出迎えたのは、伊吹の泣きの入った呼び声だった。風樹の姿を確認すると、凄まじい勢いで駆け寄ってくる。
「師匠〜!なんとかしてください〜!」
「何を、ですか?」
「あの人ですよ〜!密着するにしても程があります〜!」
「?」
「ただでさえ監視されてるのって嫌なのに、お風呂やトイレにまでついてこようとするんですよっ!?普通じゃないですっ!」
「ん〜…それが本当なら、確かにちょっと危ないですね。」
「あら、そうかしら?」
突然の影葉の声。いつの間にか、影葉が背後に現れていた。ジム生達はすでに帰ったらしく、ジム内はガランとしていたのだが、
「さすが、気配を殺すことに長けていますね。気付きませんでした。」
「ふふ、伊吹さんが、無駄に大声出してくれたから、動きやすかったわ。」
「ちょっ!無駄にってどういう意味ですかっ!」
「確かに一人でパニックしてましたもんねぇ…。」
「あ〜!師匠までそんなことを〜…。」
「ところで、本当なんですか?お風呂やトイレにまでついていこうとしたって話。」
「半分本当。」
「半分?」
「ちょっとからかうつもりで言ってみたのよ。そしたら予想通りパニクってくれちゃって。ふふ、ホントにかわいらしいわね。」
「う〜!年上の人間に対して、かわいらしいっていうのは失礼ですっ!」
「実力も精神年齢も、黒戸さんの方が上みたいですね。」
「ししょ〜!」
和やかな空気が、ジムの中に流れていた。
が、殺人鬼の影は、獲物を求めて夜の闇を移動する。
悲劇は、いつ、どこで起こるかわからなかった…。
今回は幕間的なイメージが強い話になったかも…。うまく表現できているかは、ちと不安(^.^;)。第九話も、よろしくお願いいたしますo(^-^)o