第七話「夕刻の幕間」
作中に登場する固有名詞は、実在のものとは、一切関係ありません。
「……では、おまえと殺人鬼は知り合いというわけか。」
「知り合いたくて知り合ったわけじゃないわよ。」
ムスッ、とした表情で、答えを返す影葉。夕暮れの炎龍党のジムは、静けさに包まれていた。
あのあと、駆け付けた警官に保護?された二人は、そのまま炎龍党ジムへと戻り、事情聴取を受けていた。事情聴取をしているのは、殺人鬼事件の担当、涼原氷斗。あと、その場にいるのは、当事者である伊吹と影葉。このジムのトップである炎護のみ。他のジム生達は、皆、夕食で出払っている。
風樹はまだ戻って来ていない。誓雷も自分の基地にいるのか、姿は見えない。もっとも、誓雷は警察官の前には滅多に姿を見せないのだが。
「…なるほどな。」
一通りの聴取を終えると、氷斗はパタリと警察手帳を閉じた。
「だいたいのことはわかった。後は警察でやるから、お前達はもう関わるな。外出も必要最低限にしておけ。」
「随分と横暴ね。」
不快感をあらわにして、影葉が氷斗を睨み付ける。
「警察だから威張っていい、みたいな法律でもあるのかしら?こっちの大陸には。」
「威張ってなどいない。事実を喋っているだけだ。もし威張っているように聞こえているのだとすれば、お前が卑屈だからだ。」
「なっ!」
「何故お前が殺人鬼を追っているのかは知らん。興味もない。だが、街中で乱闘騒ぎが起きるのは面倒だ。そのたびに警察が腰を上げねばならんからな。」
職務怠慢とも受け取れるような言葉を平然と言い放ち、さらに、
「俺に手間をかけさせるな。」
警察官とは思えないような言葉を残し、氷斗は去っていった。
「な、な、なんなんですかっ!?あの人!」
「落ち着け、伊吹。」
「そんなこと言ったって!仮にも市民の平和と安全を護るのが仕事の警察官が、あ、あんなこと言うだなんて!」
あまりの氷斗の態度に、怒りをあらわにしてまくし立てる伊吹。炎護の声も耳に入らないようで、ジム内を憤慨した様子で歩き回りながら、怒りの言葉を並べ立てていた。と、
「…なにやってんですか?」
「なにやってるもなにもないですよっ!あんな態度が警察官として許されるとでも…」
「………。」
「………。」
「…ただいま。」
「…お帰りなさい、師匠。」
タイミングがいいのか悪いのか。風樹がジムへと戻って来た。さらに、
「いぶっちってば、フラストレーション全開って感じですやねぃ。ま、あれが相手じゃ、そうなるのもしゃーないっすわなぁ。」
誓雷も、風樹にくっついて戻って来ていた。
「……。」
さすがに恥ずかしくなったのか、そそくさと下がる伊吹。
「さて…。」
伊吹が落ち着いたのを確認すると、風樹は、影葉の方に顔を向けた。
「…何?」
「現れたみたいですね、殺人鬼。」
「…見てたの?」
「最後の方だけ。」
「悪趣味ね。」
「そうでしょうか?」
「……。」
「…話していただけませんか?あの男の事。少なくとも、彼女は巻き込まれているわけですから、知る権利はあると思います。」
「……。そうね。知らない相手に命を狙われるより、知っていた方がいいわよね。」
そう言うと一つ呼吸を置いて、影葉はゆっくりと喋り始めた。
「あいつは、西部大陸では有名な殺人鬼よ。格闘家ばかりを狙う殺人鬼、ってね。」
「それは、こちらにも話が伝わって来ています。ですが、何故格闘家ばかりを狙うのでしょう。」
「さぁね?そんなことは知らないし、知りたくもないわ。ただ…。」
「…。」
「あいつは狂ってるわ。間違いなく。」
「…芸術品、ですか。」
「………。」
「そういえば、おまえは芸術品になれるとかなんとか言ってましたけど…あれって、どんな意味なんでしょう?殺されかけただけで、全く意味が…」
「あいつにとっては、それが芸術なのよ。」
「え…。」
「死体を集めてるのよ、あいつは…!」
吐き捨てるようにそれだけ言うと、影葉は俯いて黙ってしまった。伊吹はもちろん、風樹、炎護、誓雷も、何も言わずに黙っている。
「要するに。」
しばしの沈黙の後、風樹が口を開いた。
「あの男は、自らの歪んだ欲に従って、次々に格闘家達を殺している。そして今は、この街で格闘家狩りをしている。そういうことですか。」
「…ええ。」
「なるほどな…。この街には格闘家が多い。そいつにとっては、絶好の狩場というわけか。」
「しかも、格闘家ばっか狙って快楽殺人を繰り返すなんて、趣味が悪いし質も悪いよね…はっきり言ってそいつ、強いんでしょ?」
「………。」
誓雷の言葉に、唇を噛み締める影葉。それは、認めざるを得ない事実であり、認めたくない事実でもあった。
「…まぁ、とにかく。」
再び沈黙に包まれるかと思われたが、沈黙をさえぎるように、風樹が口を開いた。
「各々、背後には気をつけて、ということですね。そろそろ練習生の人達も戻ってくる頃ですし、解散しましょうか。」
「え!?解散、って。まだ聞いておきたいことが…」
「伊吹。」
「は、はい。」
「解散です。」
「…わかりました。」
有無を言わせぬ風樹の言葉に、大人しく頷く伊吹。
「黒戸、お前はこれからどうする?」
「…どうする、って、帰るわよ。別に宿無しじゃないから。…あ、でも…」
「?」
「まだ伊吹さんのコピー済ませてないし、今日は密着してみようかしら。」
「え、ええ!?み、密着って?」
「ふふ、密着は密着よ。あなたの一挙手一投足を完全コピーするためにね。そういうことで、覚悟してね♪」
「ししょ〜…」
「情けない声出すんじゃありません。私は誓雷に用事がありますので外出します。あなたは命を狙われてるんですから、なるべくジムの外に出ないように。」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ〜。」
「大丈夫よ。私が密着してるから♪。」
「それはそれで怖いんですけど〜!」
「黒戸さんが密着してくれてるなら安心ですね。じゃ、行きましょうか。」
「あい〜。んじゃ、えんタン、いぶっち、かげぽん、またぬ〜♪」
「…かげぽんって、私のこと?」
「多分…。」
「しっかしまー、ふーリンも回りくどいことするよね〜。あの場で本人に聞いちゃった方が手っ取り早いのに〜。」
「辛いだけでしょう、多分。」
「ま、あの様子から察するに?」
「言わなくて済むことなら、言わせたくありませんから。」
「でも、知りたい。みたいな?」
「必要なことだと思いましたので。人の命が関わってますからね…。」
「うふふ〜♪。ふーリンてば、ほんっと弟子思いなししょーですなぁ。」
「これに関しては、師匠とか弟子とか関係ないと思いますけどね。で、掴んでるんですか?」
「あったり前だの後ろだの〜♪。ライちゃんを誰だと思ってるわけ〜?」
「盗撮盗聴趣味の悪趣味人。」
「…やめよっかなぁ〜話すの。」
「ふふ、すいません。あなた相手だと、たまにこんなことも言いたくなるんですよ。」
「…うぷぷ♪それだけ打ち解けてる、ってことやんね♪。」
「そういうことです。」
そんなやり取りを交わしながら、誓雷の情報基地へと向かう二人。自分に正直に生きることを基本にしている風樹にとって、疑問に思ったことを知りたい、と考えたのは、ごく自然なことだったのだろう。
彼女が殺人鬼の男を追い続けているのは何故なのか。
男が格闘家ばかりを狙うのは何故なのか。
そして、
あの男は、理を知る者なのかどうか。
「…早く行かないと日が暮れますね。せめて日があるうちに、あのジャングルは抜けておきたいところです。」
「おっきゃー。じゃあ、ペースアップしていきまっせ〜!」
そう言って、物凄い勢いで走り始めた誓雷。あまりのペースアップぶりに一瞬呆気に取られた風樹も、すぐに後を追った。
夜の闇が近づく。
闇に紛れた殺人鬼の影が、一体どこへ向かうのか。
雲は、怪しい拡がりを見せていた…。
今回は早く仕上げることが出来ましたo(^-^)o。第八話もこのペースで…いけたらいいなぁ(^.^;)。次回も読んでいただけたら嬉しいです♪