第四話「風と影と」
作中に登場する固有名詞は、実在のものとは一切関係ありません。
光速の連撃が、何十発と撃ち込まれていく。
一瞬の気の緩み、判断の迷いが、敗北を招く。
一撃喰らえば、後は無数の打撃を浴び、地面に倒れ伏すのみ。体勢を立て直す暇など、与えてはくれないだろう。
「……。」
風樹は、風を感じることに全神経を集中させていた。目で追っていては間に合わない。風を感じ、風を避ける。ただ、それだけ。
「…すごい。」
「この二人なら、こういう戦いになるな。勝負が動くのは、まだ数分先か。」
少し離れた場所で、炎護と伊吹がその戦いを見守っていた。炎護には二度目となる二人の戦いだが、初めてこの戦いを見る伊吹は、一瞬たりとも目を離すまいと瞳を見開いている。凄まじい戦いに対する興奮と、何かを学び取ろうとする必死さが入り交じったような瞳。
「伊吹。」
「は、はい!」
「師匠の戦いを真剣に見て学ぶのは良いことだが、風樹から言われた事を忘れてはいないだろうな?」
「も、もちろんです。ちゃんと覚えてます。ストーカーを捕まえるんですよね。」
「そのストーカーはとにかくしつこい、と、ライが言っていたな。ただでさえ、これだけ隠れる場所が多い。おそらく、いるだろうな。」
「は、はい…。」
四人がいる場所。そこは、見渡す限りの樹木の中だった。
郊外にある森林公園。放棄されて久しいらしく、一切手入れのされていない樹木や雑草たちが、辺り一面に生い茂っている。
ここは、風樹と誓雷が初めて出会い、初めて戦った場所。
昨日のライの情報に対する報酬として、風樹はライと戦っていた。
情報料のお支払いは、お金か戦いで。それが、情報屋、月代誓雷のルールであった。
「で、どうだ。何か感じるか?」
「え、えと、それが…」
ちょっと言いづらそうな口ぶりの伊吹。
「…目の前の戦いが凄すぎて、正直、気配を捜すのに全く集中出来ないんです…。」
「………。」
「す、すいません…。」
「…いや、仕方がないだろう。目の前で理を知るもの同士が戦っているからな。集中出来ないのが普通だろう。」
そう言って、目の前の戦いに視線を戻す炎護。
二人の戦いは、相変わらず誓雷の一方的な打撃が続いている。おそらく放った数は、100を超えているだろう。
一方の風樹は、相変わらず打撃を避けるのに専念している。足捌きは実に軽い。まだまだ余裕といったところか。と、
「…。」
風樹が不意に、大きく後方へと跳んだ。そして、鬱蒼とした木々の中へと飛び込み、枝を利用しながら、どんどん上へと昇っていく。
「…ほほぅ♪なかなかおもしろな行動に出ますにゃあ♪。」
誓雷も後に続く。スピードに関しては風樹よりも上。ひょいひょいと枝を渡り歩きながら風樹を追っていく。
「…。」
「ふーリン♪悪いんだけど、もう追い付いちゃうよ〜♪。」
ぐんぐんと距離を詰める誓雷。が、
「…。」
「ありょ?」
風樹が急に右へと曲がった。誓雷も方向転換して、風樹を追う。
「…。」
その後も、持ち前の体のしなやかさを活かし、左へ右へと巧みに移動し続ける風樹。スピードでは勝っている誓雷だが、方向転換の際の時間のロスは、風樹の方が短い。結果、二人は一定の距離を保ったまま、枝から枝へと跳び移り続けていた。
「う〜…枝や葉っぱが邪魔で、よく見えない…。」
一方、地上の伊吹は、木々の中へと消えた二人を、懸命に目で追っていた。だが、ただでさえ動きの速い二人。枝葉の中を動き回る姿を捉えるのは、容易ではない。
「………。」
一方の炎護は、特に目で追うようなことはしていない。が、
(…何が狙いだ?)
風樹の突然の行動に対し、考えを廻らせていた。
単純に考えるなら、誓雷の打撃に対する防御の意味だろうが、以前の戦いでは、風樹は誓雷の打撃を全て地上で避け、スタミナ切れを待って反撃に転じていた。それだけのことが出来る風樹が、防御のために樹上へ向かったとは考えづらい。
(…早めに反撃に転じるためか?)
だとしたら、なんのために?
疑問が炎護の脳裏を過ぎる。この戦い、わざと決着を早める必要は無いはずだ。
(まったく…。まだまだ読めん部分の多い奴だ。)
(………。)
一方、樹上。
数分が経過したが、風樹は相変わらず移動を続けている。攻めに転じる気配は全くない
(ん〜…?)
ここにきて、誓雷も疑問を感じ始めた。一体なんのために風樹は逃げ回っているのか。
(みゅ〜…ちょりんと試してみよかに〜ん。)
何かを思いついたらしい。誓雷は、突然追うのをやめた。適当な枝の上に腰を降ろし、風樹の行動に目を走らせる。
一方の風樹も、気配で誓雷が動きを止めたことに気付いたらしい。こちらも適当な枝の上に立ち止まり、じっと、誓雷の様子を伺う。
「ふーリン〜。な〜に考えてんのかにゃ〜。」
「あなた相手に考え事なんてしてられませんよ。」
「またまた〜。ずぇったいになにか他事考えてるでしょん。なにかななにかな〜♪。」
「………。」
「一瞬、一発だけ、危うく当たりかけたでしょん。んで、そのあと木の上を逃げ回り始めた。…ずぇったい、なんか考えたでしょ、あの瞬間。」
「…さすがの洞察力。お見事ですね。」
「えぺ♪。…んで、何を考えたのかにゃ〜?」
「考えた、というか、気付いた、ですけどね。」
「…ほほぉ?」
「おそらくは…」
それだけ言うと、風樹は枝から飛び降りた。他の枝や幹を伝い、するすると降りていく。
「…んぷぷ。なんだかんだ言ってても…。んもぉ〜、ふーリンてば♪。」
風樹の意図を理解したのか、誓雷も、そのあとに続いた。
「…なんか、降りて来ましたね、今度は。」
「ふむ…」
「師匠も月代さんも、一体何考えてるんだろ…。全く考えが見えない。やっぱり理を知ってる人達は、次元の違う戦い方、っていうのをしてるのかな…。」
「…いや、そういうわけではないだろう。」
「え?」
「理を知っていようといまいと、戦いの本質に変わりはない。ただ、今のあの二人には、何か別の目的があるように見えるな。」
「別…。」
そうこう言っているうちに、二人の姿は下の茂みの中に隠れてしまった。二人が動き回っているのであろう、枝葉の擦れ合う音だけが空に響いている。しばらくそんな状態が続いた後、不意に、風樹達が茂みから飛び出してきた。
「えっ!?」
思わず驚きの声をあげる伊吹。風樹達が飛び出して来たことに対してではない。
「…なるほどな。そういうことか。」
腑に落ちた。そんな表情で、炎護は呟いた。
風樹と誓雷。二人だけだったはずなのに。
飛び出してきた人影は、三つに増えていた。
風樹、誓雷と共に飛び出して来た人影は、あっという間に反対側の茂みへと飛び込み、その姿を隠してしまった。時間にして、姿を見せていたのは約2秒。だがその2秒間で、伊吹の表情が一変した。
「お、追いますっ!」
言うと共に体が動いて、伊吹も茂みの中へと飛び込んでいった。
「ふぅ…まったく、手のかかる弟子ですね。」
「何を言っている。伊吹は一言も手助けを要求したりはしなかったぞ。」
「あのままでは、永遠に見つけられなさそうでしたからね。」
「ふーリン…ライちゃんと戦ってる間、よそ見しまくりでつか?」
「まさか。風に乗って、声が聞こえてきただけですよ。」
「ぶ〜っ!それって言い訳にしか聞こえまてんけど〜?」
「まぁ落ち着け、ライ。こういう状況だ、ということは理解していたはずだ。それに…、お前自身も楽しんでいたようにも見えたが?」
「え〜〜〜〜〜???どこがどこがどこが〜?」
「風樹との樹上の戦い。喜々として追い掛けていたように見えたが?」
「……………にゃぱ。ま〜、それなりには楽しかったかにゃ〜ん。」
「それなり、な。ま、そういうことにしておくか。ところで、いいのか?」
「何がですか?」
「後を追わなくてもいいのか?」
「何故、私が追う必要があるのですか?」
「おーおーおー、わかってるくせにしらばっくれちゃってま〜。」
「ストーカーを捕まえるのは、彼女への課題ですから。私が手を出すことではありませんよ。」
「だが、危害を加えないとはいえ、相手は理を知る者。まだ完全に理を体言出来ない伊吹では…。」
「捕まえることは不可能でしょうね、おそらく。」
「…ふーリン、いじわるわる〜。」
「不可能だとわかっていながらやらせるとは、お前らしいな。」
…ガサガサ…
「ん…?」
「どうやら戻って来たみたいですね。」
「…ししょ〜…」
「…逃げられたんですね。」
「…はい。」
「…もっと精進しなさい。」
「すいません〜…」
「まぁ、実力差があるのはわかっていたことだ。あまり気に病むことはあるまい。で、風樹。これからどうするつもりだ?」
「どうしたいですか?伊吹。」
「え!?そ、そこで私にふるんですか!?」
「当然でしょう?ストーカーに観察されてるのは、あなたなんですから。で、どうするんですか?」
「も、もちろん!ストーカーを捕まえられるまで頑張りますよ!」
「炎護。すみませんが、部屋を貸して下さい。かなりの長期滞在になりそうです。」
「ううう〜!そんなに長くかかりませんよっ!」
「期待せずに待ってますよ。」
「師匠〜。」
「やれやれ…なんとも仲のよいことだな。」
「まったくですにゃ〜。」
妙にほほえましい会話が繰り広げられていた、四人なのであった。
…空に雲が拡がっていく。
今はまだ、誰も気にとめてなどいないが、雲は確実に拡がっている。
それが、どのような意味を持つのか。
まだ、誰も考えていない。
やっと書き上がりました…(^.^;)。ちょっと自分事でバタバタしておりまして、約一ヶ月ぶりに進められました。懲りずに読んでいただけると嬉しいですo(^-^)o