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CROSS WIND  作者: 暇脳達弥
3/13

第三話「新たなる、影」

作中に登場する固有名詞は、実在のものとは一切関係ありません。

「…で、何があったんですか?」

ソファーに腰を降ろすと、風樹は静かに問い掛けた。

ジム生達にトレーニングの指示を出しておき、炎護が風樹達を通したのは、奥にある応接室。こざっぱりとした雰囲気の室内に、革張りのソファーが二つとガラスのテーブルが一つ。他には特に目立つインテリアの置かれていない、炎護らしい、シンプルに整えられた部屋だった。

風樹の向かい側に炎護と誓雷が座り、隣に伊吹が座っている。そして、

「はい…。」

伊吹は、風樹と別行動を取っている間に起こった出来事を、一つ一つ確認するように、ゆっくりと話し始めた。



「…師匠と別れてすぐ、私は元々自分が所属していた、百花繚乱のジムに向かったんです。その途中で、質の悪そうな男が女の人に絡んでるのを見掛けて、その女の人を助けてあげたんです。」

「ほぉ…流石は弟子。なんでも首を突っ込むのは師匠譲りのようだな。」

「炎護…その言い方、ちょっとトゲがありませんか?」

「別にいいと思っちゃうけどにゅ〜ん♪そういうのって個性個性〜♪。」

「あなたが言うと、妙に説得力があるような無いような…。」

「あのぉ…話続けてもいいですか?」

「え?あぁ、失礼しました。どうぞ。」

「それで、助けたのはなんの問題もなかったんですけど、その後、なんだか変な女の人が突然現れて…。」

「変な?」

「はい…なんか、助けた女の人を見送ってたら、いきなり後ろから声かけられて…。」

「それで?」

「なんかわけわかんないこと言ってきたんですよ。なんか、今日からあなたのステーカーをする、とか、なんとか…。」




「……はい?」

「ストーカー?」

「ストーカーって、宣言してからするものでしたっけ?」

「随分と堂々としたストーカーだな。」

「それ以前に、女性が女性のストーカーって…。」

「危険な趣味の持ち主なのかもしれんな。」

「最近、趣味嗜好も多岐に渡っていますからね。」

「そんな冷静に分析しないで下さいよ〜!ちょっと本気で怖いんですから〜!」

「ちょっと怖いのか、本気で怖いのか、はっきりしなさい。」

「師匠っ!今はそんなツッコミ要りませんっ!」

「それは失礼。…それにしても、それなりに実力のついてきたあなたが恐怖を感じるとは…。普通のストーカーではない、ってことですか?」

「堂々と宣言している時点で普通ではないが、それ以上に何か感じたのか?」

「はい…。なんていうか、本能的に感じたんです。この人、強い、って。」

「…!」

「ほぉ…。五年間、風樹と共に鍛練したお前に、本能で強さを感じさせたか。」

「伊吹…もっと詳しく教えてもらえますか?どんな感じを受けたのか、もっと細かく。」

「え?い、いいですけど…どうしたんですか?なんだか表情が険しいですよ?」

「いいから。教えて下さい。」

「は、はい!えと…、なんていうか、とにかく、いろんな感じを受けたんです。鋭く突き刺さるような感じや、妖しく纏わり付く感じや、重くのしかかってくる感じや…。本能にいろんなプレッシャーが飛び込んできて、それで、わけわかんなくなっちゃって…」

「ここに逃げ込んで来た、と。…負けて逃げて来たのと、ほとんど変わらないじゃないですか。」

「ち、違いますよっ!勝負して負けたんじゃないですから!」

「…勝負する以前に負けてるじゃないですか。」

「う…。」

「まぁ、そんなに責めるな、風樹。弟子に厳しくなるのは当然かもしれんが、相手が相手だ。そのストーカー女、おそらくは…」

「「理を知る者」でしょうね。」

「えっ!?」

「やはり、お前もそう思うか。」

「一応、伊吹も風の理を身につけ始めていますからね。その彼女に恐怖を感じさせるほどのプレッシャーを与えるとなると、」

「「理を知る者」ということになるな、自然と。」

「理を体言するストーカーですか…厄介な相手に目を付けられてしまいましたね、伊吹。」

「まったくですよ〜!師匠〜、どうしましょう〜。」

「どうしましょう、って言われましてもねぇ。どうせ明日には帰るんですし、ほっとけばいいんじゃないですか?」

「…いや、ふーリン。それは意味ないよ。」

「え?」

「どうした?ライ。急に真剣な顔になって。」

「話聞きながら情報を思い返してたんだけど…、ちょっとばかり思い当たる節があってさ。もし、そのストーカーが、ライちゃんの思い当たった相手だったとしたら…地獄の果てまでついてくるよ。」

「え、ええーーっ!?」

「…どうやら想像以上に厄介な相手みたいですね。」

そう言うと、突然風樹は立ち上がった。何事かと、風樹を見上げる三人。

風樹はしばらく瞳を閉じてじっとしていたが、やがて、何事もなかったかのように、再びソファーに腰を降ろした。

「あの、師匠…?」

「逃げられました。」

「…え?」

「立ち上がって、話を途切れさせてしまったのは失敗でしたね…。もう少し考えて動くべきでした。」

「風樹、まさか…。」

「さっきまで、窓の外にいたみたいです。私も気付いたのはついさっきですが。」

「え、えーーーっ!?」

「ふむ…いつから聞いていたかはわからんが、もし最初から聞いていたとすれば、気配を消すのに相当優れているとみえる。」

「ええ…。まさに、夜の闇に同化していたかのような…。一瞬気配が揺らいだので気付きましたが、そうでなければ、全く気付かなかったでしょうね。」

「必要に応じて、気を際立たせたり消し去ったり、か。…どーやら間違いないね。」

「月代さんっ!一体誰なんですか!?私、誰に狙われちゃったんですか!?」

「教えてほしい?」

「はいっ!」

「じゃあ、情報料ぷりーず。」

「え…。」

「おい、ライ…。」

「やだなぁ〜。ライちゃんの仕事忘れちゃってない〜?ライちゃんは、情報屋さんなのでつよ〜?例え知り合いでも、情報とくりゃあ、そこは商いになりまんがにゃ〜。」

「こいつは…いきなり普段の口調に戻りおって…。」

「し、師匠〜。」

「情けない声を出すんじゃありません。…明日、私があなたと一戦交える、で、よろしいですか?」

「おっきゃー♪交渉せーりつ♪。」

「あ、ありがとうございます〜師匠〜。」

「じゃ、いろいろ喋るから、しっかり聞いちゃってね〜。」

そう言うと、ライは再び真剣な顔に戻り、情報を話し始めた。



黒戸影葉(くろとかげは)。生まれはお隣りの西部大陸らしいね。三年くらい前からこっちに来て、ヒートシティに現れたのは一年くらい前みたい。」

「西部から…?随分と長い距離を旅して来たのですね。」

「年齢はまだ二十代半ばのはずだから、十代の頃には格闘家の鍛練をやってたってことになるね。…もし二十代から始めてたとしたら、相当の天才だよ。」

「移住とかではなく、一人で旅をしているのですか?」

「そうだと思うよ。家族と一緒のところを見たっていう情報は入ってないし。一人旅の武者修行、ってところじゃないかなぁ。」

「大陸を越えてきているとは…相当の覚悟だな。」

「そうするべき理由が、彼女にはあるからねぇ。」

「どういうことですか?」

「要するに、いろんな格闘家に出会うことが、彼女にとっての力になってる、ってことだよ。」

「え?でも、それって普通のことなんじゃ…?私だって、師匠と出会って鍛錬したことで、こんなに強くなれたし…」

「あまーい。確かに、強い相手と出会って強くなる、っていうのは、ライちゃん達にも当てはまることだけど、彼女の場合、意味合いがちょっと違うのよ。」

「意味合い…。理、ですか。」

「そ。ご想像の通り、彼女は理を知るもの。それも、強い相手に出会えば出会うほど強くなる、っていう理。」

「え〜!?そんな都合のいい理なんてあるんですか?」

「もちろん、ただ会えばいいってだけの、都合のいい理なわけじゃないよ。…ま、だから彼女はストーカーなんてやってるんだろうね。」

「もったいぶらずに早く教えてくれ。一体その女の理とは、どういうものなんだ。」

「はいは〜い。じゃあ、単刀直入に言っちゃうけど、彼女、黒戸影葉の理は、「影」。」

「…はぁ…。私達もそうですけど、やっぱり名前に関係ある理を身につけるんですねぇ…。」

「伊吹…、それは言っちゃいけないお約束ってやつですよ。」

「え!?そ、そうなんですか!?」

「全員気づいていたけど、誰も口に出さなかったことなんですから。空気読んでくださいね。」

「は、はいっ!失礼しました師匠ッ!」

「あ〜〜の〜〜。話を進めてもいいかにゃ〜?」

「は、はいっ!失礼しました月代さんっ!」

「じゃ、話を元に戻すけど…」



影の理。


影は、肉体を映す鏡。

肉体が動けば影も動く。一秒一ミリの狂いも無く、正確に肉体と同じ動きを繰り出す。例えそれが、どんな激しく俊敏な動きであったとしても、影はピタリとついていく。


他人の動きを盗み取る観察力と、それを正確に記憶できる記憶力。さらに、それを自身で再現できる身体能力。その全てを併せ持った時、その者は、完璧なコピーとして戦うことができる。



「ま、そういう感じやねぇ。」

「完璧なコピー…ですか。なんか影の理って、他人の真似事するだけでオリジナリティーが無い感じですねぇ。なんか拍子抜けかも。」

「…はぁ。」

「…なるほど、まだ未熟だな。」

「未熟ゆえの発言ですので、聞き流していただけるとありがたいです。」

「え?え?え???な、なんですか?なんか私、まずいこと言いました?」

「まずいことは言っていませんが、未熟さが露呈する発言でした。」

「え…?」

「伊吹。あなた、なんて言いました?」

「え…えと、他人の真似事するだけでオリジナリティーがない…。」

「その後。」

「…ひ、拍子抜け?」

「なんで、オリジナリティーがないと拍子抜けなんですか?」

「え、えと、それは…、誰かのコピーってことは、その対処法さえ知っていれば大丈夫だから…。」

「で、彼女は誰のコピーなんでしょう?」

「そ、それは…。」

「もう一つ言えば、あなたは影の理が、一人の格闘家のコピーをする理だと考えてませんか?」

「え…?」

「あなたの考え通りなら、すでに彼女が誰かのコピーなら、あなたをストーキングする必要は無いはずですよね。」

「え、いや…。それは、彼女の危険な趣味だと思って…。師匠だって、そう言ってたじゃないですかぁ!」

「理の話を聞く前までは、ですよ。」

「う…。」

「まぁ、あまり弟子をいじめるな、風樹。知らないことは一つ一つ学んでいけばいい。お前だってそうだっただろうが。」

「…まぁ、それはそうでしたけど…。」

「うぅ〜日田さん〜。フォローありがとうございます〜。」

「ま、それはそれとしてだ…。ライ。黒戸影葉、だったか。その女が、今までに何人くらいの格闘家と接触したかはわかるか?」

「う〜みゅ……。正確な数はわからないな〜…。単純計算で一人一年として、こっちに来てから三人。向こうでのことはよく知らないけど、同じ人数としたら、計六人、ってとこかな。」

「え?なんですか?一人一年って。一年に一人しか格闘家に会わないなんてこと、格闘家ならありえないんじゃ…。」

「伊吹…。」

「な、なんですか?師匠、その呆れたような顔は。」

「あのね、いぶっち。」

「い、いぶっち?」

「伊吹は伊吹だからいぶっちなのよん♪。ま、それはそれとして…。ライちゃんたちは別に、会った人数の事を話してるわけじゃないのよん。」

「で、でも、何人くらいと接触したか、って…。」

「ん〜……。じゃあ、いぶっちにわかりやすいように、言い方を変えて聞いてもらえる?えんタン。」

「いいだろう。…黒戸影葉が、今までに何人くらいの格闘家をコピーしてきたか、わかるか?」

「え!?」

「単純計算で一人一年として、こっちに来てから三人。同じ人数としたら、向こうでも三人で、計六人、ってとこかな。」

「え、え…。あの、ちょっとすいません。つまり、それは…。」

「彼女がすでに、六人の格闘家をコピーしている可能性がある、ってことですよ。」

「ま、マジですかっ!?」

「それが、影の理の恐ろしいとこなのよね〜。理論上、本人の実力次第で何十人でもコピー出来る、ってことだし。」

「そうなれば、表現上だけではなく、まさに変幻自在の戦いが出来ることになるな。」

「……はぁ〜…。」

「理がこの世に何種類あるのか。それは誰も知りません。どんな理が現れてもおかしくないんですよ。」

「な、なるほど…。すいません、師匠っ!勉強不足でした!」

「今後は、もう少し考えてから物事を喋るように。」

「はいっ!」

「まぁ、あれだにゃ〜。確かにストーキングはされるけど、彼女は別に危害を加えてくるわけではないから大丈夫だとおもうよん♪。」

「え、そうなんですか?」

「うん。彼女は、まずストーキングをするって宣言して、相手を用心深くさせる。で、その相手を、いかにばれずに観察調査出来るか、っていうのが楽しいみたいだから。もちろん、相手の格闘スタイルや攻撃法なんかを身につけるのも目的みたいだけどね。」

「そ、そうなんですか。なんだか安心しました。」

「とはいえ、いつ、どこで見られているかわからない、っていうのは、正直落ち着きませんね。明日帰る予定でしたが、一緒について来られても困りますし。」

「ほぉ?困る事があるのか?お前がストーキングされているわけでもないのに。」

「気分の問題ですよ。」

「まーまー。どっちゃにしても、この街にいる間に何とかして諦めさせたほうがいいかもにゅ〜ん。しっつこいよ〜彼女。」

「…ですね。というわけで、伊吹。一応、滞在を延長します。」

「え…?一応、って?」

「あなたが目をつけられたんだから、あなたがなんとかしなさい。あまりに時間がかかるようなら、私一人で帰ります。」

「えーーーーー!!!そ、そんなぁ!!」

「あなたも一応、風の理を学びつつある身。ストーキングしている相手の気配を読み取って、捕まえるくらいのことはしてみなさい。風の理に、鋭敏に気配を感じる能力は必要不可欠ですから。」

「で、でも、あの人、めちゃめちゃ強い感じしましたし、私一人では…。」

「………。」

「う、うう〜。師匠の目が怖い〜。」

「心配するな、伊吹。なんだかんだ言ってても、お前の身に危険が及ぶような事態が起これば、こいつは確実に手を貸すだろうからな。」「炎護、うるさいですよ。」

「照れなくてもいいだろう。大切な一番弟子だから、気をかけるのは当然だ。」

「し、師匠〜!ありがとうございますっ!感激ですっ!」

「……もう、なんとでも勝手に解釈してください。」


妙な連帯感や信頼感。四人の間に、そんな感覚が広がっていた。


時間はあっという間に過ぎ去り、日は暮れ始めている。



再び、この街に舞い降りた風は、今回も、何かしらの風を吹かせようとしていた。


それが、巻き込む風か、巻き込まれる風か。


それは、まだわからない…。


てなわけで。新キャラが出てきます(^.^;)。どんなキャラになるかはお楽しみに…感じてもらえていると、嬉しいです(^.^;)。

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