第十三話「再び風が吹くときまで」
作中に登場する固有名詞は、実在のものとは一切関係ありません。
「起こしてくれてもよかったじゃないですかぁっ!」
「気持ち良さそうに寝てるのを起こすのは、なんか悪いと思いまして。」
「あの状態で放置される方が辛いですよ!」
「っていうか、あの場所でよく朝まで爆睡できましたね。修業の賜物ですか?」
「え?は、はい!ありがとうございます!師匠のご指導のお陰ですっ!」
「…いつでもどこでも寝続けられる技術なんてのは、教えた覚えありませんけどね。」
翌日。ジム内には、朝から伊吹の騒がしい声が響き渡っていた。
ジム内には二人の他は誰もいない。練習生達には今日は休みだと連絡されている。
炎護は、殺された練習生の家に行っている。炎龍党の代表として、辛くても、遺族に事実を伝えなければならなかった。
「そういえば、黒戸さんってどうしたんですか?」
「え?」
「師匠がいなくなった後、気付いたら黒戸さんもいなくなってたんですよ。何か知らないですか?」
「…う〜ん…」
伝えるべきか否か。一瞬の躊躇。
「…私は知りませんけど、誓雷なら知ってるかも知れませんね。」
そして、あっさりとスルー。が、
「ちょっと〜。そういうのは良くないと思うにゃ〜。」
「おや…いつの間に。」
その誓雷が、いつの間にか背後に立っていた。
「いくらライちゃんが情報集積所だからって、なんでもかんでも押し付けられちゃあ困るっちゅー話っすよ旦那。」
「いや、私もあの後はホントに知りませんから。あなたなら知ってるんじゃないですか?」
「師匠…あの後って?」
「え?…だから、昨日のジム前で起きた、あの後ですよ。」
伊吹の言葉をあっさり切り返すと、風樹は再び誓雷に向き直った。
「まぁ、無理に教えてもらおうとか、そんなことは思ってませんけどね。あくまでも知っていたらの話なので…。」
「…どっか行っちゃったよ。あっさりとね。」
「え…どういうことですか!?」
身を乗り出した伊吹に、誓雷は淡々と言葉を続ける。
「どういうこともなにも、このヒートシティからいなくなっちゃった、ってこと。別の街にでも向かったんじゃない?」
「………。」
「ま〜、彼女には彼女の目的があるわけだし?どこに行くのも彼女の自由だからねぃ。」
「そっかぁ…でも挨拶も無しで行っちゃうなんて…」
「ん?何?いぶっち、観察されるのがクセになっちゃった?」
「な!?そんなわけないじゃないですか!」
「ライちゃんでよければ観察してあげちゃうわよん♪」
「やめなさい。あなたが言うと本気っぽく聞こえます。」
「…。」
「あ、日田さん…」
「炎護…お帰りなさい。」
「あぁ…」
「え、えと…あの…。」
「ちゃんと納得してくれたかい?向こうの人々。」
「…息子の死を、そんなに簡単に納得できると思うか?」
「…出来ない、かな。」
「また後日改めて行くことになった。…俺ですら、あれだけ沈んだんだ。肉親ならなおさらだろう。」
「辛いのですね、責任を持つ者の立場っていうのも…。」
「覚悟の上だ。」
そう言って、微かに苦笑する炎護。
「…行くのか?」
「えぇ。約束は果たしましたし。」
「なら、次の約束をしなければな。」
「抜目ないですねぇ。」
「何年後とか、指定はしない。お前がさらに何かを掴んだと思ったら、この街に帰ってこい。」
「何年先になるかわからない約束ですね。」
「出来れば俺が老衰する前に来てほしいがな。」
「善処します。」
互いに軽く微笑んで握手を交わす。
そして、
風樹はくるりと背を向けた。
「あ、師匠!」
伊吹も慌ててその後を追う。が、また慌てて振り返ると、
「あの!お世話になりましたっ!」
慌ただしく挨拶をして、風樹の後を追った。
「ふ…。この街も、また暫くは静寂が続くな。」
「え〜?そんなのわかんないじゃん?別にふーリン達がいなくっても、何が起こるかなんてわかんないし。」
「いや、そういう意味じゃない。…いい刺激が少なくなるな、と思ってな。」
「…それって、ライちゃんでは刺激が足りない、ってやつかぴら?」
「刺激を与えたければ、もっと真面目に鍛練しろ。」
「べっつにライちゃんはえんタンのために生きてるんじゃないも〜んだ。」
そんな言葉を交わしながら、次に風が舞い戻るのはいつになるかと、早くも期待を膨らませている二人だった。
一方、
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「何ですか唐突に。急な大声はやめてください。」
山道へと向かう道中に、伊吹の声がこだましていた。
「す、すいませんっ!で、でもでも、すっかり忘れちゃってたことがあって!」
「…なんですか?」
「私!日田さんと手合わせしてないんですよ!」
「…はい?」
「ですから!私、日田さんに手合わせしましょう、って、師匠がいない間ずっと呼び掛けてたんですよ!」
「それで?返事はもらってたんですか?」
「返答をもらってなかったから、今日改めて聞こうと思ってたのに〜!完全に忘れてた〜!」
「で、どうするんですか?」
「へ?」
「今ならまだ引き返せますけど?」
「え、あ〜…う〜ん…。」
「?」
「…やめておきます。」
「何故ですか?手合わせしたいんでしょう?」
「それはそうなんですけど、でも…やっぱりやめておきます。」
「…?」
「だって…あんなカッコイイ別れ方見た後で、また戻るなんて。それってすっごい格好悪いじゃないですか!」
「…そうですか?」
「そうですよ!ドラマでも映画でも小説でも、去り際っていうのは大事なんですからっ!」
「…これは、ドラマでも映画でも小説でもないんですけどね?」
「え、違うんですか?」
「……………。」
「………すいません。」
「ま、あなたがいいって言うならいいですよ。私も炎護の足腰がしっかりしているうちには、もう一度訪れるつもりですし。」
「わかりました。ではその時までに、私ももっと己を磨かなければですねっ!」
「…あなたの場合、そのそそっかしくて馬鹿正直な性格を何とかするのが先かも知れませんね。」
「なっ!師匠!それはちょっと言い過ぎなんじゃないですか!?」
「危なっかしくて見てられないんですよね。もう少し私を安心させてください。」
「う〜。…すいません。」
「…ま、そこがあなたの長所でもあるんですけどね。」
「はいっ!ありがとうございます!」
「…その異様なまでの切り替えの早さはなんなんですか。」
他愛ない会話を交わしつつ、二人の姿は山道へと消えていく。
次に風が吹くのはいつのことか。それはわからない。だが、
風は、決して吹きやむことはない。
書き上がりました〜!めっちゃ時間かかっちゃいました〜(^.^;)。最後まで読んでくださり、ありがとうございました♪。