第十二話「決断と終着と始まり」
作中に登場する固有名詞は、実在のものとは一切関係ありません。
「…………。」
同刻、炎龍党ジム内。
静寂に包まれている炎護の部屋。そのドアの前に。
「出て来るまで、絶対に動きませんからねっ!」
どっかりとあぐらをかいて座っている、伊吹の姿があった。
部屋を出た伊吹は、そのまま炎護の部屋へと直行。鍵がかかっていたため中には入れなかったが、ならば、と、ドアの前に陣取った。そして、
「私と手合わせしましょうっ!」
と、炎護に呼び掛けていたのだ。
中の炎護からは、何の反応も無い。が、伊吹は諦めない。
(これが、今の私の出来ること。どんな微力だって、出来ることはあるっ!)
伊吹は、真っすぐな意志を炎護にぶつけていたのだった。
「…いつから居たの?」
「ナイフとカタールで戦い始めた辺りから。」
「やっぱり悪趣味ね。」
「そうかもしれません。盗み聞きといい勝負ですよね。」
「………。」
「で、再度お聞きしますが。覚悟はありますか?」
「今更何言ってるの?」
「………。」
「私は、この男を殺すために強くなったの。それ以外に目的なんてないわ。」
「…なるほど。」
「だいたい、あなただって同じ理由で来たんじゃないの?」
「ちょっとばかり、そんな考えが頭を過ぎったりもしましたね。ですが、殺してしまったらそれで終わりです。」
「………。」
「今までにこの男が殺して来た命。それは、死で償わせるには、あまりにも重いと思うんです。」
「で…?」
「ま、この状態なら、ほっといても勝手に死んじゃいそうですけどね。」
「答えになってないわよ。」
「…クスリの切れた状態で一生放置監禁。殺して来た分だけ、自然に死ぬまで苦しみを抱いて生き続けてもらいませんとね。」
「…。」
「と、これはあくまで私の考え。こいつを追って来たのはあなたですから、判断はあなたに委ねます。ただ、自分の選択がどんな現実を招いても、それは自己責任でよろしく。例えば…」
「…?」
「ナイフを突き刺した瞬間、窓の外から銃撃されたとしても、それは自己責任ってことです。」
「!!」
はっとして、窓の方を見る影葉。そこに、
「……。」
ゆらめく人影が一つ。
「…あの警察。」
「彼なら、間違いなく発砲してくるでしょうね。」
「…そうね。」
「自分のやりたいことをやるのが人生。私はそう思います。ですが、それがどんな形で跳ね返って来ても、そこから逃げることは出来ない。その覚悟がなければ、自分の考えは自分の中にしまっておくべきです。」
「………。」
「ま、やりたいことをやるのが人生とはいえ、己が欲望のために他人に危害を加えるような生き方は推奨しませんけどね。」
さぁ、それをふまえて。風樹はそう言って言葉を続けた。
「どうしますか?」
「………。」
影葉は動かない。静かに俯いたまま、微動だにしない。風樹もまた、言葉を発する事なく影葉の決断を待っている。
「…外にいてくれない?」
一分ほどの後、影葉が口を開いた。風樹もそれに応え、何も言わずに影葉に背を向けた。
影葉は未だ動かない。
ナイフは握りしめられたままだが、振り上げようとはしない。
男は、相変わらず痙攣を繰り返している。
「……………。」
「余計なことをするなと言ったはずだ。公務執行妨害で捕まりたいか?」
「遠慮させていただきます。それと、別に公務を妨害したつもりはありませんけど?」
「ふん。」
外に出た風樹を待ち構えていたのは、拳銃を持った氷斗の冷徹な視線だった。そんな視線をサラリと受け流すと、風樹は壁にもたれ掛かった。
「やはり、撃つつもりだったんですね。」
「あの女があいつを殺したら、あの女も殺人犯だ。足の一本くらい動かなくさせておくのが普通だ。」
「なら、さっさと中に突入して男を確保すればいいではないですか。」
「余計な労力は使わん。」
「…?」
「…ふん。これ以上喋る義務など無い。」
「ごもっともで。」
……ぅ………か……っ…!!
「ん?」
「…!」
中から聞こえて来た、微かな叫び。それに敏感に反応し、窓に向かって素早く銃を構える氷斗。が、すぐに踵を返すと、廃屋の中に駆け込んだ。
「…。」
数秒の後、
「チィッ!!」
激しく舌打ちをしながら、氷斗が飛び出して来た。
「貴様と話をしていたせいで、余計な手間が増えた!くそっ!」
風樹にそう吐き捨てると、氷斗はあっという間に走り去ってしまった。
「………なるほど。」
一つ息をつく風樹。そして、静かに中へと入っていく。
「これが、あなたの結論ですか。」
部屋の中を見つめ、小さく呟く。既に影葉の姿は無い。入口とは反対側にある窓が開け放たれているので、おそらくはそこから外へ出たのだろう。
そして床には、さっきと同じように倒れている男。違うのは、その背中にサバイバルナイフが突き立てられ、男の背中一面が赤黒く染まっていること。
もはや男は、ピクリとも動かない。
「…本来の目的を果たしたわけですし、よいのではないでしょうか。」
最後にそう言った言葉は、影葉への哀れみか、それとも同情だったのか。
ゆっくりと男に背を向けると、風樹も、廃屋を後にした。
「風樹。」
「炎護?」
日もすっかり沈んだ頃、ジムに戻り、部屋に入ろうとした風樹に、炎護が声をかけた。
「…大丈夫ですか?」
「正直言えば、まだ完全に立ち直ってはいない。…根負けした、というところかな。」
「…?」
「……。」
無言で通路の奥を振り返る炎護。通路の突き当たりが炎護の部屋なのだが、その部屋の前には、
「…伊吹?」
伊吹が先程と全く変わらず、あぐらをかいて座っていた。
「…………。」
そっと近寄る風樹。伊吹は風樹が近づいてくることにも、全く気付くそぶりを見せない。
「…。」
「………。」
顔を覗き込んだ風樹の耳に、伊吹の静かな寝息が流れ込んで来た。
「…何やってんですかこの人は…。」
「俺をもう一度立ち上がらせようとして、気合いを入れすぎたみたいでな。…そのおかげで救われた。」
「へぇ…。」
「…俺よりも、あいつの肉親や友人達の方が辛い思いをすることになる。身柄を預かっていた者として、俺はその辛さを受け止めなければならない。」
「…。」
「ジムに顔を出してくる。練習生達がまだいるかもしれんからな。」
「炎護。」
「殺人鬼のことは、ライから連絡が来た。」
「…そうですか。」
「………。」
それ以上何も喋る事なく、炎護はジムへと姿を消した。
「…。」
風樹も、それ以上声をかけることはなかった。
視線を伊吹に移す。起きる気配は全くないようだ。
「…ふ。」
しばし伊吹を見つめていた風樹の口から、思わず笑みが漏れた。一体何を思ったのか。
彼女に気を遣ってか、静かにドアを開けると、風樹は部屋の中へと姿を消した。
スローペースでどうにかこうにか書き上がりました(^.^;)。次回辺りがラスト予定です。読んでいただき、ありがとうございました。