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CROSS WIND  作者: 暇脳達弥
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第十一話「一つの決着」

作中に登場する固有名詞は、実在のものとは一切関係ありません。

「………。」

「ここで何をしている。」

「決まってるでしょ?あんたを殺しに来たの。」

「帰れ。」

「………。」

「まだお前を作品に仕上げるつもりは無い。お前には、もっとよい素材になってもらわねばならん。」

「これを見ても、そういうことを言っていられるかしら?」

「………。」

廃屋の中で対峙する、影葉と男の姿があった。家具らしい家具もなく、かろうじて風雨を凌げる、といった程度の家。午後の日差しが、部屋の中を静かに包んでいた。

何かを取り出した影葉。それは、小さな瓶のようであったが、それを目にした瞬間、

「……!」

今まで、ずっと無表情を崩さなかった男の表情が、一瞬、驚きの表情に変わった。

「これが無いと、苦しいのよね、あんたって。」

口の片端を上げ、片手で小瓶を弄ぶ影葉。中に入った液体が、ゆらゆらと揺れている。

「そろそろこれを飲まないといけない時間なんじゃない?それとも注射かしら?ま、どっちでもいいけどね。」

「…今なら見逃してやる。それを置いて、さっさと帰れ。」

男の様子は、明らかに変わりつつあった。それは、怒りとも、焦りとも思える反応だったが、影葉は全く気にする様子もなく、

「…ふふっ」

小瓶を、思い切り床にたたき付け、見せ付けるように踏み潰した。

無機質なガラスの擦れる音が、部屋の中を静かに包む。




空気が裂かれた。




大きく横に跳んだ影葉。さっきまで影葉がいた場所を、男の右手が真っすぐに貫いていた。その手に握られているのは、無色透明のカタール。炎龍党ジムに現れたときは死体を持ち運ぶために外していたようだが、いつでも装備できるように持ち歩いているらしい。

続けざまにカタールの斬撃を繰り出す男。それを的確に見切って、かわす影葉。男の攻撃は相変わらず鋭いが、

(やっぱり、正確さが微妙に欠けてる…これなら。)

さらに数発の斬撃をかわすと、影葉は反撃に転じた。男のカタールをぎりぎりの位置でかわし、カウンター気味に左の拳を叩き込む。その一撃は、狙い違う事なく、男の顔面を真っ向から直撃した。

「……ぐ」

くぐもった声が漏れる。男の体が、わずかではあるがよろめいた。

「切れ始めてるみたいね、クスリ。」

影葉が一気に攻勢に出た。様々な格闘家の動きをコピーし、自らのものとしている影葉である。その攻めは、実にとらえどころが無い。

一見同じように見える打撃でも、微妙に打点や角度が異なる。さらに、連携のスピードが速く、狙う部位も一定ではない。避ける側としては、実に戦いづらい相手である。

クスリの効き目が切れかかっている状態では、尚更だった。

嵐のような影葉の打撃。なんとかガードしてはいるものの、確実に、男は押されていた。時折カタールを振り回して影葉を追い払うものの、そこに、いつもの精度は無い。

「…ぐ…ぬぬ…」

男の口の端から、くぐもった声が漏れ始めた。額にはうっすら汗が滲み、動作もどこかぎこちなくなってきている。

「そろそろ限界みたいね。」

振り回されるカタールをかわして、いったん距離をとる影葉。そして、懐から何かを取り出した。

「…この数年、この瞬間のために生きてきた。あんたの息の根、止めるためだけに。」

刃渡り20センチ程の、大型のサバイバルナイフ。その、一点の曇りも無い刀身が、静かに男に向けられた。

「やっと…終わる…っ!」

影葉が床を蹴った。ナイフを男の心臓に向け、一気に間合いを詰める。

「…ぬぅっ!」

そのナイフの一撃を、カタールで弾く男。男の体には、徐々に不快な痛みが拡がりつつあった。が、動きを止めれば、影葉のナイフは確実に心臓を捉える。

「………っ!」

「ぐ……ぉっ!」

次々にナイフの斬撃を繰り出す影葉と、それをどうにか防ぎ続けている男。明らかに影葉の方が優位である。クスリの効果がどんどん失われていく以上、男の劣勢は明らかだった。

(いける…。次で、決めるっ!)

影葉の中に、確信が生まれた。自分の大切なものが、この男の手によって奪われてから数年。この瞬間を迎えるためだけに生きて来た。そして、ついにその瞬間を迎えられる。

「…ッッッ!!」

声にはならない、だが、激しく高ぶった気合い。そして、今までの怒りや悲しみの思いと共に、影葉のナイフが繰り出された。


これで終わり。


影葉のナイフは、男の肉体に深々と突き刺さった。


が、


「うぉあああぉぉぉああぉっっっっっ!!!」

「!?」

突き刺さったのは、心臓ではなく左腕。男が咄嗟に左腕で心臓を庇ったのだ。

(しまった…。)

動揺する影葉。自分では冷静なつもりだったのに、精神が高ぶったあの瞬間、影葉は、完全に冷静さを欠いていた。

クスリが切れ始め、不快な痛みと苦しみを感じていた男は、言うなれば、手負いの獣。必死で応戦してくることはわかっていたはずなのに。


「い、いい、いでぇ〜!いでぇぇぇ〜〜〜!!!」

「…!?」

それは、あまりに不気味な豹変だった。常に冷淡で無表情だった男の姿からは、今の姿は想像も出来ない。

慌ててナイフを引き抜き、男から距離を取る影葉。男は、赤黒く染まった自分の左腕を凝視しながら、痛いを連呼している。その目は、明らかに正常なものではない。

(クスリが精神や脳にまで作用していたとしたら…。)

それが失われた時にどうなるか。目の前にその答えがある。


「うるぉあああああああああああ!!!」

「!!」

カタールの突きが肩を掠めた。そこからさらに、目茶苦茶なカタールの斬撃が次々に襲い掛かってくる。

男の攻撃に、すでに理性は感じられない。だからこそ、何をしてくるかわからない恐怖感がある。

(でも、後少し、後少し切り抜けられれば、多分…)

今の男はおそらく、クスリで感じなくなっていた今までの傷の痛みが蘇って来ている状態。古いものならもう自然治癒しているかもしれないが、今朝の銃弾の傷は、一日も経たずに治るものではない。さっきのナイフの一撃もある。ただでさえ、クスリに己の体を任せてきた男だ。完全にクスリの効果が切れれば、まともに戦うことなど出来ないはずだ。

(それまで、なんとか凌げれば…!)

相手のがむしゃらな攻めをどうにか捌きながら、影葉は必死にその時を待った。


そして、


「………っか……!!」

男の動きが急に止まった。カタールを振り上げた状態で、カタカタと震えている。

(…きたか。)

影葉が静かに構えを解く。男はなんとか突きを繰り出そうとしているのだが、体が震えるばかりで一向に動かない。

「………こ……が…ぐ……」

意味を持たない呻きが口から漏れている。完全に瞳孔が開き、血走った二つの目が、影葉をギロリと睨んでいる。

「…終わったわね。」

「…………っしぁく……ぇぉあ……!!!」

何かを言い返そうとしたのか、それとも救いを求めたのか。が、男の言葉は、言葉という形を与えられずに虚空へと消え、

「………」

立っている感覚が無くなったのか、糸の切れたマリオネットのように、男は静かに崩れ落ちた。




「さてと…」

冷たく男を見下ろす影葉。男はヒクヒクと全身を痙攣させている。まだ死んではいないらしい。

ナイフを逆手に構え直す。静かに片膝をつくと、影葉はナイフを振り上げた。これで心臓を貫けば、それで、終わりだ。

「覚悟はあるんですか?」

「!!」

突如、背後からかけられた声に、驚く影葉。入口のドアで、長い髪の男が静かに佇んでいた。


いよいよラスト近くまで書くことが出来ました。予定では、あと二話くらいで完結させる予定。あくまで予定ですが(^.^;)。読んでいただいて、ありがとうございました♪。

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