第十話「隙のある時間」
作中に登場する固有名詞は、実在のものとは、一切関係ありません。
痛々しい沈黙が、ジムの中を支配していた。そんな空気に耐え切れないのか、伊吹は落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っている。
伊吹たちが寝泊まりしていたのは、ジムの奥にある応接室だった。どうせ客などこないから、と、炎護が臨時の宿として提供してくれていた。
その炎護は、自室に入ったっきり出て来る気配がない。
ジム生達も、ジムの中で沈黙している。
そして伊吹は、
「…あ〜〜〜〜〜〜…っ!」
もやもやした思いをどうすることも出来ず、苛々を募らせていた。
(師匠はジムを出るなって言ってどっか行っちゃうし、気がついたら黒戸さんもいなくなってるし、月代さんは連絡先がわからないし…)
「どうすればいいってのよーっ!!」
一声絶叫すると、伊吹は、ベッドの上にパタリと倒れ込んだ。
「……はぁ。」
視線が宙をさ迷う。一体自分は、どうすればいいのか。
「…無力だなぁ…私って。」
不意に、そんな言葉が口から漏れた。
「っ!」
急に跳ね起きる伊吹。不意に口をついて出てしまった言葉に対し、認めてなるものか、と思ったのか、ブンブンと勢いよく頭を振る。そして、
「よしっ!」
何かを思い立ったのか、ベッドから降りると、そのまま部屋を出ていった。
(自分の無力さを歎いている暇があるなら、その分出来ることがある!)
それは、彼女らしい、真っすぐな意志だった。
同刻、
「…誓雷。」
「…来たね。」
風樹の声に、誓雷が静かに反応し、振り返る。普段の、彼独特の調子は一切無い。
森林公園の奥にひっそりと存在する、誓雷の情報基地。シティのありとあらゆる情報が集まる場所。当然、殺人鬼の情報も、誓雷ならば掴んでいる。そう判断しての、風樹の行動だった。
「…惨劇があったみたいだね。」
「…えぇ。」
「………。」
「………。」
二人とも、次の言葉がでてこない。炎龍党に所属する人物が殺された。それは、誓雷にとっても他人事ではない。炎護はレイジスト時代からの付き合いであり、炎龍党も、よく訪れていた場所。
苦しみ、悲しみ、怒りを感じるのは、当然のことだった。
「……教えていただけますか?奴のことを。」
長い沈黙の後、風樹が口を開いた。誓雷はそれには答えず、黙ってモニターに向き直った。
僅かの後、巨大スクリーンに、殺人鬼の姿が映し出された。
「…本名、出身、経歴、一切不明。西部大陸に長いこといたみたいだけど、そこの生まれ、ってわけでもないみたい。判ってるのは…」
「………。」
「こいつの、常軌を逸しすぎてる趣味。…人を殺して剥製にしてる、ってことだけ。しかもこいつに罪の意識なんてものはかけらもない。言ってみれば、人間が花を摘んで、ドライフラワーや花の冠を作るのと同じ感覚で人を殺してる。それと…」
そこまで言って、誓雷は風樹を振り返った。風樹は変わらぬ表情で、話を聞いている。
「尋常じゃないほどの、薬物依存、ってことくらいかな。」
この時、二人とも気付いていなかった。情報基地に潜り込んでいた、もう一人の影を。
影は究極までに気配を殺し、じっと聞き耳を立てていた。
「薬物ってのは、何度も摂取すると効き目が薄くなっていく。だから効果を出すために、摂取量がどんどん増えていく。しかも、中毒症状を引き起こすような薬物の場合はなおさらだね。結果、引き返すことが出来ないくらいに、薬物を摂取する羽目になる。」
「…あの男は、既に引き返せない状態だ、と?」
「おそらく、ね。しかも銃撃を受けても痛がるそぶりがないとこを見ると、使ってる薬物自体、相当強力だね。付け入る隙があるとしたら、そこかな。」
そう言うと、誓雷はスクリーンに何かのグラフを表示した。
「これは…?」
「あいつの姿を、シティ内に仕掛けたカメラで捉えた回数を、時間別にグラフにしたもの。隅から隅まで、ってわけじゃないけど、大通りから裏路地まで、少なくとも百箇所以上にはカメラを仕掛けてあるから、結構信頼できる情報だと思うよ。」
「凄いですね…。」
「で、だ。このグラフを見てもらったらわかると思うけど、ある時間帯だけ、極端に目撃回数が少なくなってるんだよね。」
「午後3時から5時の間…。」
「さて、問題です。これは何を意味しているのでしょうか?」
「…この時間帯が、薬物を投与している時間…?」
「おそらくね。違う言い方をすれば、薬物の効果が切れる時間、かな。」
「今は…」
「午後2時を回ったところ。…微妙な時間だね。」
「………。」
「………?」
「…被害者は、少ない方がいいですよね。」
「今から行く気?あいつがどこにいるのかも、どこがアジトなのかもわからないのに。」
「そのためのあなたじゃないですか。」
「…教えない、って言ったら?」
「その時は、シティ中を虱潰しに捜すまでです。」
「まったく…。器用に見えていながら、実は馬鹿正直に真っすぐ。そーゆーとこは、さすがはいぶっちの師匠ってとこかな。」
「自分に正直に生きなきゃ、意味ありませんよ。」
「ま、確かに。いやはや、ふーりんが重度のお人よしで、みんな助かってるね。」
「どういう意味でしょう?」
「そのまんまの意味だよん♪。」
スクリーンに、別の画像が映し出される。それは、シティ内の地図。誓雷は、それを次々と拡大していき、
「ここ。」
シティの外れ。半ばスラム化している住宅地帯の一角で、拡大を止めた。
「あいつがここから出入りしてるのが、毎日カメラに映されてる。おそらく、ここがアジトだね。」
スクリーンには続いて、撮影されたカメラの映像が映し出された。数十年は放置されていた感のある廃屋。雑草が生い茂り、ドアや壁にも、所々、穴が空いている。その廃屋から男が出て来る瞬間が、カメラにはしっかりと収められていた。
「なるほど…わかりました。情報提供、感謝します。」
「ま、今回は事情が事情だからね。代金は後払いでいいよ。」
「しっかりしてますね…?」
不意に、風樹の表情がピクリと動いた。素早く背後を振り返るが、そこには出入口があるだけで、他には何も無い。
「…どしたの?」
「いえ…」
厳しい表情。出入口を見つめたまま、風樹は小さく呟いた。
「影が動いたような気がしたものですから…。」
今回も時間かかっちゃいました…。クライマックスに向けて、もうひと踏ん張り書き続けますo(^-^)o。また読んでいただけると嬉しいです♪