2-1
時間は6時30分。
一通りの特訓メニューを終えた僕はいつもの公園のベンチで身体を休めていた。
公園ではあるがスベリ台やブランコ等があるわけではなく、噴水や木々、ランニングコース等がある広めの森林公園。
この時間帯になると僕と同じようにランニングをする若者や、散歩に来ているお年寄りなどもいて、その一人一人と挨拶を交わす。
「オッス颯斗!今日しっかりやってるなー!」
「颯斗君おはよう!今日も朝から早いねー」
「おう如月んとこの坊主!今日はスペシャルメニュー用意してるから食いにこいや!」
「颯斗ちゃんは今日も早いねぇ。
最近の若い者にも見習ってもらいたいよぉ」
ここにはもう7年通い続けているお陰でここの人たちとは仲良くしてもらっている。
僕も早く来ているがみんなも充分早く来てると思うのだが.....まあ考えても意味のないことではあるか。
それにしても親方は久々にスペシャルメニューを出すのか......今日の晩飯はいらないな。
「ファントム」
僕が今日のスペシャルメニューは何を食べようか悩んでいると、他称の"二つ名"である名前を誰かが呼んだ。
まあ僕の事を素顔で、しかもこの場所で呼ぶ人は一人しかいないのだけれど。
「その名前では呼ばないでっていつも言ってるでしょ、咲希ちゃん」
顔をあげるととても可愛らしい....16歳の女の子をそう言っていいものか分からないが、しかし可愛らしいが言葉として一番適切な子が僕の前に立っていた。
「ならば貴方も私の事をちゃん付けで呼ばないで欲しい。
そうすれば私も貴方を名前で呼ぶ」
「ん~じゃあ仕方ないか。
でも人前ではそれで呼ばないでね」
咲希ちゃんは納得した(しかし顔色はあまりよくない)表情でコクリと首を縦に降り、僕の隣に腰をかける。
僕が高校に入学した4月頃に出会った少女、倉影咲希。
"とある仕事"をしている時にそこでバッタリ出くわしたのだが、会った瞬間殺されかけたという素敵な出逢い方をしている。(本人曰く、自分がしばきにいこうとした相手が雇ったボディーガードと勘違いしたらしい)
そんなデンジャラスな彼女だが、見た目は小動物のように可愛らしい。
背は妹より低めの152㎝で銀髪のショート。
あまり表情を変えない子だが、笑った時の顔はとても可愛らしい。
出会った時から僕の事をファントムと呼んでいて、先程と同じ会話をして試しに「咲希」と呼んだら「颯斗」と呼ばれた。
年の近い女性からストレートに名前で呼ばれたことのない僕としては少し、いやかなり恥ずかしかったので「ごめん、やっぱり咲希ちゃんで」と言うと「では私もファントムと呼びます」と分かりづらい膨れっ面でそう言っていた。
以来咲希ちゃんと会うたびにあの会話は挨拶のようになっている。
「じゃあ咲希ちゃん、始めちゃおうか?」
僕はそう言ってベンチから立ち上がる。
勘違いされる人はまずいないだろうけど、今から始めるのはたまに来る咲希ちゃんに頼まれている組手だ。
僕としては女の子相手は気が引けたけど、「あの日私をめちゃくちゃにしたくせに」と誤解を招くどころか誘発しかねないことを人前でも言おうとしたため、結局僕が折れて引き受けてしまった。
今日も三日ぶりに来たので組手をするんだろうと思っていたのだが、
「今日はいい」
咲希ちゃんのお断りに少し拍子抜けしてしまった。
「体調悪いの?」
「すこぶる元気」
「ん? じゃあどうして?」
「ファ.....貴方の方が元気ない」
人がまばらにいるため言い直した咲希ちゃん可愛らしいと心の中で微笑んだが.....この子はホント人の心を読むのが上手い。
僕が分かりやすいだけかもしれないけど、他の人たちにはバレなかったからそんなことはないだろう。