1 繋がれた命運① 澪里姫の嫁入り
大陸で一番大きな、瑞の国には。神話にも登場する、神竜様がいらっしゃいます。
私は今日。彼の許へ、お嫁に参ります。
ここに来るまでに。どれ程の、血の滲む努力をしてきた事か。特に、作法を覚えるのが苦手でした。何年も積み重ねて、やっと。今日の本番を迎えました。
震える手を、ぎゅっと握ります。
その時、乗っていた輿が止まりました。着いたようです。
侍女に手を借り、輿から降ります。
杜の社へと続く、石造りの階段は長く。正門は、どの辺りだろうと仰ぎます。遠くの方にありました。
幾分、体力に自信があるからと言っても。流石に疲れます。
重たい花嫁衣装を着込んでいて、暑かったのもありますし。金や銀の模様を散りばめた薄桃色の衣は、地面を引きずるくらいの裾がありますし。白いヴェールも被っています。
普段の素の仕草が出ないよう、なるべく品よく見えるように。気を配りつつ、一歩ずつ上って行きます。
神聖な「杜」へと向かっています。大陸においても、特別な地域です。瑞で一番大きな山の中腹に造られた場所で。杜では、大陸中から集められた若者が「仙」を目指して働いています。
杜には「社」と呼ばれる、お屋敷が存在します。ほかの国々で言うところの、城に値するのかもしれません。神殿と例えても、しっくりくるような気がします。
正門の前まで辿り着き、足を止めます。
立派な造りの、門の左右に。社を囲う如く、白い壁が巡っていて。正門を挟んだ両脇には、太古に石を積み上げて造られたとされる巨大な灯篭が聳えています。
門の奥には。堂々とした佇まいの、お社の本殿があります。ここに神竜様が、お住まいなのですね。
小さい頃は、まさか自分が。神竜様に御目に掛かれるなんて、思いもしませんでした。
俯いて、少し笑んだ後に。一度だけ、振り向きます。
見渡す眼下には。森や集落、遠くの方には海が広がっています。
杜より下の地域や国を、まとめて「瑞広土」と呼ぶ事があります。
……もしかしたら。私も。これで瑞広土とは、お別れなのかもしれません。
一度、杜へ上がった仙の候補者たちは。滅多には、瑞広土へ戻りません。
私の友達の一人も。仙になる為に杜へ上がり、連絡もありません。
「約束を守れなくて、ごめんなさい」
自分にしか聞こえない声で、呟きます。
残酷で美しい彼の地へ一礼し、踵を返しました。
もう、振り向きません。
正門の扉が、開け放たれます。
私は、杜の社へと上がったのです。
屋敷の手前に、人影があります。
数十人程いる中央に、とても目立つ人物を発見します。
こちらには背を向け……後方に控える従者らしき男性と話をしている、その人は。
頭の後ろで、団子に結った髪型をしていて。髪色が白っぽい水色です。今までに出会った事のない、澄んだ泉を連想させる美しさに。つい、見つめてしまいます。
濃い緑の装束、背丈は私よりも少し高いくらい。声から察すると、年齢は近いかもしれません。
「お、来たか」
明るい響きの声は、私へ掛けられたものなのでしょう。彼が振り向きます。
琥珀色の瞳を目にした、一瞬。何かの既視感が過ります。多分……緊張と疲労で、目眩がしたのだと思います。
膝を地につき、彼へと首を垂れます。
「遥々、よう来てくれた。其方を歓迎する。御手を上げられよ」
言われた通りに、ゆっくりと身を起こします。
眼前の男性と、対峙します。
相手は、少年から青年になる頃の齢に見えます。
この方が、私の……。
彼が、ニコリと笑みます。
「よろしく頼む。澪里姫」
私も。幾度、練習したか分からない笑顔を披露します。
「よろしく、お願い申し上げます。陛下」
彼こそが。神竜の力を宿す、次代の守護神。
私は今日から、この方の妻となる。
一息つく間もなく、慌ただしく婚儀を終え。初めての、社での夜を迎えます。




