タイトル未定2026/09/11 12:15
少年は
ピアノコンクールで一位になった。
名前を呼ばれると
大きな拍手が起きた。
金色のトロフィーをもらって
写真を何枚も撮られた。
「すごいね」
「将来が楽しみだ」
みんながそう言った。
少年も
うれしかった。
でも帰り道
なぜか少しだけ寂しかった。
会場に忘れ物をしたことに気づいて
少年はひとりで戻った。
もう誰もいないはずのホールから
ピアノの音が聞こえた。
そっと扉を開けると
女の子が弾いていた。
今日のコンクールで
途中で間違えてしまった子だった。
賞はもらえなかった。
泣いていたのも
少年は知っていた。
でも今は
楽しそうに弾いていた。
間違えて
笑って
また弾いた。
少年は
扉の前から動けなくなった。
昼間より
ずっといい音に聞こえた。
そこへ
片づけをしていた老人がやってきた。
「上手だろう」
少年はうなずいた。
そして訊いた。
「どうして
あの子は賞をもらえなかったの?」
老人は笑った。
「今日は
そういう日だったんだろう」
「僕が一位だったから?」
「それも今日の話だ」
老人は客席に座った。
「人間はな
順番をつけると便利なんだ」
少年も隣に座った。
「悪いことなの?」
「いや
順番があるから頑張れることもある」
老人は舞台を見ながら続けた。
「でもな
一番になった人にも寂しい夜はあるし
負けた人にも楽しい夜はある」
少年は
自分のトロフィーを見た。
たしかにそうだった。
「じゃあ
一位ってなんだろう」
老人は少し考えて言った。
「今日
一番だった人じゃないか」
「今日だけ?」
「明日は
誰にも分からんよ」
女の子の演奏が終わった。
少年は思わず
照明のスイッチを見た。
もっと明るくしてあげたかった。
みんなにも
聴かせてあげたかった。
でも
手を止めた。
あの子は今
誰にも見られずに弾きたいのかもしれない。
だから少年は
何もしなかった。
しばらくして
女の子がこちらに気づいた。
少年は訊いた。
「もう一曲
聴いてもいい?」
女の子は少し驚いて
笑った。
「いいよ」
また音楽が始まった。
トロフィーは
少年の足元に置かれていた。
誰も順位をつけなかった。
誰も点数をつけなかった。
間違えたら
二人で笑った。
うまく弾けたら
少年が拍手した。
その夜
少年は初めて知った。
一番になることも
負けることも
人生の一場面にすぎない。
明るい場所にいる日もあれば
誰にも見つからない日もある。
でも
見つからないからといって
価値がないわけじゃない。
負けたからといって
終わったわけでもない。
人にはそれぞれ
出番がやってくる。
だから
無理に誰かを舞台へ引っぱらなくてもいい。
その人が歩き出したとき
そっと場所を空ければいい。
少女は
最後の一音を弾いた。
少年は
今日いちばん大きな拍手をした。
そこには
審査員がいなかった。
だから
誰も負けなかった。




