英雄記録調査員
それは誰が見てもイケメンだった。
百九十はあろうかスラッとした長身に、艶のある黄金色の髪。そして神々しく開かれた金色の瞳は、もはや神となんら遜色ない威光を放っていた-⋯⋯はずだった。
「うわぁぁぁあああああああああんっ!」
その男はいきなり立ち上がったかと思えば、訳の分からないことを叫びながら、脇目も振らずにその場から駆けだす。その姿は、さっきまでの威光はどこへやら、脱兎のごとく駆け出すその様は負け犬のような哀愁を漂わせていた。
いや、実際に”負け犬”なのだ。
「ふぅ⋯⋯」
その勝者であり論者である少女は、サラッとした髪を掻きあげて、小さく呼吸を整える。
辺りからは拍手と、その何倍にもあたるどよめき。これは今に始まったことじゃない。
少女は辺りの様子をみてさも不機嫌になったように脚を組んで眉を釣り上がらせ、「次」と実に事務的で温度の無い声で言い放った。
こうなっては誰も話し掛けられる雰囲気ではない。
「ひいい⋯⋯」
少女がそんな様子だから”次”の人は震え上がった。
大の大人が情けなくも身体をガタガタと震わせ、それでも少女の目の前の椅子に腰かける様子はまるで魔王に対抗する勇者そのものだった。
恐い⋯⋯だが報奨金はどうしてもいただきたい。
少女の前に座った男性は勇気を振りしぼり声を張る。
「わ、私は!あの現場に居た者でしてッ!それで―」
しかしそこまで言って、「ほう?」と少女のなんとも短い言葉が男性の僅かな勇気すら断ち切ってしまう。
「いま”居た者”と答えたか?」
「えっ」
少女は両肘をついて両指を口元で絡ませ、訝しむように目が細められる。
「もう一度聞こう。お前は現場に”居た”だけなのか?」
そこで男性は自分が犯したミスに気が付く。
この目の前に鎮座する魔王が、そんな生半可な答えを求めていないことに。
「貴様、さっきのやり取りを見ていなかったのか?その場に居合わせただけではなんの価値もないと言っただろう」
少女の眼光がさらにきつく鋭くなる。
「あの、そのぅ……ですね」
男性は押し潰されそうになるも必死に言葉を探すが、少女の視線から逃れるように目線を伏せた時点で勝負は決した。
少女は嫌味たっぷりに大きなため息をついた。
「お前のような有象無象はいくらでもいるんだ。現場に居ただけで何も行動を起こすことなく、ただじっと身をすくめて変革が起きるのを待ち望むだけの凡人は。その様子だと”アルダン”を使って見通す価値すらない。これ以上は時間の無駄だ。邪魔だ。まだ列は長いんだ。とっとと去れ」
その髪と同じ青い冷気を纏った少女の眼力と強烈な物言いに、目の前に座る男性には到底耐えうるものではなかった。
「うわぁぁぁあああああああああんっ!」
先ほどの男性同様、椅子から飛び上がって部屋を飛び出していく。
また周りからどよめきが起こり、後ろに並んでいた自分を”英雄”だと語ろうとする連中はたじろいだ。
「次」
そんなことを気にした風もなく、少女は端的に言葉を告げた。
数時間後、業務時間が終了した。
あれから少女の圧に負けて半数は逃げ帰り、それでも残り半数となっても長蛇の列と化していた人たちを、少女は一人残らず片づけてしまった。
「はあ~⋯⋯」
少女は深く息を整え、長い吐息を吐き切る。それはまるで武闘のような構えだった。
そのオーラのせいか、仕事が終わったというのに誰一人として少女に声を掛けてくる者はおらず、今は冬場だというのに少女からは覇気の如き湯気が立っていた。
「いいの?あんなにいい男ばーっかりだったのに」
唯一、隣の卓に座る胸の大きな赤髪の女性が、何も気にしないで話し掛ける。
「いい男?ただの嘘つきの間違いだろう?」
少女はさも当然と言わんばかりにそう言い返す。女性は「あらら」とこぼすも、少女は毅然した態度でさらに言葉を続ける。
どうやら怒りが収まらないようだ。
「自分を英雄だなどと宣うからにはそれ相応の確証があるのかと思えば!全く!話にならんッ!」
少女がダンッ!と拳を机に振り下ろすと、「ヒィ!」ともう隣にいる女の子が小さく悲鳴を上げて、片づけていた書類を取りこぼした。
「あわわわわ……」
少女と女性はそんなこと無視するかのように言葉を続ける。
「そう?なら私が貰っちゃえばよかった」
「今度からそうしてくれ」
女性の挑発的な言葉に噛みつくように応えると「フンッ」と鼻を鳴らして「全く」とまだ冷めない熱に絆されるまま最近の口癖となった呪詛を吐き連ねる。
「どいつもこいつも自分は英雄だと言い腐りやがって。今回の影騎士については本当に酷いぞ」
「し、しかたないんじゃないかな」
すると書類を拾い終えた女の子が弱々しくも口を開く。
「仕方ない、だと?」
少女の眼光に「ひいい!」とまたも悲鳴を上げるも、グッと力を入れて少女の机の前に近寄ってきた。
「そ、そそ、そうだよ!今回のマルントボーン伯爵は不毛な土地から三年間に渡り文字通り血税を民から毟り取っていた悪魔中の悪魔なんだよ!それがこの都心部に来て誅殺されるのは仕方ないことなんじゃない⋯⋯んじゃないでしょうか?」
女の子は少女の圧力に屈して最後の方はもごもごと小さく敬語になってしまう。その態度は
同じ年齢とは思えなかった。まるで上司と部下のようだった。
少女は女の子の言葉に「その事に関しては一理はある」と同調する。
「だがな、今回”英雄”とされる者はれっきとした殺人者だ。今回の件で重税で苦しんだ民が俺だ俺だと報奨金目当てに名乗っていい者じゃないんだよ。私が今回受け持つことになった”マルントボーン伯爵誅殺事件”。報奨金を宛がう事が目的じゃないんだよ」
少女はそう言い残して、目の前にある数枚の書類を破棄して職場を後にした。
少女は帰路、普段近付きすらしない繁華街に足を踏み入れる。人で賑わい、楽しげな雰囲気ともとれる場所だが、少女にとってはただの雑な料理が振る舞われるうるさい店の寄せ集めだった。
それでも今日足が向いたのは、家に帰ってご飯を作る手間が煩わしかったから。
そう思うほどに最近の仕事は手に余る。”アルダン”という不可視すら見通せる瞳を使ったとしても、だ。
「くっさ⋯⋯」
店の殆どから立ちこめる料理という名の匂いの暴力-。入り混じったそれらにやられ、少女は思わず鼻をつまんでしまう。
何人かは不思議そうに少女の方を見やるが、さすが繁華街、自分たちの興味あるものが移り変わる速度は凄まじく、すぐさま少女から別のものへと視線を巡らせた。
なんでもいい。そう思っていた少女は、出来るだけ煙が出ていない店を見つけ、店名すら確認せず暖簾をくぐる。
すると少女は一瞬、あまりの眩しさに目を覆う。
目を細め、少女はゆっくりと開眼。
そこは、いかにもそれらしい風体をしていた。
上から吊るしてある調整のミスった照明に、一貫性のない並びをしたカウンターや机。乱雑に積み上げられた食器。食べ残されたままの料理。そして壊れたスピーカーの如き声量で、何事かを喚きながら呑む人達。
先ほどまでいた繁華街をそのまま詰め込んだかのような空間に少女は辟易した。
まさかこんな衛生面もへったくれもない場所でバカ騒ぎとは。
「いらっしゃい!お一人ですか?」
バタバタと忙しなく仕事をこなす一人の女性が、よく通る声で少女を尋ねる。
少女は喋るよりも効率的だと、こくりとだけ頷くと、すぐさまカウンター席に案内される。見ればそのカウンターの上にはまだ前の人の食器が残されていた。それを女性が片手で器用に持つと、反対の手に持った布巾でサッと拭いた。この間五秒未満。
「どうぞー!」
女性の声に少女がカウンター席に座る。少女はふと机を見下ろすと、まだ汚れが取れていないのが見える。
「はあ、なってない」
少女はそう溢すと同時に「お通しでーす!」と明るい声。まだ入って間もないというのに、目の前には普段の少女が食べる量となんら変わらない量の料理が置かれていた。見ると店員がせわしなく動き回り、その倍の注文の声が上がっていた。
店員たちもそれに負けじと声を張り上げて対抗。笑顔ではあるが、目なんかぎょろぎょろと動き回り、なるほど死角はないということが伺える。
何度も呼ぶのはよくないと、少女はお通しを置いてくれた店員に適当にメニューをひらいて頼んだ。
「⋯⋯騒がしい」
だが今日は平日の最終日。ほとんどの人が仕事から解放される日。皆パーっとしたい気分なのだろう。そして少女もまた同じ気分なのだった。
少女は水の入ったグラスをゆすり、目の前の小鉢をつつき始める。
暫くしてビールが届き、小鉢はそれのあてに変わる。
ゆっくり呑むつもりだったが、最近のストレスから解放されるように一気に飲み干し、注文していたもう一杯のビールもすぐに飲み干してしまった。
そうして少女は全身に心地よい火照りを感じて目がとろんと溶けだす。気分が高揚し、忙しい店員を呼びつけてまた何杯か注文した。
「隣いいかな?」
振り向くと、そこに男の人が立っていた。
「おや?聞いていたよりもよっぽどおっかない顔をしているな」
男性は何故か少女の顔を見るなり嬉しそうに頬を綻ばせた。
「これはこれは祝福かな。いっぱい奢るよ」
男性は少女の答えを待たずして座り、近くの店員にさっさと注文してしまった。
-なんだこいつ。少女は警戒するように彼をじとりと睨む。
齢三十くらいだろうか。ぼさぼさの茶髪に少しひげを伸ばした、どこにでもいるおじさん。身なりもこの辺りでは珍しく風来坊のような見た目だが、盗賊のような卑しさは感じられない。
ふと、こっちを向いた男性と目が合う。
反応遅れて少女は目線を逸らすと、誤魔化すように水を啜った。というかさっき聞いていたよりとか言った?
あぁ、英雄もどき共が勝手にわめいたのだろうと少女は踏んだ。
「君、まだ未成年だろ?こんなところで呑んでいて大丈夫かい?」
少女はまだこちらを覗き込んでくる男性を無視して料理に手を付ける。見た感じ二倍近いくらいは歳が離れている。それなのに話しかけてくるのは変態か、ただのお節介のどちらか。
自慢ではないが年頃のなかでは綺麗な方の少女は、このような事が多かったために自炊が常となった。
はぁ最悪。どっかいけ。なんでわざわざ隣なんだよ。
ちらりと辺りを見渡せば、ここ以外に開いている席は無かった。ならば仕方ないじゃないか。
少女はそう自分に言い聞かせ、それでも溢れでようとしている溜飲を料理と共に流し込む。
「んぐっ!?」
少女は喉を詰まらせて必死に胸を叩く。
「ほら、あんまり無理しない」
男性はちょうど来た料理の中から飲み物を一つ手渡してくる。
「酔わせてどうするつもりだ?」
「ん?それアップルジュースだよ?アルコールは、こっち」
少女の思惑を当てるように男性は手にしたグラスを揺すった。なるほど、たしかにビールと同じ泡が浮かんでいた。
喉を詰まっていても冷静な少女は、それでも疑り深くそれに何か仕込まれていないか視覚、嗅覚で確認する⋯⋯特になし。
少女はそれを一気に身体へと流し込んだ。同時に詰まりが取れる。
ふぅ、と少女はため息を漏らすと、視界の端に動く手が見えた。それはこちらの胸元へと迫っていて、思わず叩き落とした。
「なんだ貴様は!変態なのか!?」
少女は勢いあまり立ち上がって男性を指さす。
しかし男性はキョトンとした様子で首を傾げる。
「んん?いや、この胸元の紋章-⋯⋯」
また伸びた手は胸元の前で形を変え、指さす。その先にあったのは紋章だった。
「君、英雄記録調査員だったのか」
「なッ-」
何故それをこのような風体をした男が知っている?男性はそれに答えるようにべらべらと喋る。
「この紋章、王家に仕える者かそれに属する者が身に付ける栄誉あるものだからな。なるほど、だからアルコールも許されている訳か」
この紋章は実際に英雄となった者の身辺調査や真偽を図るために資料や情報提供をスムーズに仰ぐための物だ。いわばパスのようなもので、これを身に付けていること自体が栄誉ある人物だという証明でもある。
勿論危険な仕事もあり、その中にはアルコールを含む場合もあるので特例として認められている。
しかしこれは公にされている紋章ではなく、殆どはアルダンが使用できない王家や付近の場所でしか使われない。ポピュラーなものではないのだ。
それをわざわざ誰に聞かれているかも分からない場所で言い放つなど-。
「⋯⋯貴様はいったい、何者なんだ?」
少女は耐えきれなくなり、絞り出すように声を漏らす。
急速に酔いが覚めていくのを感じ、ゆっくりと後ろ腰に刺してある小刀に手を伸ばして警戒をあげる。
そんな少女の様子に男性はヘラっとした笑顔を作り、そのまま口元を少女の耳へと寄せた。
「⋯⋯マルントボーン伯爵を殺したのは-俺だ」
少女の目は一瞬見開かれたが、すぐにきつく鋭利に絞られた。
「嘘だな」
「聖クリッド︰オーパーツ」
そう聞いた瞬間少女の目は再び見開かれ、思わず男性の方を見つめた。相変わらず掴みどころのない飄々とした態度だが、嘘をついているようには見えなかった。
「拾った情報⋯⋯では無さそうだな」
マルントボーン伯爵の殺した武器-それはただの剣だ。現地では英雄の剣やエクスカリバー、反逆の等色々と騒がれているが、厳密に言うと違う。
使われた武器自体は普通の武器だが、何しろ構造が全く異なる。
それを知っているのは私たち英雄記録調査員の中でも担当している私と数人の筈だが⋯⋯。
断定は出来ないが、この男性がやったので間違いないのかもしれない。
「で。それを私に言ってどうする?英雄は自分だと言いたいのか?悪いが今回指し示す英雄と殺人事件とは同列に考えられる。報奨金は貰えどその倍の請求と牢獄行きは確定だぞ」
少女は務めて冷静に事実を述べる。
「もちろん知っているさ。だから後で捕まえてくれ。その前に君に会いたかった」
「私に?」
「あぁ」
男性は先程までとはうってかわり、至って真剣な表情をしていた。しかしフッ笑って顔を崩し、またも少女の耳元へと口を近付けて小声で放った。
「第二王子の暗殺」
「⋯⋯なんだと」
少女の可愛らしい顔に、険しく深い皺が額に刻まれる。
第二王子。
少女を救ってくれた初恋の人でもあり、そして⋯⋯-少女の大切な人達を殺した張本人。
少女が英雄記録調査員となった理由でもある。
-私が殺したい人物⋯⋯。
少女はゆっくりと離れると、男性は変わらない表情でこちらを見つめていた。
一体こいつは何者なんだろうか。
男性は顔だけで「手伝ってくれるか?」と言葉を告げていた。
少女はとっくに酔いが覚めていた。
「お、ようやく顔の朱が引いてきたな」
男性は揶揄うように少女に笑いかけるが、対照的に少女の顔は鉄の仮面のように硬い表情をしていた。
「場所を移そうか。ミリア・スティール・ウーマン」
鉄の女-これ以上笑うことのないようにと、少女が自身に掛けた呪いの名であった。
なぜその名を-とはもう聞かなかった。
少女はこくりとだけ頷くと、店をさっさと勘定を済ましてしまう。
そして男性と共に、繁華街へと紛れ込むようにして店を後にした。




