表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能ゼロと言われた俺が、学校一の美少女を守るまで――点数はビリ。だけど、君を守る時だけ俺は最強だ。  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/26

第25話 光の盾、覚醒

 夏が近づく空は、どこまでも高かった。

 けれど街は、まだ完全には平和を取り戻していない。地下鉄の照明が一瞬で落ちたり、通信が途切れたり、夜更けの公園に黒い影が立っていたり。静かに、でも確かに、ざわざわが広がっている。


 放課後の屋上で、春斗は空を見上げて拳を握った。風が制服の裾を持ち上げる。心の中の火は、消えていない。むしろ、前よりもはっきり、赤い。


「お前、また徹夜で見回りか?」

 背後で蓮の声がした。

「まぁな。どうも街の空気が変なんだ」

 蓮は手すりにもたれて、真剣な目で言った。

「黒薔薇の残党だけじゃねぇ。新しい組織が動いてる。名前は“ノア”」

「ノア……?」

「方舟を気取ってるらしい。“選ばれた者だけ連れていく”って。やってることは、ただのテロだ」


 その時、階段の方から駆け足の音。

 雪乃と芽衣が、息を切らせて屋上へ飛び込んできた。

「駅前に黒い柱が出現した!」芽衣の声が高く跳ねる。「空に光の線が伸びてる!」

 雪乃は顔色を変えた。「あのエネルギー……前のボスより、ずっと強い」


 春斗は迷わなかった。階段を降りながら、いつもより速く、足が勝手に前へ出る。

 駅前のロータリーは、ざわめきに満ちていた。夕暮れの光の中、見たことのない塔が立っている。金属のようで、石のようで、どこにも属さない色。塔の先端から空へ向かって細い光が伸び、雲を刺している。音はほとんどないのに、耳鳴りがする。嫌な、静かな圧。


「信号が止まってる!」

「電波が入らない!」

 人々の声が波のように揺れる。子どもが泣き、誰かが空を指さす。

 芽衣が持ち出しの端末を覗き込んで顔をしかめた。「周波数が全部、塔に吸われてる……このままだと避難の誘導ができない」

 蓮は短く言う。「中心へ行く。いいか、焦るな。見て、考えて、動け」

 雪乃がうなずく。「春斗くん、前はお願い」

「任せろ」


 塔の基部は、黒い板で囲われていた。その前に、フードの男がひとり。顔は見えない。声だけが、妙にやさしい。

「ようやく来たか、光の盾」

「黒薔薇の残りか?」春斗は構える。

「違う。我々は“ノア”。弱さを切り離し、強さだけを積み込む。君たちのような“守る者”が、この世界を弱くしている」

「……だったら、俺は何度でも弱くなる。守るためなら、いくらでも」

 男は小さく笑った。「なら、その弱さごと消してやろう」


 地面が低く震え、塔の光が太った。空が一段暗くなる。

 次の瞬間、透明な衝撃が弾け、風景がたわむ。ビルの窓が一斉に悲鳴をあげ、信号機がひしゃげた。

 春斗は雪乃の前に立ち、壁を張る。見えない板が空気を固め、押し寄せる圧を受け止める。けれど、重い。腕がきしむ。板に蜘蛛の巣みたいなひび。

「まずい……!」

 雪乃が両手を重ね、足元へ薄氷の線を走らせる。震える地面を冷やし、揺れをやわらげる。それでも、圧は薄れない。


「芽衣、避難ルートを書き換えろ!」

「やってる! けど通信が……!」

 蓮が塔の周囲を走りながら構造を見て叫ぶ。「上と下に二重の心臓がある! 同時に止めないと復活する!」

「なら、分担する!」春斗が言った。「俺が前で受ける。蓮は上、芽衣は下、雪乃は俺の後ろを固めてくれ」

「了解」蓮が飛び出す。

「任せて!」芽衣は階段へ消える。

 雪乃が小さく息を吸った。「怖いけど、怖くない。行ける」


 フードの男は、春斗だけを見ていた。「守るだけで、どこまで行ける?」

「進むために守る。俺の壁は、前へ出る」

 春斗は一歩踏み出した。

 その瞬間だった。胸の奥が、赤く光った気がした。心臓が内側から合図を送ってくる。懐かしい、でも一度も聞いたことのない声。


——恐れるな。守りたいと思った数だけ、お前は形を持てる。


「……誰だ?」

 返事はない。けれど、わかった。これはたぶん、昔からここにあった声だ。

 春斗は息を整え、腕を上げる。壊れかけの板が、ふっと透明にひろがった。今までより薄いのに、強い。光を透かし、風を逃がし、衝撃だけを受け止める。

 板が板じゃなくなる感覚。壁というより、空気の形。春斗の前に、見えない“輪郭”が生まれた。


「これが……俺の力の本当の姿」

 塔の光線が直撃した。透明な輪郭がゆるぎ、きしみ、でも砕けない。

 春斗は一歩、もう一歩と押し出す。圧に負けないように、肩で息をしながら。

「お前の攻撃、通させない」

 言葉が、空に残った。


 蓮が塔の側面を駆け上がる。手すりも出っ張りも少ない斜面を、靴の先でかすめるように走る。

 上空の足場で待っていた“ノア”の兵は、音のない音で蓮の耳を刺そうとする。

 蓮はイヤモニを外し、世界の雑音を切り落とした。自分の鼓動だけが響く。

「強いのは速さじゃない。迷わない一歩だ」

 一歩目で懐へ潜り、二歩目で芯をずらす。三歩目で、敵の足を刈る。刃が光をかすめ、塔の上部に火花が散った。


 地下へ回った芽衣は、暗い機械室で額の汗を拭った。

「暗号のパターン、違う……システムが自分で組み替わってる……!」

 彼女は悔しさに唇をかみ、笑った。「いい度胸。じゃあ、こっちもずるするね」

 ケーブルを束ね、小さな電池を直結し、機械の“勘違い”を作る。表示がちらつき、ロックがひとつ外れた。

「あと二重。春斗、時間かせいで!」

「任せろ!」春斗は全身で押し返す。足裏が路面に食い込み、肩から背中へ力の道が通る。


「守るだけで勝てると思うなよ」フードの男が低く笑い、塔の光をねじった。

 光が圧から鎖に変わる。束になって、春斗の足を絡め取る。

「っ……!」

 膝が折れそうになる瞬間、背中に温かい手。

 雪乃がそっと触れていた。

「大丈夫。私が後ろにいる」

 それだけで、体の中の何かが持ち上がる。春斗は鎖を踏み、力の方向を変えた。

 守る板を斜めにして、流す。強引に受け止めるのでなく、進む角度へ誤魔化す。

「進ませない守りじゃなく、進むための守りだ」

 鎖は横にそれ、街路樹に吸い込まれる。葉がざわりと鳴り、風に返る。


 塔の下、避難を手伝う白髪の男が目に入った。地味な背広、古い鞄。教師でも警官でもない。けれど人の流れを見て、指で小さく方向を指し示し、渋滞を解いていく。

 彼はふと、戦っている春斗たちを見上げ、目が合うと軽く二本の指を立てて見せた。二歩、という合図。

 男の口が、音もなく言った。「二歩で入れ」

 何者だ、と考える前に体が理解する。

「雪乃、二歩!」

「うん!」

 春斗は一歩、壁を前に押し出し、二歩目で塔の直前へ滑り込む。雪乃の薄氷が足下に走り、すべり台みたいな軌道を作る。

 守りの板が楔になって、塔の基部の隙間に差し込まれた。

 フードの男が眉を動かす。「それが“盾”の加速か」

「名前はあとでいい」春斗は歯を食いしばる。「今は止まれ」


 上空。蓮が塔の肩にあるコアへ踵を落とした。

 足裏に硬い手応え。コアが悲鳴を上げる。

「芽衣、今!」

「こっちもラスト一本!」

 芽衣はペンチを握り、震える手を自ら叱った。「怖いのはわかる。でも、終わらせる」

 三、二、一。銀色の線が切れ、低い振動が消えた。


 塔の光が一瞬ふらつく。その刹那、フードの男が影のように滑り出して春斗の首筋を狙った。

 春斗は反射で腕を上げ、透明な板を小さく、速く立ち上げる。

 甲高い音。男の手刀が止まる。

「どうして倒れねぇ」

「倒れたら、守れねぇからだ」

 春斗は返す。その言葉は、自分に向けてもあった。


 塔の中程で何かが燃え、黒い煙が噴き上がる。光は弱まったが、完全には消えない。

 フードの男は、春斗の肩越しに空を見た。「間に合わなかったな」

 雲が割れ、巨大な影が覗いた。

 空を覆う白灰色の船。音が遅れて降り、腹の扉が開く。

「“ノア”の方舟。本隊だ」蓮が低く言った。

 芽衣が息をのむ。「街が、飲まれる……!」


 春斗は一歩、前へ出た。さっきの白髪の男が、人ごみの向こうで小さくうなずくのが見えた。誰だかはまだわからない。けれど、そのうなずきは不思議と“正解だ”と告げていた。

 春斗は胸に手を当て、息を吸った。

 耳の奥で、またあの声がする。


——恐れるな。守りたいのは景色じゃない。ここにいる人だ。人を真ん中に置け。


「……だったら、全部包む」

 春斗は両手を広げた。

 透明な板が、板であることをやめる。

 輪郭がつながり、線が面になり、面がゆるい球になっていく。

 ロータリーを、駅舎を、避難の列を、雪乃を、蓮を、芽衣を、先生を、見知らぬ誰かを、ぜんぶ内側に入れて、ひとつの幕で包む。

 光は白くも青くもない。空気の色。

「光なんて大げさだ。これはただの、空気の形だ」

 春斗は笑った。

 けれど、その空気は硬かった。方舟から降る圧を受け止め、街の音を守った。


 フードの男の声が、どこか遠くなった。

「面白い。君は“選ばれた強さ”じゃない。重ねた弱さでできた盾だ」

「弱くていい。俺たちは、一緒に立ってる」

 雪乃が後ろから支える。「私も立ってる」

 蓮が横に立つ。「当然」

 芽衣が叫ぶ。「守ってる間に、電源ぜんぶ落とす! あと少し!」


 方舟の腹から、最後の圧が降りた。透明な幕が低く唸る。

 腕が震える。足がしびれる。視界の端が薄い。

 でも、折れない。

 春斗は息を吐き、押し返した。

「俺の壁は、“絶望”さえ通さない」

 言葉が、やっと自分のものになった。

 方舟の光が鈍り、腹の扉が閉じかける。

 遠くで芽衣の声。「停電誘導、成功! 街の人、ほぼ避難完了!」

 蓮が笑う。「勝ち筋、見えたな!」


 その時だった。フードの男が春斗の幕に手を当て、わずかに押した。

 硬さを測るみたいに、ほんの少しだけ。

「今日は引こう。だが、君が守ると決めるほど、人は揺さぶられる。恐怖の次は、怒りだ」

 男の姿が霞にほどけ、塔の基部が音もなく崩れた。

 方舟は雲の向こうへ引いていく。置き土産みたいに、空気の温度だけが少し落ちた。


 幕を畳むと、駅前の音が戻った。ひそひそと、ほっとする息の音。泣き声。笑い声。

 春斗は肩で息をして、その場に膝をついた。

 雪乃がすぐに駆け寄って、抱きしめる。腕の力は弱いのに、その温度は強かった。

「よかった……ほんとに、よかった」

「泣くなよ。大丈夫だって」

「うるさい。泣くときは泣くの」

「……はい」


 蓮は空を見上げたまま、口の端を上げた。

「お前、やっと“ヒーローの顔”になったな」

「勝手に言え」

「言うさ。言いたい時に言うのが親友だ」

 芽衣が笑いながら涙を拭く。「限定シェイク、四人で飲みに行こ。糖分は正義」

「お前はいつも通りだな」

「いつも通りが一番強いんだよ」


 人混みの端で、あの白髪の男がこちらを見ていた。

 彼は春斗に近づくでも、拍手に混ざるでもなく、ただ一歩だけうなずいて、踵を返した。

 鞄の取っ手が擦れて音を立てる。

 その背中に、雪乃が小さく首をかしげた。

「今の人、見覚えある気がする……」

「知り合い?」

「わからない。でも、目が“先生”だった」

 蓮が短く言う。「追うか?」

「いい」春斗は首を振った。「たぶん、また会える。そういう歩き方だった」


 空はもう、夜の色になりかけていた。

 方舟の残した風は消え、駅前に屋台の匂いが戻る。

 春斗は、包帯だらけの自分の手を見て、笑った。

 弱い手だ。骨だって細い。強く握れば、すぐに痛くなる。

 でも、この手なら、何度でも重ねられる。何度でも広げられる。何度でも、誰かの手を取れる。


「終わってねぇよ。あいつら、まだ何か残してる」

「知ってる」雪乃はうなずいた。「でも、今日は勝ち」

「今日は勝ちだ」蓮も言う。

「勝ち打ち上げだよ!」芽衣が指を天に向けた。

 笑いながら、春斗は駅前の空を見た。

 雲の切れ間に、さっきの方舟よりずっと小さく、飛行物体の影。すぐに消えた。

「“ノア”本隊だ」蓮が静かに言う。

「なら、最後まで守り抜く」

 春斗は、胸の奥にもう一度、輪郭を描いた。

 それは目には見えない。でも、確かにここにある。

 空気の形。

 守るためのかたち。


 風が通り抜けて、四人の髪を揺らした。

 夏は近い。

 第三章《英雄編》が、今、始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ