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才能ゼロと言われた俺が、学校一の美少女を守るまで――点数はビリ。だけど、君を守る時だけ俺は最強だ。  作者: 妙原奇天


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第16話 装置停止ミッション

 工場の床はまだ鳴っていた。

 光の線が血管みたいに走り、空気は焦げた匂いをまき散らす。鉄骨がときどききしんで、砂が頭上からぱらぱら落ちた。

「装置、まだ動いてる!」

 芽衣の声が、耳の中の鼓動を追い越して響く。

「電源は切ったのに、どこかで別回路が——」

 蓮は顔をしかめ、配線の海に目を凝らす。ボスの姿はもうない。残っているのは仕掛けだけ。嫌なタイプの宿題だ。

「このままだと街ごと吹っ飛ぶ!」

 芽衣の叫びが、冷たい空気をさらに冷たくする。

 春斗はゆっくり立った。腕は軋む。胸も痛い。けれど、立てる。

「行く。俺が前で受ける。止めるまで、誰も通させない」

 装置の中心で、球体みたいな光がゆっくり回転していた。近づくほど重力が増えたみたいに足が重くなる。床の溝から赤い光が滲んで、靴底に熱が乗る。

「蓮! 制御盤を探せ」

「了解」

 蓮が駆け、雪乃はその背中に氷の壁を薄く並走させる。倒れかけの鉄板を支えるつっかえ棒みたいに、道ができる。

「ライト持つ、工具渡すの私!」

 芽衣はライトをくわえ、ポーチの中身を手の感覚だけで入れ替える。スパナ、ペンチ、絶縁カバー。器用さが爆発していた。

 春斗は三人の前に立った。

 板を置く。胸の前、腰の横、足元。三呼吸で三枚。空気の流れに角度を合わせ、押し寄せる振動を“受けて流す”。

「どんだけ持つ!?」

「わかんねぇ! でも、立ち止まってるよりマシだ!」

 装置から伸びたケーブルの一本が、蛇みたいに跳ねて火花を散らした。

「ヤバい、爆発する!」

 芽衣の声と同時に、春斗の体が勝手に飛び出す。板を胸の前で重ね、光の舌を受け止める。

 衝撃。視界がぐにゃりと揺れ、壁にひびが走る。

「春斗くん!」

 雪乃の気配が背に触れる。温度が一段上がり、ひびが勝手にふさがる。

「大丈夫! ほら、立ってる!」

 笑って言うと、胸の痛みがほんの少し軽くなった気がした。

「ここだ」

 蓮が制御盤のカバーをこじ開ける。粉塵がぱふっと上がり、黒ずんだ基板が姿を見せた。

「芽衣、赤のケーブル!」

「はいはい、赤い悪党はどれかな……いた!」

 ペンチが閃き、太い赤がぶつりと断たれる。唸りが一拍だけ弱まり、また別の線が光る。しぶとい。

「冷やす」

 雪乃が両手を上げ、装置へ細い氷の柱を伸ばした。直接触れない。ほんの少し離して、熱を奪う。

 光がくぐもり、球体の回転がわずかに鈍る。機械の息が浅くなるのが、耳じゃなくて皮膚でわかる。

「あと少し!」

 芽衣はライトを歯でくわえ直し、青いケーブルに狙いを定める。

「三、二、一——今!」

 切断。スパーク。光が一段落ちる。

 蓮は別のブレーカーを叩き落とし、春斗は装置のうねりに合わせて板の角度を変えた。

 沈黙。

 息を殺して待つ。

 光が完全に消えるまで、数えるみたいに時間が遅い。やがて、床の震えが止まり、空気の重さが肩から剝がれた。

「止まった……! 止まったよ!」

 芽衣が尻もちのまま両手を上げ、笑いながら泣いた。

「よくやった」

 蓮は背中で息を吐いた。肩の力が一枚だけ降りる。

 春斗はその場に座り込み、天井の暗がりを見上げた。

「終わった……のか?」

 雪乃が隣に座り、ペンダントを胸に戻して言う。

「ううん。始まりだよ。これから、私たちが守る番」

 春斗は笑ってうなずいた。

「ああ。これからだ」

 外へ出ると、夜明けが工場の口から差し込んでいた。オレンジと青のあいだの空。

 四人は無言で見上げ、風を一息分だけ分け合った。

 春斗は心の中でつぶやく。

 ——まだ戦える。もう、逃げない。

     ◇

 帰路、工場の塀を回り込んだところで、蓮の携帯が短く震えた。学校連絡網からの緊急通達。

「市内の広場でイベントがある。昼すぎ。……“夜は街で”って、あいつ言ってたな」

「昼でも夜でも、街は街だよ」芽衣が歯を食いしばる。

 春斗は拳を握った。

「行こう。今度は、俺たちだけじゃない。みんなを守る」


第17話 共闘の誓い

 午前の校庭は、まだ誰のものでもない涼しさだった。

 早朝の空気は正直で、嘘がつけない。そこを選んで、四人は再集合した。汗の匂いが混ざる前の砂のにおい。ゴールポストの影が長い。

「街での戦いは、学校とは違う」

 蓮が短く切り出す。

「通路は狭く、出口は多い。守る相手はたくさんで、こちらの手は足りない。だから——配置を決める」

「私、広場のルートを全部調べた。人の流れ、段差、車止めの位置」

 芽衣がコピー用紙を広げる。手描きの地図に色鉛筆の線。赤が避難導線、青が合流点、緑が待機場所。

「私は冷やすだけじゃなく、滑り止めもやる。氷って滑るって思われがちだけど、薄く霜を置くと摩擦が上がる。転ばせたくない場所に敷ける」

 雪乃の目は強い。あの夜の震えは、もう別の場所へ移されていた。

「春斗は、面から“ドーム”に」

 蓮が地面に指で円を描く。

「今までの板は平面だ。街では三百六十度から来る。半球の“受け皿”を覚えろ。全部をはじくんじゃない、逃がす道を作って受け流す」

「半球……丸ってむずいな」

「丸は下手でもいい。大事なのは“入口と出口”だ。入ってくる衝撃の角度と、出してやる角度を決める。そこに雪乃の霜の帯を合わせる」

「合図はこれ」

 芽衣が指笛を鳴らした。短く二回、長く一回。

「短短長は『避難開始』、短長短は『囲い込まれる』。長長は『一般人優先』。覚えて」

「了解」

 四人の声がそれぞれの高さで重なった。バラバラなのに、音は気持ちよく合う。

 そこへ、校舎の陰からひょいと顔を出した影がある。

「朝練、楽しそうじゃん」

 生徒会副会長の麗央だ。蓮と何度も戦っては引き分ける、学年もう一人の天才。

 尖った笑みを春斗に向けて言う。

「ゼロくん、ヒーローごっこだけなら止めないけど、街を守るなら手は多いほうがいいだろ」

「ごっこじゃない」春斗は短く返す。

「へえ。なら、共闘だ」

 麗央は手袋を直し、軽く肩を回す。

「生徒会有志も動かす。人の流れの整理は慣れてる。君らは前、私たちは周りを回す」

「助かる」蓮は即答した。

 意地とか面子とかより、足りない手を増やすのが先。蓮はそういうところが好きだと、春斗は最近やっと気づいた。

「じゃ、段取り詰めよう。市の警備とも連携。こっちは校内連絡網でボランティア募る」

 芽衣がスマホを取り出し、打ち込み始める。文章が速い。速いのに、丁寧で読みやすい。才能だ。

「俺は……」

 春斗は自分の掌を見る。

 板は見えない。ドームも見えない。けれど、置ける。朝の空気がそう言っている。

「俺は“入口と出口”を決める。来るものを受けて、通す道を作る」

「うん」

 雪乃がうなずく。

「私がその道を滑らかにする。蓮が矢になって突いて、麗央たちが人を流す。芽衣は全部を繋ぐ」

「それ、強くない?」

 芽衣がむずむず笑って肩をすくめる。

「強い。だから、勝つ」

 蓮の言い方は淡々としているのに、砂の上に置かれた言葉が重く響いた。

 短い水分補給のあと、練習はすぐに実戦形式になった。

 蓮がフェイント混じりの打撃で半球の“入口”をあえてずらし、春斗がそれを読み直して“出口”の角度を決める。雪乃が霜の帯を出力低めで流し、芽衣が合図を刻む。麗央は迂回から背後に回って牽制、混雑の芽を摘む。

「今の出口、鋭すぎ。人が引っかかる」

 芽衣の即時フィードバック。

「入口、あと半歩手前から作って。出口は扇形に薄く」

 雪乃が板の縁を指でなぞる仕草をして、春斗の肩を軽く叩く。

「肘の角度、楽に。硬いと全部割れる」

 何度も転んで、何度も立った。

 半球はきれいじゃなくていい。でも、呼吸と一緒に“置き直す”ことだけは忘れない。吸って、置いて、吐く。三つで一組。

 校庭の端で、麗央が言った。

「君、ゼロじゃないよ。ゼロは空白だけど、君のは“余白”。そこにみんなの線が描ける」

「……難しく言うなよ」

「簡単だ。君はノート。私は書き込む係」

「落書きされる気しかしない」

 笑いが少しだけ緊張をほどく。

 太陽が昇りきる前に、四人と新しい仲間たちの段取りは固まった。

 広場の地図に色が増え、矢印が太くなる。

「行くぞ」

 蓮が短く締める。

 春斗はうなずき、息を一つだけ深く吸った。朝の空気が肺に入って、板の位置が定まる。


第18話 雨の街で

 昼、空は気が変わったみたいに暗くなった。細い雨が降り始め、街の広場はパラソルと屋台で色を保っていた。

 音楽のステージ、子ども向けの風船、写真撮影の列。日常がちゃんと立っている。だから守る価値がある。

「配置についた」

 芽衣の合図がイヤホン越しに届く。

〈短短長〉——避難導線の準備。

 春斗は広場の北側、噴水の縁に立つ。雪乃が斜め後方。蓮と麗央は左右の路地へ散っている。生徒会の腕章が点々と配られて、ボランティアが人の波を整え始めた。

 雨粒が板に当たる感触はない。でも、板は雨を嫌わない。むしろ、境目がわかりやすくなる。

 春斗は半球を置く。入口は噴水側、出口は南の広い通り。雪乃が通りまで薄い霜の帯を延ばす。人が足を取られない、見えない舗装工事。

 そのときだった。

 広場の端で黒いコートの裾が翻った。

 音は静か。動きは速い。三つの影が屋台の骨組みの上を跳び、ステージ裏へ回る。

〈短長短〉——囲い込まれる。芽衣の笛が空気を切る。

 蓮が右の路地から突き出て、麗央が左の階段を駆け下りる。

 春斗は半球の入口を広げ、一般客の流れを出口へ向けて押し出す。手で押すんじゃない。空気の曲がりで前へ送る。人は自然に流れ、走らなくても離れられる。

 影の一人が鎖のついた刃を振るって屋台の支柱を切った。テントが傾き、子どもが泣き出す。

 春斗は二歩で距離を詰め、半球の外殻を斜めに立てた。

 鎖が板に当たり、重みと一緒に角度が滑る。反対側の出口から地面へ逃がす。

 雪乃の霜がそこにあって、鎖は音を立てずに止まった。

「どけ!」

 影が怒鳴る。

「どかない」

 春斗は短く返し、もう一枚を胸の前に。

 雨音が強くなる。人の声が重なる。

 芽衣がスピーカーに繋いで、平静な案内を流す。「落ち着いて歩いてください。走らないで。南側の通りへどうぞ」

 ステージ裏で火花が散った。別の影が照明を壊そうとしている。

 蓮が影の懐に飛び込み、背中でライトスタンドを庇いながら短く打ち込む。

「麗央、左から!」

「任された!」

 半球の境界を保ちながら、春斗は視線だけで雪乃に合図を送る。

 雪乃はうなずき、霜の帯をさらに南へ延ばす。帯の端は横断歩道の白線で自然に終わる。絵みたいだ、と一瞬思って、すぐ思考を戦いに戻す。

「鍵を渡せ」

 鎖の男が、雨に濡れた髪を振って低く言う。

「うるさい。鍵は——」

 春斗が言いかけたとき、雪乃が前へ出て言葉を引き取った。

「鍵は、人と人の間にある。あなたは奪えない」

 男の目の色が変わる。

 鎖が唸った。

 春斗は半球の入口を狭め、雪乃の前に“前室”みたいな小さな丸を追加した。二重のドーム。外は受け流し、内は吸ってから返す。

 打ち込まれた鎖は外殻で角度を失い、内側で勢いをなくして床に落ちる。

 男の眉がぴくりと動いた。予想が外れた顔。

「——覚えが早いな、ゼロ」

「ノートだからな。すぐ書ける」

 自分でも意味がわからない返しをして、雪乃が小さく笑う。

 笑いは武器だ。自分の足場を一枚増やす。

 広場の端で、別の影が煙玉を投げた。視界が薄灰ににじむ。

 芽衣の笛が〈長長〉に変わる。一般人最優先。

「行って!」雪乃が背中で押す。

 春斗は半球を人の背中の高さに合わせて低くし、流れをさらに強くした。肩で風を押すみたいに、押しすぎず、でも確実に前へ。

 麗央がボランティアと一緒に子どもを抱え、親と手を繋ぎ直させる。

 黒い影の一人が、春斗を避けて横の路地へ逃げようとした。

「させない」

 蓮が路地の先で立ち、手の甲で雨をはじく。次の瞬間、影は転がるように戻ってきた。

 半球の外殻が受け、出口が影の足を滑らせる。浮いた重心を、麗央の低いタックルが刈り取った。

「生徒会、逮捕術講習の成果だよ」

「学校、なんでもやるな」

「青春は科目多め」

 最後の影が屋台の上から飛び降り、鎖の男の肩を叩く。合図。退き足だ。

「まだ昼だ。夜にまた来る」

「昼でも夜でも、俺たちはここにいる」

 春斗の返しは短い。雨が目に入り、まばたきで追い出す。

 影たちはビルの軒を伝って去った。雨だけが残り、広場に人の声が戻る。泣き声、ありがとう、すみません、よかった——日常の音だ。

 芽衣がスピーカーを切り、マイクを下ろす。

「ふう……予定通り避難完了。怪我人少数。屋台の人が『焼きそば無料で』って言ってる」

「後で行く」

 蓮は濡れた前髪を指で上げ、周囲をぐるりと見渡す。「片付け手伝う。跡が残らないように」

 春斗は半球を解き、両手をぶらぶらさせた。腕が重い。肩に雨が冷たい。

 雪乃が傘を差し出す。

「入って」

「お前は?」

「一緒に入る」

 傘の下は狭い。肩が当たって、くすぐったい。

 春斗は息を吐いて、雨の向こうの空を見上げた。雲はまだ厚いが、端のほうが少し薄くなっている。

「今日、折れなかったね」

 雪乃がさりげなく言う。

「ああ。折れなかった。みんながいたから」

「私、今日の春斗くんの半球、好き」

「どこが」

「入口と出口。ちゃんと“帰り道”がある形」

「……それ、いいな」

 麗央が片手を上げて近づく。

「ヒーロー、写真撮る?」

「やめろ」

「じゃ、焼きそば」

「撮るよりいい」

 屋台の湯気が、雨に混じって広がる。ソースの匂いは強くて、戦いの匂いを追い出すのが上手い。

 紙舟を手に、四人は軒下で立ったまま食べた。熱い。うまい。生きてる味がする。

 そのとき、春斗のポケットで携帯が震えた。知らない番号。

 出ると、低い声が雨の音に割り込んだ。

「君、面白いね。ゼロのくせに。今夜、話そう。場所は——月見橋」

 通話は一方的に切れた。

 春斗は小さく息を吸い、蓮と雪乃、芽衣、麗央を見た。

「ボスだ」

 蓮は頷く。「罠だ。だが、行く価値はある」

「行こう」

 春斗の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

「入口と出口、今度は俺たちが決める」

 雨は弱くなり、広場の地面に小さな空がいくつもできた。

 そのひとつに、四人の顔が揺れて映った。

 笑っているような、引き締まっているような、どちらでもある顔。

 日常の余韻の中で、次の戦いへの熱が静かに育っていく。

 うおおお、って心の中で叫ぶ。誰にも聞こえないけれど、確かに鳴った。

 春斗は傘の柄を握り直した。

 今日も、折れない。

 夜も、折れない。

 ——そして、守る。

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