表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能ゼロと言われた俺が、学校一の美少女を守るまで――点数はビリ。だけど、君を守る時だけ俺は最強だ。  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/26

第1話 ビリの新入生、立つ

 春斗が王都に来たのは、桜が散る前日だった。

 乗り換えを間違えて三時間遅れ。見知らぬ街の空気は、田舎とは違って少し乾いていた。高い建物が並び、人の声と魔力の気配が渦を巻いている。見上げると、巨大な時計塔が光を放ち、その針の下に「聖リアナ学園」の校門が見えた。

 ——ここから、俺の人生が変わる。

 そう信じていた。少なくとも、入学式の前までは。


 入学試験の会場は白い石造りの講堂だった。魔力測定器が並び、他の受験生たちは軽々と火花を散らしたり、小石を浮かせたりしていた。

 順番が来たとき、春斗は深呼吸して両手をかざした。先生が言う。「心を静めて、流れを感じるんだ」。

 春斗は目を閉じ、息を吸った。何も起こらない。

 もう一度。吸って、吐いて。

 何も——起きない。

 測定器の水晶は沈黙したままだった。


 「……あれ? 一応もう一度お願いします」

 試験官が眉をひそめてボタンを押す。

 結果は同じだった。水晶の色は、変わらない。

 「魔力値、ゼロ……?」

 ざわめきが起きる。誰かが笑う。

 「ゼロって、あり得るの?」

 「魔力量の単位に“ゼロ”あるのかよ」

 「ひと桁とかじゃなくて?」


 笑いが連鎖して、教室中に広がる。

 春斗は笑おうとした。冗談っぽく肩をすくめて、「ま、これから上がるかも」と言ったが、声が少し震えていた。

 そのとき、前の席の少女だけが笑わなかった。

 雪のような白髪が肩で揺れ、瞳は淡い青。氷の中に光を閉じ込めたような美しさ。

 彼女——雪乃が、ふっと口を動かした。

 「大丈夫」

 声にならないほどの小さな言葉だったが、不思議と春斗には聞こえた。

 その瞬間だけ、笑われる痛みが遠のいた。


 ***


 放課後。初日から寮の部屋に戻る気になれず、春斗は校門の外をぶらついていた。

 新しい制服の襟がかゆい。都会の空気に馴染めず、ため息ばかり出る。

 そんなときだった。

 少し先の路地で、雪乃が数人の男たちに囲まれていた。

 彼らは学園の生徒ではない。革のコートに灰色の目つき。どこかの貴族の手下か、あるいは魔導傭兵だろう。

 「少し話を聞かせてくれないか、お嬢さん」

 声が低く、いやに丁寧だった。だが目は冷たく、雪乃の腕を掴もうとする。


 春斗の心臓が、どくん、と跳ねた。

 怖い。

 頭では逃げろと叫んでいた。だが足が勝手に前に出る。

 「やめてください!」

 声が裏返った。男たちがこちらを振り向く。

 「なんだ坊主。邪魔すんな」

 肩を押され、バランスを崩す。地面が近づく——その瞬間。


 空気が、弾けた。

 目に見えない何かが走り抜け、男たちの体が宙に浮いた。

 バラバラに後ろへ吹き飛び、石畳に叩きつけられる。

 春斗は尻もちをついたまま、自分の手を見た。

 手のひらから、淡い光が滲んでいた。

 「俺……いま、何を……?」


 雪乃が駆け寄ってくる。

 「大丈夫?」

 彼女の声は震えていたが、瞳は真っすぐだった。

 「ありがとう」

 そう言ったとき、ほんの少し涙が光った。

 春斗はうまく言葉を返せず、「う、うん」とだけ答えた。

 ——その涙が、妙に胸に残った。


 ***


 寮の部屋。夜。

 ベッドに横たわっても眠れない。

 昼間の出来事が何度も頭をよぎる。

 魔力ゼロのはずの自分が、どうして。あの光は何だったんだ。

 窓の外には、王都の月。白く大きく、やけに近く見える。

 「もしかして……俺にも、何かあるのか」

 呟いて笑う。自分でも馬鹿みたいだと思った。

 でも、少しだけ希望が混ざっていた。

 ——ビリでも、まだ始まったばかりだ。


 ***


 翌朝。

 朝のホームルームで、教師が告げた。

 「昨日の件、街で魔力暴発があったらしい。関係者は気をつけるように」

 教室がざわつく。

 春斗はうつむいた。暴発——あれがそうだったのか?

 ちらりと横を見ると、雪乃がこちらを見ていた。

 目が合うと、彼女は小さく微笑んだ。

 まるで「秘密だよ」と言っているように。


 それから、地獄の授業が始まった。

 「はい、春斗くん。炎の基礎を」

 「え、あ、はい!」

 魔導書を開いて、呪文を唱える。

 結果——煙すら出なかった。

 「ゼロなのに入学できたんだ?」と後ろの席から囁き声。

 「裏口だろ」「推薦って便利だよな」

 笑いがまた広がる。

 心の奥で何かがチリ、と焼けた。

 それでも、春斗は笑った。

 「ま、いきなり火を出したら先生の立場ないっすもんね!」

 冗談でかわしたが、内心は真っ黒だった。


 放課後。雪乃が声をかけてきた。

 「昨日のこと、先生には言わないでおく」

 「……あれ、やっぱり俺が?」

 雪乃はうなずく。

 「でも、あれは危険な力。普通の魔法じゃなかった」

 「危険……?」

 「暴発でも暴走でもない。もっと根が深い、違う力」

 雪乃の表情は真剣だった。

 春斗はごくりと唾を飲む。

 「それって、悪い意味?」

 「……まだわからない。でも、私には懐かしかった」

 「懐かしい?」

 彼女は微笑んで、風の中に髪をなびかせた。

 「ありがとう、助けてくれて」

 そう言って去っていく背中を、春斗はただ見送った。


 胸の奥に、妙な熱が残る。

 勇気でも恋でもない。

 ただ、何かが動き出した予感だった。


 ***


 その夜、夢を見た。

 暗い空。崩れた塔。誰かの叫び声。

 その中心で、白い髪の少女が立っていた。

 雪乃だ。

 彼女の背中から、黒い羽のような影が伸びている。

 春斗は名前を呼ぼうとするが、声が出ない。

 手を伸ばす。届かない。

 「——起きて」

 耳元で囁かれた瞬間、目が覚めた。


 寮の部屋。窓の外はまだ夜明け前。

 額には冷や汗。

 「なんだ、いまの……」

 息が荒い。

 月が沈みかけていて、その縁に一瞬だけ黒い線が走ったように見えた。

 光のノイズか、夢の残滓か。

 春斗には判断できなかった。


 けれど、この夜からすべてが始まる。

 ビリの新入生が、誰も知らない力に触れた夜として。

 そして、彼の隣で笑った少女が、やがて王都を揺るがす運命の鍵になることも——まだ誰も知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ