第73話「 ありがとう、みんなに出会えて本当によかったよ」
夜空では、二つの光が激しく交差していた。
黒い軌跡が風を裂き、白い閃光が神罰のように降り注ぐ。
衝突のたび、空気そのものが震え、雲が引き裂かれる。
ヤヤとアキト。
二人はすでに、人の届かない高さで向かい合っていた。
その直下――
砂浜では、レインが涙を流しながら倒れたキョウの傍に膝をついていた。
波音が寄せては返す。
だが、その音は、あまりにも虚しい。
「……ボス……」
呼んでも、返事はない。
そのとき、背後から砂を踏みしめる音がした。
「レイン!!状況はっ?!」
振り返ると、カイトが駆け寄ってくる。
ユウヒ、シルファ、そして最後にケイ。
四人は、まずキョウの姿を見て――言葉を失った。
「……おい……嘘だろ……なぁ?!ボスっ!!」
一番初めに沈黙を破ったのはカイトだった。
カイトは目を見開きながら感情を爆発させる。
「……そんなわけ……ないよね……?」
それに続いたユウヒの声も壊れたように掠れる。目に涙を浮かべながら。
シルファは一歩遅れてキョウを見下ろし、唇を噛み締めた。
いつも冷静なその瞳が、揺れている。
ケイは何も言わず、脈を確認し――
ゆっくりと首を横に振った。
それだけで、すべてが伝わった。
カイトは膝をつき、拳で砂を叩く。
「……ふざけんなよ……ふざけんなぁぁっ!!」
声が震える。
「ボスがこんなとこで、死ぬわけねぇだろ……!」
シルファは歯を食いしばり、夜空を睨みつけた。
「やったのは……あの人ですか?」
レインは顔を上げた。
涙で滲んだ視界の向こう、夜空で激突する二つの光を見つめながら、震える声で告げる。
「そう……遊佐アキトよ」
その名に、空気が張り詰めた。
「ボスは……アキトに殺された。私達の目の前で。
それで……今、ヤヤ君が戦ってる」
カイトは立ち上がり、空を睨む。
「ヤヤを援護するっ!!
行くぞ――」
「待って!!」
レインの叫びが、砂浜に響いた。
思わず、全員が足を止める。
レインは首を振る。
涙を流しながら、必死に。
「ダメ……ヤヤ君は……
一人で戦うって、言ってたの!」
「でも!レインちゃんっ……」
「お願い……!」
ユウヒの言葉をレインは声を震わせながら遮る。
「ヤヤ君……
“親友だったからこそ、一人で向き合う”って……
“これは、自分が背負う戦いだ”って……」
カイトの拳が、強く握り締められる。
「……あいつ、そんなことを。だが危険だ!あの白い羽……相手もおそらくアウトロートリガー使いじゃないのか?」
カイトの言葉の後、夜空で、再び激しい閃光が弾ける。
その光に照らされて――
ケイが、ヤヤの姿をはっきりと捉えた。
無駄のない動き。
迷いを切り捨てた軌道。
そして、その背中。
ケイは、低く言った。
「手を出すな。みんな……」
皆の視線がケイに集まる。
そんな中シルファはケイに問う。
不安に満ちた表情で。
「ほ、本当に……いいのですか?ケイ……」
「ああ。……たしかにカイトの言う通り、あれは光のアウトロートリガーの力のようだ」
「光っ?!だったらなおさらヤヤ君1人じゃ……」
ユウヒは必死にケイを説得しようとするが、彼は覚悟に満ちた顔で言葉を続ける。
「だが……あいつを見ろ」
この場にいる皆が夜空に視線を向ける。
「今のあいつは……」
一拍、間を置いて。
「男やってんじゃねぇか」
静かな声だったが、確かな重みがあった。
「過去も、情も、全部背負った上で――
自分の引き金を引こうとしている」
沈黙。
ケイは続ける。
「今、割り込んだら……
あいつは一生、この夜を引きずる」
視線を夜空から離さず、言い切った。
「だから……邪魔すんな」
波音だけが、応えた。
レインは、再びキョウに寄り添う。
涙を落としながら、夜空を見上げた。
――ヤヤ君、負けないで……
その祈りが届くかのように、
夜空で、闇の翼が大きく旋回した。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
--
夜空で、二つの銃口が再び向かい合った。
黒い闇と、白い光。
互いに距離を取りながら、静止する。
ヤヤはアキトの姿を見つめる。
ヤヤの脳裏に浮かんだ言葉は――天使だった。
白い光で編まれた翼が、ゆっくりと羽ばたくたび、空気そのものがきしむ。
六枚の大きな羽根は純白。
そして――
アキトの頭上には細く、歪んだ輪が浮かんでいた。
金色の天使の輪。
だがそれは完全な円ではなく、ところどころ欠け、微かにひび割れている。
それでも確かに“祝福”の象徴として、彼の存在を強調していた。
「……白い翼に……頭の輪っか……天使みたいだな」
アキトが、ふっと息を吐いた。
「綺麗だろう?……それより、ようやく分かったよ。君の力のこと」
その声は、戦闘中とは思えないほど落ち着いていた。
「君の弾丸は“想像”だ」
「……!」
ヤヤの瞳が揺れる。
「世界をどう在るべきか、どう変えたいか――
君はそれを弾丸にして撃っている」
「アキト!お前のその力は俺と同じ……」
「違うよ」
アキトはヤヤの言葉を遮り、銃を軽く掲げる。
「僕の光のアウトロートリガー……セラフィム・ジャッジメントは違う。これは“神の意思”だ」
「神の意思……だと?!」
白い光が収束する。
不意を突くかのようにヤヤに攻撃を放つ。
「くっ……!!」
放たれた白く輝く弾丸の一撃。
ヤヤは咄嗟に黒い稲妻を帯びた弾丸を放つ。
だがそのイマジン・バレットが、正面から打ち落とされヤヤを再び襲う。
「な、何っ?!」
直撃。
激痛のあまり悲鳴を上げる。
「がぁぁあああっ!バカなっ!」
ヤヤは激痛を堪えながら、空中で体制を立て直す。
「はぁ……はぁ……俺が撃った弾は最強の貫通力を持っていたはすだ!力負けするはずがないっ!……それに俺の方が遅れて撃っ……」
その時ヤヤは気づく。
「はっ……まさか読んでいたのか!!俺が撃つ弾をっ!!」
アキトは自信に満ちた笑みを浮かべ、ヤヤにはっきりと言う。
「そう。神が君が放つ弾丸を読んでいたのさ。僕のゴッドバレットは世界、因果、未来、敵の行動……
すべてを演算した上で、“正しい結果”だけを撃ち抜く」
アキトは言葉を続ける。
「想像は所詮、可能性だ。だが神意は最適解。
だから君の弾は、必ず否定される」
さらに圧倒的な連射。
光が闇を削り、翼を貫き、ヤヤの身体を叩き落とす。
「がっ……!!」
血を吐きながら、ヤヤは必死に翼を広げる。
「はぁ……はぁ……それでも……!」
震える声で、叫ぶ。
「俺は……お前を倒すっ!!」
アキトはそんなボロボロのヤヤを冷めた眼差しで見つめる。
「無理だね。人間の想像力なんてたかが知れている。神の力の前には無力さ。だから君の正義は僕には届かないよ。永久にね。」
「!!」
白い巨大な光がアキトの銃口に集まる。
そしてアキトはトドメと言わんばかりの一撃を放つ。
「ホーリーデストラクション……」
莫大な光がヤヤを襲う。
「あれをくらったら……まずい!!」
本能ではない。
思考が、ヤヤにそう告げていた。
――あれは避けられない。
――防御も意味がない。
――撃たれた時点で“結果”が確定する。
(……違う)
ヤヤは歯を食いしばる。
(アキトの弾は、“正解”を撃ってくる)
(だったら――)
銃口を向ける先を、ヤヤはずらした。
敵でも、光でもない。
その弾が成立した未来そのものへ。
「届けぇぇっ……!」
引き金。
放たれた弾丸は、形を持たなかった。
速度も、属性も、弾道も――
最初から定義されていない。
次の瞬間。
ホーリーデストラクションは、発動しなかった。
否定されたのは威力ではない。
相殺されたのは光でもない。
――“撃ったという結果”が、世界から消された。
「な、なんだとっ?」
アキトの思考が停止する。
白い光が霧散した直後。
夜空に、短い沈黙が落ちた。
「……ありえない」
アキトの声が、わずかに震える。
「神意は“結果”を確定させてから放たれる……
回避も防御も、想定外も存在しないはずだ……!」
ヤヤは、血の混じった息を吐きながら、ゆっくりと言葉を返す。
「だからだよ、アキト」
銃口は下げない。
「お前の弾は、“正解が決まった世界”を撃つ」
アキトの瞳が、揺れる。
「……何が言いたい」
ヤヤは、空を指差すように銃を向けた。
「神は“どれが正しいか”を決める。
でも――」
一瞬、夜空に走る稲妻のような黒光。
「決める前の世界は、計算できねぇ」
アキトの脳裏に、ある可能性が生まれる。
「まさか……」
ヤヤは続ける。
「俺のイマジンバレットは、
“当たる未来”を撃ってねぇ」
引き金にかけた指に、力がこもる。
「当たらなかったかもしれない未来
撃たれなかった可能性
存在しなかった結果――」
ヤヤの声が、はっきりと夜を切り裂く。
「神が切り捨てた“余白”を、俺は弾にした」
アキトははっとした表情をしながら言葉を口にする。
「神意は“最適解”しか残さない……
だが君は……」
「そうだ」
ヤヤは、真っ直ぐに言い切った。
「人間は、無駄な想像も、間違った願いも、恐怖も、後悔も――全部抱えたまま撃てる」
沈黙。
アキトの顔から余裕が消える。
そして呟く。
「……なるほど……神が見ようとしなかったものを持ち込んだのか」
「……」
再び沈黙。
アキトはヤヤを睨み付ける。
「君を甘くみていたよ……敬意を表して、僕の真の力で君を殺そう……」
アキトの瞳が細められた。
その瞬間――
夜空の色が変わる。
風が止まり、雲が震え、
周囲一帯が“光”に支配されていく。
ヤヤは異変を直感した。
「……来る!」
アキトはひとつ息を吸い――静かに目を閉じた。
「……神よ。僕に力を」
白い光がアキトの身体の内側から噴き上がるように溢れ出し、眩い柱となって天へ突き抜けた。
その輝きは星々の光をかき消し、世界から色を奪う。
そして――
アキトの背から伸びた六枚の翼が、音を立てて裂けた。
裂け目からさらに光が溢れ、淡く光る羽根が舞い散る。
新たに生まれるようにして、
六枚の翼は、十二枚へと増殖した。
それぞれの羽根は独立して震え、まるで十二人の天使が重なり合い、アキトという中心へと収束しているかのようだった。
羽根の一枚一枚に、薄い光輪が宿っている。淡く、しかし崇高な輝きを帯びて回転している。
ヤヤは息を呑んだ。
「……翼が増えた……?!」
闇の中に、神々しさと狂気が並存した姿が浮かぶ。
さらに変化は続いた。
アキトの頭上に浮かぶ金色の輪は、ゆっくりと回転しながら直径を増し、巨輪へと変貌する。
だがその輪には、元のひび割れがそのまま残り、
割れ目から常に白い火花がパチパチと飛び散っていた。
完全ではない――ゆえに恐ろしく、神々しく、そして不安定な力。
服装もまた白光に包まれ、先ほどの黒の戦闘服は跡形もなく消え去る。
現れたのは――
白を基調とした神官の軍服。
肩口には金糸で複雑な文様が刺繍され、
胸元にはまるで神殿の巨大な扉を象ったような紋章が浮かび上がる。
紋章の真ん中には亀裂が走っており、そこから心臓の鼓動に合わせて淡い光が漏れた。
アキトは、ゆっくりと目を開ける。
その瞳はもはや、人間のものではなかった。
「――ルクス・デウス」
神器の名を告げた瞬間、
世界に命令が下されたように、空気が音を失った。
次の瞬間には、ヤヤの全身が総毛立つ。
殺気ではない。
降臨した“存在”そのものの圧。
アキトは、無表情のまま言い放つ。
「これが……僕の神器。君を殺すために造られた姿だよ」
白い十二翼がゆっくりと広がる。
「恐れなくていい。神の前では、誰もが平等だ」
ヤヤの呼吸が止まる。
アキトが一歩踏み出すだけで、夜空がひび割れたように揺れた。
ヤヤは喉を鳴らす。
「……それが奥の手ということか……!」
アキトは表情を変えないまま、漂う光の羽根を掴むようにして言う。
「これは、“神意を実体化”させる力だ」
アキトの声は、もはや人間の響きではなかった。
「君が“結果を消す”弾丸を撃つと言うなら……」
アキトは指を鳴らす。
瞬間、白い光が弧を描いてヤヤを包囲した。
「僕はその“未来そのもの”に干渉する」
空に刻まれた四つの光輪が同時に回転し始めた。
ヤヤは青ざめる。
「……未来そのものに……?!」
アキトの瞳が細く光る。
「未来から“君が死んだ結果”だけを選び取る」
光輪が一斉に収束し、
一本の巨大な光の槍へと変質する。
「ゴッド・スピア 」
ヤヤの左腕が切り飛び、
その身体が真横に吹き飛ぶ。
「ぐっぁあああああ!!」
遅れて痛みが襲いかかる。
ヤヤ自身、何が起きたか理解できなかった。
撃たれていない。
攻撃の気配も予兆もなかった。
なのに――結果だけが現れた。
アキトは静かに告げる。
「神意は“原因”を必要としない」
ヤヤは意識が飛びそうになりながら、必死に旋回する。
「未……来から……結果だけ……持ってくる……だと?」
アキトは淡々と続ける。
「君の想像の弾丸は、可能性を無限に広げる力」
「……!!」
「だが僕のルクス・デウスは、可能性を一つに“絞る”神器だ」
アキトが宙を歩くように前進し、再び光槍を形成する。
ヤヤの瞳が、揺れる。
背筋を走る寒気は、恐怖ではない。
理解だ。
アキトはルクス・デウスによって、“神”としての領域に到達した。
未来予測でも、因果操作でもなく。
――未来の結果だけを強制的に実現させる力
ヤヤは歯を食いしばり、失った腕の痛みに耐える。
「……くっ……反則だろっ……!」
アキトは淡々と答える。
「そうだよ。神はいつだって反則だ」
白い光が再び膨張する。
アキトは静かに宣告した。
「終わりだ、ヤヤ。
次の一撃で――君は“未来の死”に辿り着く」
ヤヤの脳裏に、仲間の顔が次々と浮かぶ。
カイト、レイン、ユウヒ、シルファ、ケイ
そして――死んだキョウも。
ヤヤは、拳を強く握りしめた。
全身傷だらけ。
片腕は吹き飛び、黒い翼は半壊。
それでも――
ヤヤの瞳は消えていない。
いや、むしろ炎が宿った。
ヤヤはゆっくりと右手に持つ銃に意識を集中しながら言う。
「でも負けねぇ……俺には大切な人たちいるから!」
アキトがわずかに眉をひそめる。
ヤヤの身体から黒い光が溢れ始めた。
「見せてやるよ!俺の正義の底力をな!」
ヤヤは握った黒い銃へそっと意識を沈める。
銃は冷たい金属の感触を返すだけ。
だが次の瞬間、ヤヤの掌がじん、と痺れ始めた。
闇が、うねる。
銃の表面に張り付くような黒い紋様が蠢き、
まるで呼吸をするかのように膨らんで、収縮し、音を立てて脈動を始めた。
ドクン……ドクン……
銃身の奥から、心臓のようなリズム。
ヤヤの心臓と、銃の鼓動が重なる。
次の瞬間。
黒い雷光が銃身全体を包み込んだ。
バチィッ――ッ!!
空間そのものが震える。
雷ではなく、闇そのものが音を立てて裂けるような異様な響き。
銃身が、溶けるように形を失い始めた。
鉄が融けて滴るのではなく、
概念がほどけていくように、輪郭が歪み、黒へ溶解していく。
ヤヤは唇を噛み締め、その変化を受け止めた。
(……来い)
その無言の呼びかけに応じるように、黒雷が一度だけ脈動する。
カチン――ッ!
硬質な音が夜空に弾けた。
霧散した闇の中から、何かがゆっくりと姿を形作る。
黒い刃。
いや――刃と呼ぶにはあまりにも禍々しく、巨大で、鋭い。
刃の根元は黒雷が絡みつくように迸り、
長い柄は闇の風を巻き込みながら、ゆっくりと伸び続ける。
やがて――
それは完全な姿を現した。
「葬鎌・夢想!!」
ヤヤは自身の神器の名を叫ぶ。
その姿は黒く巨大な“死神の鎌”。
刃の表面を走る雷紋は刻一刻と形を変え、
時折、かすれた嘆きのような低音が柄の奥から響く。
ヤヤが触れると、鎌は呼吸するように闇を揺らし、
周囲の空気が一瞬だけ凍りつく。
振るうわけでもない。
ただ握っただけで――
空間に張り詰めた緊張の線が走る。
「……これが……俺の“答え”だ」
ヤヤは刃先をアキトへ向けた。
黒い刃が夜を切り裂き、
その軌道を中心に闇が吸い込まれ、静かに渦を巻く。
アキトはヤヤを睨みつけながら言葉を口にする。
「君も神器を……!だけど何をしようと無駄だよ!僕の神の力は無敵だからね!」
そんなアキトを見てヤヤは呟く。
「さぁ……それはどうかな。今は夜だ。」
「夜だからどうした。そんなことでまさか僕に勝てるとでも?」
「俺の神器は夜に真の力を発揮する!」
夜風が、ふと止まった。
時間までもが呼吸を忘れたような静寂の中で――
ヤヤの手に握られた葬鎌・夢想が、低くうねりを上げる。
まず、黒い刃の内部で“なにか”が目覚めた。
カツ……ン。
微かな音。
それは金属が軋む音ではなく、 封印が外れる音 に近かった。
刃の表面を走る黒雷が、一瞬だけ暴れるように散り、次の瞬間――黒が、滲むように赤へと変色していく。
最初は、刃の根元だけが深紅に灯る。
まるで炭の奥底でくすぶる火種が、息を吹き返したかのように。
そして――
ボウッ……!
闇の中なのに、はっきりと見える赤い光が、
刃の内部から脈動した。
血管のように赤い紋が刃の隅々まで駆け上がり、
黒い闇を内側から押し破っていく。
光は徐々に強まり、
やがて刃全体が、夜の色を嘲笑うかのような 深紅の輝き を帯びた。
――血を沸騰させたような赤。
――悪夢の奥から染み出したような赤。
――夜そのものを焼き払うほど灼熱の赤。
光に照らされ、空気が揺らぐ。
ヤヤの周囲だけ重力が逆流したように、
砂粒がふわりと宙に浮き上がった。
刃が輝きを放つたび、
ギィィン……!
金属とも雷ともつかない、異様な共鳴音が夜空に震えを走らせる。
赤い刃は、ただ輝いているのではない。
まるで、「喰わせろ」と言わんばかりに鼓動し、ヤヤの腕と同調していた。
その瞬間――
ヤヤの失った左腕が、音もなく元の形に戻った。
肉が盛り上がり、骨が正しい位置に収まる感覚とともに、痛みが霧のように消えていく。それだけではない。アキトが現実を疑う間に、ヤヤの全身の傷も一瞬で塞がっていく。
折れた骨も、焼けた羽も、砕けた肉も――すべてがもとに戻っていた。
「はっ!……その回復力はその神器によるものかっ?!」
アキトが目を見開いた、その刹那。
ヤヤの視界に――
アキトの“心の声”が赤い光とともに流れ込んだ。
そして、覚醒したヤヤが、赤い刃をゆっくりと持ち上げた。
深紅の大鎌は、夜空に弧を描き、世界の法則そのものを切り裂くかのように輝いていた。
ヤヤは宣言する。
「もう終わりにしよう。この戦いを……」
「なめるなぁっ!」
アキトは怒りの感情を爆発させる。
一方ヤヤの視線がアキトの感情を読み取るように鋭く変化した。
「……読める」
ヤヤは言葉を静かに重ねた。
「アキト、お前の思考が全部……」
心の声が流れ込んでいる。
――来る。
――槍を生成する。
――避けろ、避けられるはずがない。
――刺し貫く。
――勝つ。俺が勝つ……!
ヤヤはそのすべてを、
まるで自分の思考を読むかのように、完全に理解した。
刹那、アキトの十二翼が爆ぜる。
「ゴッドスピアぁぁっ!!」
白い雷と光を束ねた神槍が無数に形成され、
逃げ場のない角度と速度でヤヤを襲う。
人間の限界をはるかに超え、
光そのものが槍に変わったような速度。
――だが。
ヤヤの足元から、深紅の衝撃波が散った。
「……無駄だ。アキト」
刃が、赤く、ただ静かに横へ払われる。
ギィィン!!!
天地がひっくり返ったような衝撃音。
砂浜ごと空気がひしゃげ、
アキトの“絶対必中の槍”が、触れた瞬間すべて霧散した。
その瞬間アキトは理解する。
――異能が打ち消されたのだ
アキトの目が、恐怖で大きく開く。
「……え?」
その一瞬の“隙”。
千分の一秒にも満たない、しかし致命的な裂け目。
ヤヤの翼が、爆発的に羽ばたいた。
ドンッ!!
赤い光跡を残しながら、
ヤヤの身体が視界から消失。
アキトの思考が追いついた時には、
もう――目の前にいた。
「っ……!!」
至近距離。
互いの呼吸がぶつかる距離で、ヤヤは静かに言う。
「ゲームセットだ」
赤い刃が振り下ろされる。
大鎌の軌跡が夜空を裂き、
その場の重力さえねじ曲げるほどの深紅の斬撃が迸る。
避けられない。
防げない。
アキトの異能は、夢想の力によって完全に打ち消されていた。
「バカなっ!こんなことがっ……こんなことがぁぁっ!!」
刃がアキトの胸に触れ――
ズバァッ!!!
巨大な紅い弧を描いて、アキトの身体が吹き飛ぶ。
そのまま砂浜へ墜落し、砂煙が夜空にあがった。
光輪も、翼も、雷も、すべて消えていた。
アキトはもう起き上がれない。砂浜で倒れたまま呟く。
「発動……で……きない。セラフィム……ジャッジメントが……」
異能を失い、ただの肉体だけが砂に沈む。
ヤヤは砂浜にゆっくりと降り立ち答える。
「封印したのさ。もうお前の異能をな……」
「そ……んな」
「……俺の……いやジャスティスの……勝ちだ」
アキトはそのまま意識を失い、ヤヤはトリガーモードを解除し元の姿へ戻る。
ざわ……と砂を撫でる静かな風の中で、
夜は完全な静寂を取り戻していた。
その静けさこそが――
決着を告げる音だった。
そして――
「ヤヤァッ!!」
カイトが叫び、ユウヒもレインもシルファもケイも、砂を蹴って駆け寄る。
レインは泣きそうな、必死な顔でヤヤに抱きつく。
「ヤヤ君っ!」
ユウヒも頬を赤らめ目に涙を浮かべながらヤヤを見つめる。
「……かっこよかったよ……ヤヤ君……」
シルファはヤヤの左腕をみた後、ほっとする。隣にいたケイをみて言う。
「左腕……治ってます!ケイ!これは一体……」
「多分ヤヤの神器の力だろうな。トリガーモード、ヴァンパイアの力か」
ケイは落ち着いた様子で答える。だがヤヤの極度の疲労も見逃してはいなかった。
「だか……異能の力を使いすぎだ。限界超えてる。まともに立ってるのが奇跡だな」
一方カイトは怒りのままアキトに歩み寄り、拳を震わせる。
「アキト……! お前のせいで……ボスが……!」
その瞬間、砂浜で意識を失っていたアキトがふらりと身を起こした。
その瞳から、光が抜け――
代わりに、かつてヤヤが知っていた“人間の色”が戻る。
アキトは、微笑んだ。
弱々しく、しかし優しく。
「……思い……出したよ」
「えっ……」
その一言で、ヤヤの心臓が大きく跳ねた。
「……ヤヤ。ごめん……色々迷惑かけたみたいだな」
ヤヤの目から、溢れた涙が止まらない。
「き……記憶がっ……!」
アキトは頬の血を拭いながら、懐かしそうに目を細める。
「……ああ。ヤヤ……俺たち昔よく……雪合戦したよな……公園でも……よくカオリと三人で……」
「!!」
ヤヤの脳裏に、幼い頃の雪景色が一瞬で蘇る。
アキトとカオリと三人で笑いながら雪を投げ合った、あの冬の日。
アキトは苦しそうに息を吐いたが、笑みは崩れない。
「ヤヤ……俺を殺せ。俺は……罪のない人を……殺しすぎた……」
「い、嫌だ」
「なんだよ……気にするな……俺は一度死んだ人間だ……」
ヤヤは首を振り叫んだ。
「嫌だ……嫌だぁぁ!! アキト!!
お前を殺したくなかった!!ずっと……」
その叫びに、カイトもレインも息を呑んだ。
ユウヒが小さく震えながら囁く。
「ヤヤ君……そんな声、初めて……」
アキトは静かに目を閉じ、ゆっくりと仲間たちを見渡す。
カイト、ユウヒ、レイン、シルファ、ケイ。
その顔をひとりひとり確かめるように。
そしてヤヤに向き直った。
「……ヤヤ。いい仲間が……できたんだな……」
「ア、アキト……」
「大切にしろよ。
友達はな……失ってからじゃ……遅いんだ……」
その言葉は、もう決して取り返せないものを抱いた男の、最後の願いだった。
「ヤヤ……お前は幸せになれよ」
ヤヤは震えながら蜻蛉の銃を生み出し握りしめる。
その銃口を、倒れたアキトに向ける。
ヤヤの頬には涙が伝い、声が震えた。
「……ごめん……ごめんな、アキト……
お前を……楽にしてやる……」
アキトは微笑んだまま、静かに目を閉じた。
「ありがとう……親友」
パンッ。
ひとつの音が夜に響いた。
風が止まり、波までが静かになったかのようだった。
撃ったヤヤの身体が、限界を迎える。
大鎌の反動、異能の使いすぎ、心の崩壊。
全部が同時に押し寄せ、ヤヤの膝が崩れる。
「ヤヤ君!!」
レインが支えに飛び込み、ユウヒが慌てて抱きとめる。
カイトが叫ぶ。
「ヤヤ!!しっかりしろ!!」
ケイは首を振った。
「無理だ。完全に使い切ってる……寝かせてやれ」
ヤヤは薄れゆく意識の中で、アキトの最後の微笑だけを見ていた。
「……アキト……」
声にならない呟きを最後に――
ヤヤは静かに気を失った。
夜の波音だけが、二人の別れを吸い込むようにいつまでも響き続けていた……
--
白い天井が、ゆっくりと焦点を結んだ。
まぶたの裏に残っていた爆光がようやく薄れ、ヤヤは微かに首を動かした。右のこめかみが重い。点滴の冷たさが腕を伝っている。
「……ここは、どこ……だ?」
かすれた声が漏れた瞬間、横から影が飛びついてきた。
「ヤヤくん!!」
「っ!レ、レインかっ……」
レインがヤヤの胸に顔をうずめ、腕をぎゅっと回した。相変わらず露出の高い服にヤヤはドキっとする。よく見ると桃色の髪は乱れ、目元は泣き腫らしたように赤い。
「心配したんだから……っ! 七日も!七日も寝てたのよ!生きててよかった……!」
涙声に近い。
ヤヤは状況を飲み込めず、戸惑いながらも背中に軽く手を添えた。
「レイン……あのあと、どうなったんだ……?」
彼が訊ねると、レインは鼻をすすりながら顔を上げ、椅子を引き寄せて座った。
「まず……あんたがアキトを倒したあと、色々めちゃくちゃだったのよ」
レインは指を折りながら説明する。
「トワが仕掛けた東京湾の爆弾の回収でしょ。あれ、何基あるかわかんなくてさ、潜水隊が地獄みたいな目にあったんだから」
「……マジか……」
「それからボスの葬式。ジャスティス全員総出よ。あんた出られなかったけど……」
レインは一拍置いて、少しだけ柔らかく笑った。
「次のジャスティスのボスは、ケイがやることになったわよ」
「あの人か ……まぁ妥当だな。でもかなり忙しくなりそうだな」
「でしょうね。あの人、定食屋も経営してるし働き過ぎで死ぬタイプよ」
苦笑し合う。
「あと、公安と一緒に怪我人の救助や行方不明者の捜索とか、処理が山ほど。七日なんて瞬き一回よ」
その目は疲れているのに、安堵で緩んでいる。
「でもとりあえず、事件は全部片付いたわ。あんたが最後やってくれたおかげでね」
レインはベッドに手を伸ばして、ヤヤの指先に触れた。
ヤヤが驚いて目を丸くすると、レインは頬を僅かに赤らめつつ、けれど引かなかった。
「……ねぇ」
「ん?」
レインは唇を震わせ、視線を落とした。
「ヤヤ君は死なないでね。私……ヤヤ君がいないとダメなんだから……」
そのまま、レインは顔を寄せ――
「だから……私のそばに、ずっと――」
「レ、レイン……」
ヤヤが固まる間にもレインの顔は近づく。
まつ毛が触れそうになった、その時。
ガラッ――
病室のドアが開き、空気が一変した。
ユウヒが乱入してきた。
「……レインちゃん、ヤヤ君にキスしようと……」
ユウヒはレインがヤヤにキスを迫ったのを見て、血相を変えて飛び込む。
手には見舞いの花束――だが、その花束は勢い余って横に振られ、レインの顔面をギリギリで掠める。
「ちょっ……!危なっ!? 何すんのよアンタ!!」
レインが椅子から転げ落ちる勢いで身を引く。
「ここは病室でしょ?レインちゃん、相変わらず非常識だなぁ~」
「う、うるさい!相変わらずムカつくわね!」
それからレインはユウヒが想定してなかった恥ずかしいことを口にする。
「クールぶってそんなこと言っちゃってるけど、私がヤヤ君といい雰囲気なの羨ましいんでしょ!あんた素直じゃないもんね!」
「……っ!!」
図星なのかユウヒは顔を赤らめる。
一瞬の動揺の後、誤魔化すかのようにこほんと小さく咳払い。
それから落ち着きを取り戻し、肩までの髪を揺らしながら、ひらりと花束を持ってベッドに駆け寄る。
笑顔は明るいが、どこか計算されたような“甘さ”が混じっている。
「それよりヤヤ君。お花持ってきたよ~」
「ああ。ありがとう。ユウヒ」
それからユウヒは花瓶に花を移した後、ヤヤと目を合わせる。
「ねぇねぇ起きたばっかりなら、ちょっと頭くらい撫でてあげよっか~♡」
「……えっ?な、何言って」
ヤヤはユウヒの言葉に顔を赤らめ、目をそらす。
「おやおや?お兄さん……顔赤いですよ~?病院でそんな顔してどうしたのかなぁ?熱?それとも……照れてる~?」
ユウヒはベッド端に腰を乗せ、ヤヤの肩に寄りかかる。
二の腕に密着した柔らかさに、ヤヤは反射的に背筋を伸ばした。
「ちょ、ちょっとレインが見てるだろ?!離れ――」
「えぇ〜?ヤヤくんの体温……確かめてるだけなんだけどなぁ?」
その声は軽やかで、からかいと誘惑のどちらにも転びそうな絶妙なライン。
そう言って、ユウヒはヤヤの前髪にそっと指を滑り込ませる。
レインはそんな二人を見てピクピクと目が釣り上がった。
「ユウヒ。ちょっとどきなさい。今すぐ」
声は笑顔なのに、背後で黒いオーラが立ち上がっている。
ユウヒはまるで温泉に浸かっているみたいな顔でヤヤの肩にほおを寄せる。
「え〜?いいでしょ別に。
ヤヤくん七日も寝てたんだし、起き抜けギュ〜くらい許してよ。ほら、あったか〜い」
「か、勝手に湯タンポ扱いにすんなよ……」
ヤヤは呆れた表情で呟く中、レインがバンッとベッドに手をついて詰め寄る。
「な、なんで触ってんのよ!?おかしいでしょ!?
あんた、病室のルール読んだ!?
“患者に妙なボディタッチは禁止”って絶対どこかに……」
「え~?なかったよ?私、全部のポスター読んだよ?“静かにしましょう”と“火気厳禁”と“面会は家族優先”だけ」
「妙なボディタッチ禁止は常識よ!!」
「常識って人によるよね〜?それにレインちゃんなんてキスしようしてたじゃん!」
「そ、それはっ!」
レインとユウヒの女の口論が続く。
そしてさらにユウヒは離れるどころか、ヤヤの腕にさらに密着する。
「ねぇレインちゃん、そんな怒らないでよ。
あ……もしかしてヤキモチ?」
「ッ~~~~~!!!」
レインは真っ赤になりながらも、ひたすら否定して叫ぶ。
「や、ヤキモチなんてしてないわよ!?
ただ……その……ヤヤくんが……取られそうで……って違う!!違うから!!」
そんなレインを見て、ユウヒはいやらしい笑みを浮かべながらヤヤに尋ねる。
「ねぇヤヤ君、レインちゃんが“焦ってる”って思わない?」
「さ、さぁ……どうだろうな」
レインがヤヤのパジャマの袖をぎゅっと握りしめる。
「ヤヤくんは私の味方よね!?ねっ!?」
「は、はぁ……」
「ヤヤ君、私の後ろに隠れなよ?レインちゃん、
こわいでしょ」
「な、なんだよ、この状況……」
レインとユウヒがヤヤを両サイドから引っ張り合う。
「こっちよ!!」
「いやこっち!!」
「やめろ!!腕ちぎれる!!!」
その後ろから、ややのんびりとした足取りでカイトが現れた。
「相変わらず青春ボーイだな」
「カイト!」
「よー。ヤヤ、生きてるな? よし。じゃあまず聞いてくれ。俺、今日パチンコで……」
「誰もパチンコの話なんて聞いてないよ!!」
ユウヒが即座にツッコむ。
「いやいや、聞けって。三万発だ。三万発。俺の人生が輝きすぎて眩しい」
「病室で輝くな!!」
レインが呆れたように答える。
カイトは誇らしげに自分のスマホ画面をヤヤに見せつける。
ヤヤはため息をついた。
「はぁ……カイト。俺が目覚めたことよりパチンコの収支の方が大事じゃねぇだろうな……」
「だって三万発だぞ?」
「黙れ」
ドタバタがひとしきり続くと、部屋にはやがて笑いまじりの静けさが戻った。
夕日のオレンジが病室の窓を染める。
カイトは腕を組みながらぽつりと呟く。
「ま、なんだかんだあったがさ……
これで全部終わったんだよな」
レインも深く息を吐き、落ち着いた声に戻る。
「……ええ。もう事件は終わり。
これからは……普通の生活に戻れるわ」
ユウヒはヤヤの肩にポンと手を置いた。
「よかったね、ヤヤくん。
……帰ってこれたんだよ、ちゃんと」
その言葉はいつもの軽さより、ほんの少しだけ重かった。
ヤヤは三人を順に見て、小さく笑った。
「……ありがとな。みんな。俺お前達と出会えて本当によかったよ」
レインも、ユウヒも、カイトも――笑顔で応えた。
長かった日本事変篇もこれで終了です。まだまだジャスティス・アウトローは続きます!次の章は日常ドタバタラブコメです。ヤヤとユウヒとレインの三角関係、ヤヤを狙う新たな謎の美女、そしてケイとシルファの純愛、遊び人カイトが偶然出会った女との恋模様をテーマに書いていきます。お楽しみに~。
それからお願いがあります。面白いと思ったらで構いませんのでブックマーク、星評価していただけたら嬉しいです。書籍化、アニメ化目指して今後とも頑張ります。よろしくお願いします。




