第54話「私を女にした責任、とってよね?」
――快晴の空の下、スカイツリーが遠くにそびえていた。
ヤヤ、ユウヒ、レインの三人は、浅草の通りを駆け抜けていく。
「……カイト、無事だよな」
ヤヤは少し心配した様子で呟く。
ユウヒはいつもの穏やかな笑みで前を見ながら言った。
「どうだろうねぇ。あの人の強さはわかってはいるけど……でも、なんか嫌な感じするんだよね。胸の奥がざわざわする。」
ヤヤも同じ気持ちだった。
その不安を打ち消すようにレインが明るい声を挟む。
「大丈夫よ~、あのカイトが簡単に死ぬわけないでしょう?ああ見えて案外タフなのよ。……まあ、運だけで生きてる感じはあるけどね」
「フォローになってねえよ……」
ヤヤが小さくつぶやいた、その時だった。
ヒュッ。
冷たい風が頬に触れ、ヤヤの足が止まる。
見れば、アスファルトに金色のダーツが突き刺さっていた。
「……え?」
次の瞬間、街灯、看板、電柱――
影の奥から無数のダーツが飛び込んでくる。
「危ないっ!」
ヤヤがユウヒとレインの手を引き、三人は自販機の裏に飛び込む。
刺さったダーツは、まるで心臓のように脈打っていた。
レインは眉をひそめて振り向く。
「……ダーツってまさか……」
ヤヤとユウヒがそっと顔を出す。
ビルの手すりの上。
風に金髪を揺らし、露出度の高い派手な服と刺青をこれでもかと見せつける美女が立っていた。
濃いアイメイクに、鋭い視線。指には数本のダーツ。
ユウヒがぽつりと言う。
「へぇ……なんかああいうの苦手だなぁ~」
レインの表情が変わる。軽口がすっと消え、代わりに鋭い色。
「……こんなとこで会うとは思わなかったわ。大鷹ミナミ」
ミナミは頬を赤らめ唇を吊り上げる。
「わぉ!!レインちゃん、アタシのこと覚えててくれたんだぁ!!嬉しい~!!」
「好きで覚えてたわけじゃないわよ……攻撃してきたってことは、あんた今エクリプスの一員なの?」
「ふふっ……!トワ様に協力してくれたら願いを一つなんでも叶えてくれるって言われたの!だから今はレインちゃんの敵ということになるかな~」
「ふぅん……」
レインとミナミの声の奥には警戒があった。
レインは二人に向き直る。
「ヤヤ君、ユウヒ。あんたたち先にスカイツリー行きなさい。ここは私が足止めするわ」
「……いいのか?」
ヤヤが反射的に尋ねる。
「ええ。この女のことは私が一番よくわかってるから」
レインはヤヤに自信に満ちた表情でそう答える。
それからユウヒは静かにヤヤの手首を掴む。
「行こ。……レインちゃんなら大丈夫だよ。死にそうになっても、なんとか生き残りそうだし」
「ちょっとユウヒ、それ褒めてる?」
レインが苦笑する。
ヤヤはレインをまっすぐ見る。
「……レイン。絶対、生きて追いかけてこいよ」
レインはニッと笑い、ウインクした。
「当然でしょ? あんたたちの死体拾いなんてゴメンだもの」
ヤヤとユウヒは走り出し、スカイツリーへ消えていく。
残された路地には二人の女だけ。
ミナミは指先でダーツをくるりと回し、挑発するように言う。
「レインちゃんのことはさぁ……昔一緒にキャバ嬢やってた時から男の趣味も結構合いそうだし嫌いじゃなかったけどさぁ……アタシの夢のために死んでもらうね?」
レインは一歩、前へ――
色気の奥にある殺気が、空気を震わせた。
「昔そんなこともやってたわね……でも敵っていうなら容赦しないわ。あんたのそのプライド、全部へし折ってあげる。」
風が止まり、世界が静まり返る。
距離をとった二人が、向かい合った。
ミナミの足が、地面をえぐった。
「——いっくよぉ!!!」
瞬間、ビルの手すりに立っていたはずのミナミの姿が消える。
レインの耳に、風が裂ける音。
ヒュッ、ヒュヒュッ!
金色の光が尾を引きながら三方向から迫る。
ミナミの投げたダーツは、直線ではなく“曲線を描いて”飛んでくる。
「嫌な飛び方するわね……!」
レインはヒールの底でアスファルトを蹴り上げ、身体をしならせて避ける。
ひらり、ひらり――かつてストリートで身につけた動きが自然に出る。
ビル壁を蹴って横に跳び、アスファルトすれすれに滑り込み、
レインの髪一本に触れることなく、ダーツは後方の車に刺さって脈動を続けた。
ミナミが嬉しそうに笑う。
「そんなに動けるんだ、レインちゃん!やっぱり最高♡」
「褒めないでくれる?これは殺しあいよ!」
ミナミは跳躍してレインの真上に現れる。
手には束ねたダーツ。落下と同時に、一斉に振り下ろす。
「死んじゃえぇぇ!!!」
レインは舌打ちしつつ横転。
アスファルトに降り注いだダーツはクレーターを作り、煙が上がった。
ミナミは足をくるりと回しながら言う。
「そんなに避けてばっかだと、つまんないよ〜?」
レインは細い煙の中から姿を現し、ふっと笑う。
「……あいかわらずね、あんた。自分の欲望のために平気で人を裏切り、殺そうとするところ」
その声音には、軽さとは違う刺があった。
煙が風に流れ、二人の間に張り詰めた気配だけが残る。
ミナミは軽やかにダーツを指の上で転がしながら、猫のように目を細めた。
「ねぇレインちゃん。またその話ぃ?あのヤリマンと仲良かったもんねぇ~」
レインの瞳が揺れた。
その奥の影は、ミナミを見るたびに疼く古傷だ。
「忘れろって方が無理でしょう?あんたがしたこと、全部……」
ミナミは肩をすくめる。
「だってぇ、アタシ悪くなくなーい?
あの子が勝手に絶望して死んだだけじゃん?
男もお客もホストも、アタシが欲しいって思って
奪っただけじゃん。」
その瞬間、レインの笑みが「冷たく」変わった。
「……自殺したのはあなたが彼女を傷つけてたからよ」
ミナミはくすっと笑い、腰に手をあてて言い返した。
「レインちゃんが何を言ってるか相変わらず意味わかんないけどぉ……No.1だったあの子が死んだときは傑作だったなぁ~」
――ドッ
レインの胸が締めつけられる。
"レインちゃんだけは幸せになってね……"
あの日の言葉。
自分の肩で泣きながら息を引き取った親友の姿は、今も忘れない。
「……ミナミ……」
声が震えた瞬間、
ヒュッ
ミナミの姿が消えた。
「隙ありすぎだよ。レインちゃん。昔から鈍いんだからぁ――」
視界の左端。金色の点が瞬く。
ダーツがレインの頬すれすれに滑り込み――
――パァンッ!!!
轟音と衝撃が爆ぜる。
アスファルトがえぐれ、破片が雨のように降った。
レインは腕で顔を庇い、後方へ跳ぶ。
「……ダーツが爆発?!」
ミナミは舌を出して笑った。
「トワ様がね~、“この国を支配下に置いたら君の願い、叶えてあげる”って言うからさぁ。
じゃあイケメンに囲まれた逆ハーレム作りたいですって頼んだら、覚醒水晶をくれたの♡」
「その力で……沢山の無関係の人達まで殺したっていうの?」
「うん。だってぇ、自分さえ幸せならそれでいいじゃん」
また雨のような爆発ダーツが放たれる。
――連続爆破。
――速度がさっきより速い。
レインは回避しながら、舌打ちした。
「ほんと最低ね、ミナミ……っ!」
それでも追い詰められる。膝が地に触れた瞬間。
「ねぇねぇ、そういえばさぁ――」
ミナミはダーツを頬に当て、悪戯な笑顔を浮かべた。
「レインちゃんとさっき一緒にいた男……ジャスティスの人?」
レインの心臓が跳ねる。
「……ヤヤ君のこと?」
「ヤヤ君っていうんだぁ♡
めっちゃタイプだったんだけど!
ねぇねぇアタシの逆ハーレムに入れていい?
ホストみたいに扱ってあげるしぃ、可愛がるよ?」
レインの中で、何かが“ぷつん”と切れた。
表情から冷静さが消え、代わりに――
底のない黒い闇が瞳に灯る。
「……“は?”」
ミナミは気づかない。
自分が、レインの“地雷”を正面から踏んだことに。
「だ、だってぇ、ヤヤ君、ツンデレっぽい雰囲気だけど、ベッドではきっと……きゃああああ♡」
ミナミは顔を赤らめ興奮した様子で妄想を口にする。
そんな姿を見てレインはゆっくりと立ち上がる。
髪がなびき、ヒールが石畳を鳴らす。
「……今なんて言ったの?」
「だからヤヤ君を私のハーレムに……」
「殺す」
空気が、一気に冷えた。
ミナミがようやく気づく。
「……え?」
レインは右手に集中し、黒い傘を生み出す。
闇が蠢き、風が震える。
《――ラルム》
ただの傘ではない。
レインの異能、その象徴。
レインの体から立ち上る殺意は、先ほどとは比較にならなかった。
「ミナミ。
あんたが私の親友を殺した時ですら……
ここまで怒ったことはなかったわ。」
「ちょ、ちょっと?レインちゃん?」
「ヤヤ君は……私の“初恋”……私のすべてなの」
ミナミの顔から笑みが消える。
レインは傘を構え、ゆっくり言い放つ。
「ヤヤ君を奪う?
私のハーレム?
――今からあなたの存在をこの世から消すけど
……覚悟、できてる?」
今までとは違う不気味なプレッシャーを感じ、ミナミが後退しようとする。
その瞬間、レインの姿が“かき消えた”。
黒い残像が路地を走る。
「――っどこ?!」
ミナミが叫ぶ間もなく、
――ザシュッ!
黒い傘の先端が、ミナミの肩を深く裂いた。
切り裂かれた箇所から黒い霧のようなものが噴き出し、肉体を軋ませる。
「ぎゃあああああッ!!」
レインは表情ひとつ変えないまま、傘をぐるりと回す。
その動きに合わせて黒い“糸”のような影が空間に走り、ミナミの周囲を円形に閉じ込めていく。
ミナミが驚愕する。
「なに……これぇ!?ちょ、閉じ込め――」
レインの声が低く、美しく響いた。
「“黒環牢”――逃げられないわよ」
黒の環が閉じた瞬間、世界が“陰”に沈む。
街灯の光さえ吸収され、路地はまるで夜の底のような色に変わった。
ミナミが震えて後ずさる。
「レ、レインちゃん……?ちょっとマジで私を殺す気……?あ、あんなのただの冗談……」
「あなたの言葉は私のヤヤ君を汚した……」
その瞬間、影が牙をむいた。
――ドゴッ!
ミナミの腹に“目に見えない衝撃”が叩き込まれ、彼女は地面を転がった。
黒い傘の内側が一瞬、禍々しく開き、刃のような影が飛び出していた。
レインは歩くたびにヒールが石畳を鳴らす。
「まだよ。こんなものじゃ足りない」
ミナミの手が震え、ダーツを握ろうとするが
――パキン!
レインの影が走り、ダーツは粉々に砕かれた。
「レ、レインちゃん……話せば……わ、わかる……よね?」
「わからない」
レインは囁くように答えた。
「あなたの命はここで終わるの」
ミナミの背筋が凍りつく。
次の瞬間、レインは傘を広げた。
内側は真っ黒な闇。星のように禍々しい光がいくつも浮かんでいる。
レインが静かに宣言した。
「――《黒涙の雨》」
闇の中から、鋭い黒い滴が降り注ぐ――
避けることなど不可能。
影そのものが“獲物を追って曲がってくる”。
ミナミは悲鳴をあげる間もなく、無数の影の刃が体を貫いた。
「ぎっ……ぁ……っああああああああ……っ!!」
血が路地を染める。
ミナミは自分の体が倒れないよう、震えた腕で地面を掴み、必死にレインの足下へとすがりついた。
「や……やだ……死にたくない……レインちゃん……ゆ、ゆるして……お願い……」
レインは見下ろす。
その目は温度がなく、底冷えするほど冷たかった。
「ふーん……そんな顔もできるのね」
ミナミは涙を流して縋る。
「お願い……お願いだから……トワ様にも言う、エクリプスは脱退する、なんでもする……死にたくない!」
レインはゆっくりとしゃがみ、ミナミの顎を指先で掴んだ。
まるで壊れかけの玩具を見るように、無感情な目で。
「……一つだけ言っておくわね」
細く、美しい声が落ちた。
「ヤヤ君は私のもの。
誰にも渡さない。
――ミナミにも」
レインの目が細くなる。
「そして……ユウヒにも、絶対渡さない」
ミナミの瞳が大きく開かれる。
その瞬間――
――ズブッ。
黒い傘の先端が、ミナミの心臓を貫いた。
ミナミの体が震え、血が零れ、意識が闇に沈んでいく。
レインは一切表情を変えない。
ミナミの体から引き抜いた傘には、真っ赤な血が滴り落ちた。
レインはゆっくりと立ち上がり、指先についたミナミの血をすっと唇に塗った。
深紅の口紅のように。
ふふ、と笑う。
残酷な美しさと、底知れない狂気。
「ヤヤ君……」
レインは真っ赤に染まった唇で微笑んだ。
「――私を女にした責任、とってよね?」
路地に、血の雨が静かに落ちた。




