第48話「Missing Light(ミッシング・ライト)」
朝の教室。
ざわめきと笑い声。
窓際のカーテンが、朝の風にふわりと揺れた。
ヤヤは鞄を机の横にかけながら、隣の席のユウヒに小声で話しかけた。
「なぁ……噂で聞いたんだが藤堂さん、ここ一週間くらい学校に来てないらしいぞ。」
「藤堂さん?……あ~、あのラブレターの」
ユウヒはパンを片手に、あっけらかんとした声を返す。
「たしかに最近いないね~。風邪でもひいたんじゃない?」
「……いや、多分風邪じゃない」
ヤヤは窓の外に目を向ける。
グラウンドには、まだ誰もいない。朝の冷えた空気が、校舎の隅で静かに溶けていく。
「昨日、他のクラスの子が言ってた。藤堂さん、家にも帰ってないって」
「えっ?」
ユウヒの口からパンが少し落ちた。
「……ヤヤ君にフラれたショックで家出とか?」
ヤヤは答えず、机の上の指を静かに動かす。
どこか、引っかかる。
「……なんか、嫌な感じがする。エクリプスが絡んでなければいいんだが」
「考えすぎじゃない?すぐ戻ってくるよ~」
ユウヒは笑ってみせるが、その笑顔もどこか空回りしていた。
教室のスピーカーからチャイムが鳴り、始業を告げる。
ざわめきの中で、ヤヤの胸だけが静かにざらついていた。
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高層ビルの一角、灯りを落とした隠れバー。
グラスの中で氷が静かに溶け、ピアノの旋律がゆるやかに流れている。
カウンターの奥では、桐ヶ崎トワがワインを軽く揺らしていた。
微笑みを浮かべたまま、彼はゆっくりと問いかける。
「――それで?酒田での茜坂夫婦抹殺の任務の結果は?」
カウンターの手前に立つのは、茶髪で整った容姿の美少年と、その隣に佇む美少女。
遊佐アキトと、妹のカオリ。
二人とも無表情のまま、わずかに頭を下げた。
「……見つけられませんでした。茜坂ケイと、茜坂シルファ。どちらの姿も」
アキトの低い声が響く。
カオリは静かに続けた。
「手がかりも……ほとんど」
トワは肩をすくめるように笑った。
「ふぅん。やっぱり“デマ”だったかもね。ジャスティスの秘密訓練が酒田で行われる――なんて噂、どうせ誰かが流した煙幕だったんだろう」
穏やかな声だった。
だがその奥に潜む温度は、氷のように冷たい。
沈黙が流れる。
アキトはふと、グラスの水面を見つめたまま呟く。
「……一つ、気になることがありました」
「ほう?」
トワの瞳がわずかに細まる。
「自分の名前を知っている男に、会いました。“遊佐アキト”と呼ばれた。だが、俺はその男を知らない」
その言葉に、トワの唇が小さく弧を描いた
「ふふ……なるほど。君を“知っている”人間、ね」
彼はグラスを置き、立ち上がる。
「……それは、面白い報告だよ、アキト君」
カオリが不安そうに兄を見上げる。
「トワ様……それは、どういう――」
「心配いらないよ、カオリちゃん」
トワは彼女に微笑みかける。
「その“奇妙な男”の正体はいずれ分かる。
それより――」
トワはふっと話題を切り替えた。
その仕草は、舞台の幕を静かに変える俳優のように滑らかだった。
「――新しい仲間を紹介しようと思ってね。
今日から“エクリプス”の一員になる」
そう言って、彼はカウンター奥のカーテンに視線を向けた。
「入っておいで。」
一瞬の沈黙のあと、
カーテンが静かに揺れる。
現れたのは――同い年くらいの少女だった。
制服姿のまま、血の気の引いた顔。
右の腕には包帯。
それでも、その瞳だけはどこか“決意”の色を帯びていた。
「……藤堂アヤネ、です。」
アキトが目を細める。
カオリが小さく息を呑んだ。
トワは満足げに頷く。
「ふふ、ようこそ。“光”を裏切り、“影”へ堕ちた少女”。君の居場所はここだよ」
アヤネはわずかに唇を震わせた。
そして――その瞳に、静かに闇の光が宿る。
グラスの中で氷が砕ける音が、
夜の静寂を切り裂いた。




